アナザースカイ

海野しぃる

アナザースカイ

 窓から眺める空に憧れていた。小学二年生の頃に、飛行機のパイロットになりたいと作文に書いた。アキラとはその頃からの友達だ。飛行機のパイロットという単語が通じる相手がまず多くない。


「だから俺たちでさ。プラトーンの全国大会に出ようぜ。そしたら俺たち、企業の招待でに乗って、それで東京に行けるんだぜ。お前だって好きだろ、飛行機」

「ボクが好きなのは飛行機の見た目だしなあ。空には興味が無いっていうか……ヒロキ、そんなに外に出たいの? 怖い病気になっちゃうよ」

「ちゃんと予防すれば大丈夫だって、その病気にならないように、今は外出制限があるんだろ。社会科でやってたじゃん」

「飛行機に乗りたいなら将来パイロットにでもなんでもなって自分で乗れば良いじゃん。そこまで焦る必要無いって」

「プラトーン手伝ってくれるなら、宿題手伝ってやるからさ」

「……乗った!」


 アキラという相棒を見つけて、俺は空への道を一歩踏み出した。

 それが四年前のことだ。


     *


【大問6 以下の資料を元に小問1~10に解答せよ】


【世界史 資料6】

 2019年11月、中国武漢で最初の患者と集団感染を確認。

 2020年3月、客船の受け入れに伴い日本初の患者が発生。封じ込めに失敗。

 2020年3月、東京オリンピックの延期を発表。

 2020年4月、米国研究機関が感染者の体内における抗体の生産を報告。

 2020年12月、イギリスで世界初のワクチン接種に成功。

 2021年3月、日本におけるワクチンの集団呼予防接種が開始。

 2021年5月、東京オリンピックの延期を発表。

 2022年4月、東京オリンピックの中止を発表。

 2022年5月、世界保健機関において米国が中国政府の初動対応が遅れたことに対する非難決議案を提出。

 2022年7月、中国中央委員会総書記の逝去に伴い次期総書記の選出が難航。

 2022年8月、地球総人口の7割への予防接種に成功。予防接種を行った集団における感染抑制が報告。

 2022年12月、中印国境紛争激化により印度がドグラム高原へ侵攻。

 2023年2月、国連が介入を決定。この時期から世界各地で小規模な紛争が頻発。

 2026年10月、新型ウイルス変異株による感染症が世界的流行を見せる。現在に至るまで治療方法は確立せず。

 2028年1月、中印平和条約締結。


     *


 カチャン、とテーブルの上で鉛筆が転がった。

 世界史の課題はいよいよ現代史の領域に踏み込んだ。このあたりの話になると、お父さんもお母さんも「もうそれが歴史の教科書載るんだ……」と遠い目をするばかりで答えてくれない。

 今日なんて『問10.資料6を元に第一次世界大戦や第二次世界大戦とこれらの世界的紛争の違いを答えよ。』とか聞かれたが困る。2028年は俺の生まれた年だ。平和になった年に生まれて良かったなあってことぐらいしか感想は無い。


