第5話 終戦

 精霊たちは、人が衰退していく様子を見て失望していた。このままでは決着がつかない。自分たちの優越が示せない。そんな身勝手な理由で。


 ただ、精霊たちはすぐに考えを改めた。気に食わない異種の精霊に優位を示せなかったのは心残りだったが、互いに干渉し合わないという本願は成就したのだ。ならば、人が滅んでしまおうが構わないじゃないか。むしろ、人に縛られることがなくなったのだから喜ぶべきだ。


 精霊はそのように考えて、人の衰退を放置することにした。だが、この後で放置できない事情ができてしまったのだ。ここでようやく、初めの話に繋がってくる。


 人の衰退が進むにつれ、精霊は徐々に気が付き始めた。自分たちの力がひどく弱化していることに。初めは理由が分からなかったが、賢い精霊たちがある仮説を立てた。人の言語が精霊を規定しているという仮説だ。様々な状況証拠から、その仮説がどうやら正しいことに気が付いた精霊たちは、仲間にその説を敷衍ふえんして回った。精霊たちの間に激震が広がった。まさか自分たちが人の存在に支えられていたとは。到底受け入れられる内容ではなかった。だが、現に力は弱まっている。そもそも精霊と人には、言語を通した強い結びつきがあるのだ。誰も仮説を否定できなかった。


 精霊たちが新説に困惑している間も、その力はどんどんと弱まっていた。このまま人が滅んでしまえば、精霊も同時に消えてしまうだろう。時が経つにつれ、その推論が現実味を帯びてきていた。こうなったら、精霊が取るべき手段は一つだった。音声の精霊と文字の精霊が和解し、等しく加護を与えることだ。未だに互いを気に入らないことは変わらなかったが、消えてしまっては元も子もない。


 結局、精霊たちは南北による加護の偏向を止めた。ようやく人は、数百年ぶりにまともな言語を取り戻したのだ。


 突然、読む、書く、話す、聞くの四技能を取り戻した人類は、やはり初めのうちは混乱していた。精霊の戦争に巻き込まれる前を知る世代は死滅していたため、またも彼らは自力で新しい生き方を構築せねばならなかったのだ。とはいえ、やはり人類は頭でっかちになっただけある。元音声国家と元文字国家とで互いの利点を確認し合いながら、完全な言語を有した種族としての道を切り開いていった。そして今では、元通りかそれ以上の文明を築いている。


 めでたし、めでたし。





 という訳で、これで言語の精霊たちがどんな戦争をし、今ある一応の平和に至ったかが分かったと思う。なぜ一応などと付けるかと言えば、文字の精霊と音声の精霊の間にある不和が解消されたわけではないからだ。


 なんで僕がそんなに色々と知っているのかって? それは、僕が精霊の精霊だからだ。精霊の精霊として、精霊の動向を日々総覧している。つい口/筆を滑らせてしまったけど、そんなことは忘れてもらっていい。むしろ忘れてもらいたい。精霊の精霊について人が知りでもしたら、精霊の精霊の精霊なんてのが現れかねない。そんな調子で高次のメタ精霊が増えたら、厄介なことが起こりそうな気がする。用心するに越したことはないだろう?


 さて、それじゃあ新しい言葉の精霊さん。僕は世界のどこか、誰の目にも触れない場所で、君が賢い精霊になること願っているよ。

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言語の精霊戦争 ゆうみ @yyuG_1984

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