2050年
葵流星
2050年
西暦2050年
世界的なエネルギー転換が進む中、次世代エネルギーの開発が遅れた日本企業の多くは倒産し、海外企業のが日本国内の市場を占めていった。
日本の自動車や石油関連の企業は、政治的にも立場を無くし発展途上国での活路を求め、世界に散りまた仕事を進めた。
そうした中、とある日本の自動車企業は発展途上国の政府と結びつき、その国で生まれた企業として武器の生産を始めた。
そして、10年前戦争が起きた。
産油国とその周辺で起きた大規模な戦争で、世界は皮肉を込めて『化石燃料戦争』と呼んだ。
2047年 日本 5月
男は、軽くため息を吐くと再び辺りを見回した。
男が居るのはいわゆる取調室だった。
何故、彼がここに居るのかというと出勤した直後、会社の前で彼を待っていた警察が彼を車でここに運んだからだ。
なんていうか、天井が高くてマジックミラーが横にあって、それで扉の外にも鏡の裏にも刑事か警察官が居るのだろうと思った。
私は、特に何もしていない…もしかしたら、同僚が何か問題を起こしたのかもしれないがそれでも、問答無用でここに連れてくるはずはないと思う。
妨害電波が流されているのか携帯電話で連絡を取ることもできず、今に至るのだが相変わらずここに呼ばれた理由がわからなかった。
もしかしたら…可燃ごみに壊してしまった娘のおもちゃを入れて出してしまったことが何か被害に繋がってしまったのだろう…という、冷静に考えて頓珍漢なことが思いついた。慌てて近所の家電量販店まで急いで買いに行ったので…たぶん、娘は気づいていないだろう。
そんなことをしているうちに取調室に誰かが入って来た。
私は、いつまでここに監禁されてしまうのだろうかと悲観的に考えていたが、彼の電子時計の時間を見るにそこまで時間が経ってないことがわかった。
「初めまして、ミスターサイトウ。私は、MSJのスティーブだ。」
「MSJ?」
聞きなれない言葉に私はそう返したが、スーツで赤いネクタイのスティーブはちゃんと答えてくれた。
だが…よくわからなかった。
「正義の殺人機関と言ったところだ。もちろん、CIAやFBIとも協力をしている。」
「それはまた…ずいぶんと、物騒な組織ですね。」
「よく言われるよ。」
そういうとスティーブが笑ったので、私もとりあえず笑った。
「さて、本題に入ろう…ああ、殺人機関とは言ったが今から君を尋問して殺すわけではないから安心してくれ…まあ、こう言って安心する人など居ないからね。アメリカジョークだとでも思ってくれ…。面白くはないだろうが…。」
「いえっ、面白いですよ。家内もジョークが好きでね。」
「奥さんはカナダ人でしたね。そして、セカンド(二世)だ。あなたは、純血(オリジナル)でしたね。」
「ええ、そうです…。」
「では、あなたの経歴を確認させてもらいますね。違っていたら言ってください…そんなに、畏まらなくて大丈夫です。」
「はあ…。」
私は、スティーブを不信に思ったが答えるしかないと思い答えることにした。
「まず、あなたは2022年に日本で生まれましたね?」
「はい、そうです。」
「そして、2038年にあなたは徴兵され、改新作戦に参加、VC組織、極右左派構成員を駆除したと記述されていました。見事な戦果です。」
「…昔のことです。」
「続いて…。」
その後もいくつか質問が繰り返された。
私は、それにただ答えた。
「質問は以上です。」
「これで終わりですか?」
「ええ、質問はです。…私達はあなたをスカウトしに来たんですよ。」
「えっ?」
私は、信じられなかった。
大学を卒業し、今の電気技工士になってから銃を持ち歩いてはいるが発砲することはなかった。
だから、FBIやCIAと言ったいかにも暗躍してそうな組織にスカウトされる所以がなかった。
「なぜ、私なんですか?」