「……いや、駄目だ。どんな問題でも真剣に取り組まなくては……!」

『ヒロキ、まだ宿題やってるの? プラトーンやろうぜ』


 サングラスの拡張現実ARディスプレイにメッセージが浮かぶ。

 クラスメイトが。宿題をやっている時にメッセージが浮かぶようにしているから、仲良しの友達。つまりアキラだ。


『ちょっと待ってて、飲み物取ってくる』


 思考タイピングでテキストチャットを打ち込みながら椅子から立ち上がった。勉強用の鉛筆を筆箱にしまって飲み物を取りに台所へ。


「ヒロキ、宿題は終わりか?」

「全部やった。一つだけ分からなかった」

「一つだけか、偉いな。さすが優等生だ」

「父さんがやれって言ったんだろ」


 お父さんは意地悪そうに笑う。


「俺は子供に命令はしないぞ。お前の『パイロットになりたい』って夢を叶える方法を教えただけさ。流石に調べるのは大変だったけどな」

「そんなに変わってる?」

「俺が子供の頃で言えば……豪華客船の船長になりたいって言われるくらい変わってる」

「豪華客船ってなに? 客船の仲間?」


 お父さんは俺の質問を聞くとなにがおかしいのか吹き出してケラケラ笑う。


「海の上のホテルみたいなものさ。昔は数こそ少ないながら人気だったんだけど、例の病気が流行った時に問題視されて消えちゃった」

「飛行機が消えないように祈っておかないと駄目かも」

「消えないさ。貨物船とかはまだ残っているしな。ヒロキ、珈琲飲むか?」


 それから優しい声で淹れたての珈琲を俺に勧める。


「飲む」

「ミルクは?」

「要らない。ありがと」


 ちょっと格好つけたかったので都合が良かった。コーヒーを受け取るとそそくさと部屋へ戻った。


「パパと飲むんじゃないのかよ~!」


 なあ、まるで俺が悪いことしているみたいな空気になるのおかしくないか?


「友達待たせてるの!」

「今日はママ帰ってくるんだから早めに切り上げろよ! きっと患者さんの手術ばっかりしてヘトヘトになって帰ってくるからな!」

「分かったから! 勝手に部屋はいらないでね!」


 椅子に座ってヘッドセットを装着。

 音声チャットをオンにして、疑似現実VR共有空間チャットスペース意識を飛ばすログインすると、見慣れた姿が待っていた。


「今日は遅かったねえヒロキ」


 髪が短くて、丸い瞳のアバター、こっそり交換した写真と同じ。

 違いと言えば服装がスカートじゃなくて動きやすそうな青いズボンってところ。

 思えばこいつもすっかりおしゃれなアバターになってしまった。


「アキラは宿題終わったのかよ」

「終わってないんだなこれが。算数も国語も終わってない。ボク、君と違って真面目に勉強してないからさ。けど、教えてくれるんだろ?」


 データ量削減の為に真っ黒な共有空間チャットスペースの中で、アキラだけが色彩を纏っていた。わざとらしく困ってみせる演技過剰の身振り。どうせまた俺に宿題を手伝わせるつもりだろう。


「ああ、教えるさ。けどゲームは宿題が終わってからって言ったよな」

「気分転換だよ。どうせ朝からずっと家だろ?」

「家にいるのは当たり前だろう。子供なんだから」

「外に出たいって言ってたのは君じゃないか。ボクは清く正しいヒキコモリなのに」

「ヒキコモリ? また古い言葉?」


 “プラトーン”にログインする間、俺とアキラはとりとめもない話をする。

 フリーマッチで少し練習をしてからランクマッチを三戦。俺たちが遊ぶ時は大体そういう時間の段取り。練習ならいくらしても良いけど、ランクマッチは一日に遊べる回数が限定されている。その限られた戦いの中で良い成績を取らなくちゃいけない。


「そもそもさ。なんで授業のあとに出される問題を宿題って言うか知ってる? 学校から持ち帰って自宅でやらせて、また学校に持って行って先生に見せたからなんだ」

「学校に行くってなんだよって思うけどな」

「本当にね。今も登校とかいう文化が残ってたらボクもきっとフトウコウになってた」

「それは少し困るな。遊べない」


 俺とアキラはお互いに機体プラトーンの選択を始めた。プラトーンと呼ばれる人型ロボットで戦い、チームの陣地を取り合うのがこのゲームの基本的な遊び方だ。俺とアキラは連携して戦う為にランクマッチではいつも二人組で参加するようにしている。

 俺はジェットパック装備のオーソドックスな中量二脚型。カラーリングは白。アキラは真っ赤に塗った飛行機。神経を接続してロボットを操作するゲームなのに、こいつは戦術的有利をとってあっさり人間の姿を捨ててしまう。変な奴だ。


「飛行機の姿で戦うってどうなの?」

「まあ人型ロボットで戦うよりは上品でしょ。昔はこういうゲームでも人間同士が撃ち合ってたらしいよ。それが野蛮だからロボットが戦うようにしたんだって。その割には大人たちが人間の姿も捨てられないのは馬鹿みたいで笑っちゃうけど……」