「あなたが、数が少ない日本人だからですよ。」
「それだけ…。」
「いえ、敵にもあなたが魅力的な存在だからです。」
「私にどうしろと?」
「協力してください。あなたの家族の安全は保障致します。もちろん、お金も差し上げます。…すいませんね、本当は拒否権なんてないんです。」
「卑怯というか…なんというか…それより、私は会社に行かねばならないのだが…。」
「ポストも保障しますよ。既に日米英欧州の人間にあなたはなりましたから。」
「…。」
「協力願いますか?」
私には、拒否権が無かった。
彼との交渉…内容は報酬だ。
税金を払う必要はなくなったし、遊びまわっても遺産が残るくらいの額を提示してくれて前金として半分貰った。
妻と娘、息子には、政府の機関で働くことになったと彼らが伝えていて私と家族はアメリカに移住した。
…させられた。
最初の1年間に現地で必要な技術と戦闘訓練を受けて、私は2年前にこの国、アフガニスタンに入った。
2050年 アフガニスタン
アフガニスタンは、南アジアに位置する国の一つだ。
もっと詳しく言うのであれば、左にイラン、右にパキスタンがあって、上にはトルクメニスタン、タジキスタン、ウズベキスタンがある国だ。
パキスタンはインドの左にあるので、アフガニスタンはさらに西側にあると言える。
どちらにせよ、日本人にはあまりなじみのない土地だ。
山があって、砂漠があって…。
いや…もっと単純だ。
ここは、呪われた土地だ。
「…ふぅ。」っと、一息吐いた。
私は、今…アフガニスタンの山中に居た。
そして、仕事をしていた。
MOJの仕事ではあるが、世界の為…MOJに反する仕事内容だった。
2048年 アメリカ
「やあ、みんな集まってくれたかい?心配するなカルロス。
彼はやってくれるさ…なあ、和久?」
私は、もちろんだっと彼に答えた。
「では、ブリーフィングを始めよう。」
この日、私は家族に出張に行くと言い家を出た。
海外での単身赴任である。
そう、カナダに住む彼女の両親と日本に居る両親に連絡もした。
我ながら孝行息子だと思うが…親の死に目に会えるのかはわからないので、結局のところ親不孝者かもしれない。
娘と息子には、かなり酷いことしているのは確かだった。
MOJは、AI(人工知能)で作った南アフリカ共和国で仕事をしている私の写真を家族に送ってくれるのだと言った。
…たぶん、妻はそれが噓だとわかるだろう。
私の出張先はアフガニスタンだ。
産油国とその周辺の国で起きた『化石燃料戦争』と呼ばれる戦争が終結してから半年以上経った。
だが、未だに戦争の傷跡は治らず、次の戦争が始まる可能性がある…そんな国に私は赴くのだ。
欧州のように、鉄道と無人飛行機、電気自動車による効率的な輸送網や、1エクサバイトCLDのタブレットPCが学校で使われることもない…そんな環境だと思う。
おそらく…インターネット環境も良くないと思う。
まあ…子供頃を懐かしむ…いやっ、親父の子供の頃くらいの光景なのだろうか…。
それくらい、発展していない…もしくは、爆弾で全てを失っているのかもしれないと思った。
「今回の作戦は長期に渡る。これはいつものことだが、今回はそこにいる斉藤和久氏の家族のために短くはなっている。
君らが、この男を無事にこの国に返すことが出来なかった場合、彼と彼の親族も殺さなくていけなくなってしまうので十分注意するように!」
スティーブの話に兵士は笑った。
彼はメルセデスという兵士だ。
「それは、かわいそうに…。大丈夫ですよ、返して見せますよ。」
「ああ、もちろんだ。では、本作戦の指揮を執るマッケンジー大佐に変わろう。どうぞ…大佐殿…。」
「そうだな、和久君には娘と息子が居る。彼女ら、同胞である国民を殺すのはかなりつらいことだ。
少年、少女の兵士を1000人殺しても足りないくらい悲惨なことだ。