「その結果が飛行機の姿って飛行機マニア極まれりだな」

「何度も言うけどボクのこの姿は飛行機じゃないよ」

「飛行機だろ」

「サボイアS.21試作戦闘飛行艇さ。違うんだなぁ~。まあ見た目はいくらでもいじれるんだけど、君のプラトーンの白が映えるように赤中心の機体を持ってきていてね。史実でも赤い機体ってそんなに多くなかったから、この機体はあえて有名な航空機がテーマのアニメから……」


 趣味の話になるとアキラは急に早口になる。


「分かった。飛行機じゃないんだな。悪かったよ」

「むしろ飛行機のパイロットになりたいんだろ? 乗せてやってるんだから感謝しなよ」

「いや、そうじゃなくてさ。人間の体じゃないだろ、それ? どうやって動いてるか分からないから気になるっていうか……」

「え、今日は内部構造と駆動系の話していいの!?」

「俺にも分かる範囲でな」


 喜々として喋り始めるアキラの話を適当に流して、俺たちはいつもどおりにフリーマッチから対戦を開始。体が慣れたところでランクマッチに移行した。


     *


 今日のランクマッチのステージは孤島。海に囲まれた密林の島と、広大な空が特徴だ。

 空が近い。電脳空間の空。書割の空。偽物の空。


「敵機接近だな。成人プレイヤーで上位ランカーだ。あの構築アセンブルはSNSで話題になってたな」


 その空の中に黒い染みが一点。敵のプラトーンだ。太陽を背後に背負っているせいか、レーダーでは表示されているが、目視による感覚が狂う。


「ヤバいよヒロキ。あれは、本当に、ヤバい!」


 珍しくアキラが悲鳴を上げている。分かっている。確かにヤバい。

 アキラが既に迎撃に向かわせた飛行砲台オプションがもう六機中三機落とされた。

 敵がやっていることは非常にシンプルだ。近接戦闘用の実体剣ザッパーで、近づいた敵を切り落としながら戦場を駆け回っているだけ。それでつぎつぎ撃破数を稼いでいる。

 

「抑えるのは難しそうだし逃げるぞ」


 俺はアキラの航空機型プラトーンの上に乗り、彼女に近づく他のプレイヤーの機体を牽制していた。使用する武装は標準的なビームライフルとシールド。

 移動にエネルギーを使わなくて良い分、威力が有って軽いビームライフルを持ち、回避しきれない弾幕対策にシールドを使う。基本的にバランス重視だ。


「無理でしょ速すぎ! しかも明確にボクたち狙ってる!」

「参ったな……」


 このゲームは所有するエネルギーが重要だ。位置エネルギー、運動エネルギー、そして内蔵エネルギー。敵の黒い剣士は、エネルギーの運用に無駄がない。使用しても発見されにくい実体剣だけを装備して高所から奇襲を続け、制限時間いっぱいまで逃げ切るつもりだ。


「下の島はほとんど敵側に取られてる。空中の領域でボクたちが制圧したところも逃げている間に取り返され始めてる。あとは頭上に黒い剣士。下からは砲撃機体の弾幕が予想されて、空中の味方は黒い剣士の乱入で連携ガタガタ。敵もボクたちみたいにチャットで連絡取り合っている人たちは落ち着いてるけど、動きを決めかねている。大半は動揺して動きが止まってる」


 アキラの脳内で処理しているこのステージのマップ、敵の配置が脳内に直接送り込まれる。人型の戦闘能力を捨てた分、アキラの機体の方が索敵と巡航速度には優れる。そしてアキラの並列処理能力ならば単純な動きの移動砲台オプションを同時に飛ばして相手の動きを牽制できる。

 近づいてくる相手は有利な位置取りから俺が仕留める。

 普段なら完璧なはずなんだ。普段なら。


「あの黒い剣士の動きが速すぎるんだよ……!」


 実体剣ザッパーの無敵判定を盾代わりにして、正面からの攻撃を斬り伏せながら全速力で追いかけてきている。アキラ単体ならば逃げられるだろうが、俺を乗せている関係でじわじわと追いつかれてきている。


「どうするのヒロキ、決めて!」


 正面からやりあって勝てるか? 撃墜数では向こうが上。何より近接武器専門ブレオンと勝負したくない。


「アキラ、ナノマシン散布。島でこっちの領域広げよう。ポイント稼いで逃げ切るよ」

「オッケー! 移動砲台オプションも武器捨ててナノマシン散布逃げ切りに切り替える! 狙われたら釣り餌ルアーにするから、食いついた奴はヒロキが落として!」

「逃げながらできるかなあ」

「やるの!」


 ジェットパックに残していた燃料を使い、俺はそれまで乗り込んでいたアキラの機体を踏み台に飛び出す。まず俺の機体デッドウェイトを捨てたアキラの機体が一気に加速した。

 同時に、俺は持っていた盾を黒い剣士に向けて蹴り飛ばした。

 黒い剣士は盾を切り落としながら俺へと襲いかかる。


『下駄は捨てたか』


 相手からチャットが飛んできた。チャット? なんで通じるんだ。

 家族や登録した友人からしかチャットが届かないキッズ設定だぞ、こっちは。

 待てよ、まさか。


「ヒロキ、残り一分だ。一分逃げ切って」

「いや、ここで仕留める。ランクマッチで上を狙うなら撃墜ポイントは欲しい」

「正気? 勝算は?」


 俺の計算が正しければ、こいつは落とせる相手だ。


「こいつの。合図を出したら一緒に仕掛けて」


 全方向から狙われる空中。互いに十分加速しているとはいえ、長々とは戦っていられない。残った機体に囲んで袋叩きにされるまでに残った時間は十五秒ほどと見た。

 俺の機体が、孤島ステージの陽光を受けて純白に輝く。


『母さん、何やってるの?』


 テキストチャットを黒い機体に送り込んだ。

 と、同時にビームライフルを三連発しながら一気に接近する。

 黒い機体の反応が一瞬遅れ、三発のうち二発が当たった。


「アキラ!」

「分かった!」


 空中で旋回したアキラの飛行機が、機首に光線衝角ビームラムを纏って加速する。黒い機体の背後からの奇襲。同時に俺もジェットパックを使って正面から突撃。

 黒い剣士は手持ちの実体剣ザッパーの峰に設置したブースターでこちらに向けて突撃を仕掛けてきた。


「ヒロキ、いつもの受け取って!」


 俺は牽制射撃を続け、アキラは機体の重荷デッドウェイトになる対地攻撃用の爆弾を捨てた。


「任せろ!」


 俺は正面からの衝突を避け、ジェットパックで下方向に逃げる。重力の影響もあって通常より加速が良い。

 それを読んでいた黒い剣士は、実体剣ザッパーを勢いよく振り下ろした。備え付けのブースターのお陰か、剣速はこれまで以上で、想定よりも遥かに間合いが伸びてきた。

 相手はこちらに踏み込みながら、背後からのアキラの突撃を回避しようとしている。予想通りだ。


「終わりだ!」


 黒い機体の周囲で、先程アキラが捨てた対地攻撃用の爆弾が爆発する。

 実は今の攻防の間に、俺がライフルで撃ち抜いて爆発させていた。

 黒い機体は、俺の機体の盾になる位置へ飛び込んでいた。

 撃墜の表示がモニターに浮かんだ。


「ヒロキ、お母さんもうすぐ帰ってくるって。そろそろゲームセーブしときな」


 父さんが部屋の外からのんきな声で俺を呼んでいた。

 戦闘時間が終了し、結果表示画面に切り替わる。


「ごめんアキラ、今日ここまでで良い?」

「ボクも疲れた……また今晩よろしく」

「宿題やっとけよ」

「やるけどさ。終わってなかったら答え教えて」

「分かった。あと教えるのは解法だ。一緒にするな」


 俺はそう答えて“プラトーン”からログアウトした。


     *


 ステーキとか、ごはんとか、いい香りのするスープとか、チーズとスモークサーモンたっぷりのサラダとか、とても豪華な献立にも関わらず、その日の夕飯は妙に気まずいものになった。

 両親は楽しそうだけど、少なくとも俺の主観では、気まずかった。


「まさか我が子とランクマッチやることになるとは思わなかったのよ」

「俺だって自分の母親が同じゲームやってて、しかもテキストチャットで煽り始めるタイプのプレイヤーだなんて知りたくなかったよ」

「あれはほら、煽りとかじゃなくて、ロールプレイ的な……あれよ。だから違うのよヒロキ」

「家族だからチャット通ったけど、それ子供相手にやってもブロックされるだけだからね?」

「あのランク帯に普通は小学生なんて居ないわよ……!」

「え、なになに、何してたの二人とも。パパにも聞かせてよ」

「聞いてよ父さん、実は……」

 

 事情を聞いた父さんは楽しそうにゲラゲラ笑っていたが、冗談じゃない。息子が友達と地道にコツコツポイントを稼いでいるのに。


「ママ、ゲーム好きだもんな」

「待って違うのよ。ゲームはね、状況の分析と目的の達成と計画の立案能力を育ててくれるの。擬似的に命がけの状況を再現することで、常に冷静な判断を下す力を与えてくれるの。これは職場の行き帰りや休憩事件に息抜きをしつつ仕事に必要な能力を育てているだけ。手術と違って急所を狙って切る感覚が、手術の時に役に立つのよね」

「でも結局楽しいんだろう」

「それはそう。パパの言う通り。血みどろの戦いが……」


 この人、楽しみながらランクマッチで露骨に息子を蹴落としに来てたんだ。

 なんて女から生まれてしまったんだ。


「ところでヒロキ、随分とプラトーンの成績良かったけど、なんでそんな頑張ってるの?」

「全国大会目指してるの。リアルで外に出るチャンスなんて中々無いし」

「本気で? ママ、上位ランカー最弱の女よ? アレに苦戦しているようじゃ先が思いやられるわ。もしかして何処か行きたい場所でもあるの? 今度の休みに何処か遊びに行く? 多分外出時間割当もらえるから、家族で旅行もできるわよ」

「それじゃあ意味無いの」

「なんで?」

「俺、


 母さんは俺の顔を見て驚いた表情を浮かべた。

 友達とネットの外でも一緒に遊びたいのがそんなに不思議なことだろうか。

 母さんは父さんと顔を見合わせて、なんだか悲しげな顔をする。


「……今の子って不自由よね」

「だなあ」

「可哀想だと思うなら宿題の一つでも教えてよ」


 そう言って、今日の世界史の課題を両親の端末に送信する。

 第一次世界大戦や第二次世界大戦と、俺が生まれる前に起きていた戦争の違い。

 これで教えてもらえば今日の宿題は全部解決だ。 


「それ、無人機の使用の増加だと思ったんだけど?」

「文脈的に公衆衛生の話をしているんじゃないかしら。第三次世界大戦を語る上で新型感染症の流行は外せないし」

「企業主導の戦争という側面もあるぜ」

「あと、戦争を切っ掛けに行政の形が一気に変わったでしょう? その話もしたいわよね」

「少なくとも人間は昔より賢くなっているよな。感染症が大流行している最中に戦争を始めなくなる程度にはさ」


 本当に人間が賢くなってるならば、可哀想なのは父さんと母さんの方だ。置いていかれるのは二人の方なんだから。


「ヒロキ! ノート持ってきて! 先生の雑談がメモってあればそこから良い感じの解答を用意できるはずよ!」

「ヒロキ! アキラちゃんのほうが歴史は詳しいだろ! あの子に聞いてきなさい! っていうか呼ぶんだ。お前絶対に何か見落としてる!」

「待ってアキラちゃんって女の子なの!?」

「ママ、そういうのにこだわるのは古い人種らしいぜ。ほら、今の子供って基本電脳空間で生きてるだろ?」

「世界始まってるのねえ~!」


 両親は半ば俺を置き去りにして盛り上がっている。けど、楽しそうな二人の顔を交互に見ながら、俺も笑っていた。


「じゃあ、授業ノート取ってくるね。絶対授業ノートも電子化したほうが便利だと思うんだけどなあ」


 俺は自分の部屋に紙のノートを取りに向かう。

 少なくとも、二人が思っているほど、俺たちは可哀想でも不自由でもない。

 だって、液晶画面ウィンドウズから覗く未来アナザースカイは、今のところ、俺たちのものだから。

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アナザースカイ 海野しぃる @hibiki

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