心してかかるように、では…情報を伝えよう。
派遣する部隊はアレクサンドロス、ベアトリス、カール、エクソシストの4部隊だ。私達の目的はただ一つ、化石燃料戦争を起こしたと考えられる人物、豊中直也という人物の殺害と彼らの拠点を破壊することだ。
作戦は単純だが、効果的な方法だ。
まず、そこにいるミスターサイトウを彼ら排外的日本企業軍に送り届ける。
日本企業軍は知っての通り、製造業を中心としていた組織で日本での市場を失った後、南北朝鮮、ベネズエラ、中国、ロシアなど当時問題になっていた準軍事関連部品の輸送網を使い、ISILをはじめとし様々な犯罪、テロ組織に製品を売り出し、成長した企業だ。
だが、規模が大きくなりすぎて非公式ではあるが軍と呼称している。
また、この作戦ではタコの触手を斬り落とすようなもので発展途上国政府に取り付いてる彼らを殺害するのは他の部隊が担当することになる。
ミスターサイトウを用意した理由は、彼らが何かしらの新兵器の為に純血の日本人技術者を集めているからだ。
無事、勧誘され他の拠点が判明した時…部隊を突入させ、サイトウを救出した後、爆撃を行い、拠点を壊滅させる。
豊中は、おそらくアフガニスタンの拠点にいると見られ、新兵器の近くに居ることだろう。
現地人スパイも居るが、やはりサイトウからの情報が頼りとなるだろう。
場合によっては『アトミック・ゼロ』も使用するので心しておくように以上。」
「ありがとう、マッケンジー大佐。排外的企業軍は、5.11テロの実行犯にも武器を渡していた。
もはや、それは企業とは呼べず日本企業からも煙たがられている。
アメリカは9.11以降、各国の諜報機関を通じてアフガニスタンを監視してきた。その甲斐あってようやく、豊中に通じる人物を見つけ出すことができた。
何としてでも彼らの息の根を止めねばならない。
これにて、ブリーフィングを終了する。斎藤はここに残りたまえ、以上解散。」
スティーブがそういうと、他の兵士は部屋を出た。
部屋には、私とスティーブが残った。
何か話すことがあるのだろか?
「どうですか、ご気分は?」
「あまりいいとは言えませんね。」
「そうでしょう…結局のところ、MOJはあなたを派遣することになりました。
この1年、壊滅の為に努力をしましたが…まだ続きそうです。」
「…企業軍は亡霊ですね。」
「亡霊?」
「大東亜戦争の亡霊ですよ。」
「なるほど、確かにそうかもしれません。
戦時の混乱とバブルの崩壊でそう言った方達が企業や政府の中に入り込んだのは確かでしたし…。」
「彼らは、攘夷を求めていたのかもしれませんね。
世界的なグローバル化において、日本は団塊の世代と呼ばれる人達が居た時代には急速に発展しました。
しかし、その後少子高齢化社会へとなり、次第に勢いを失って行きました。
また、研究機関も世界的な水準から離れつつありました。
日本の老朽化と言ったところですね。
排外的企業軍に、工業を担っていた企業が多いのはエネルギー転換に追いつけず倒産した企業の従業員が参加したためでしょう。
30年程前の日本は、自動車メーカーが日本の社会を保っていました。
だが、多くの企業は従来のワンマン経営に等しい日本固有の働き方…社員の使いつぶしを行い、海外の人々を日本に連れてきてしまった。
結果、日本企業は数が多くなった外国人労働者や、日本人と血が混じった彼らの子孫にウケが良い、外国人労働者の居た国の企業を意図せぬ形で招いてしまった。
そのせいで、日本企業は他の企業のせいで潰れて排外的企業軍を形成したとしています。」
「現に、そうだったのかもしれない。
外国人労働者を誘致した企業は手のひらを返し外国人労働者排斥に乗り出した。
しかし、日本は税金を多く納めてくれる海外企業の方が魅力的でさらに、日本企業化してしまった。
排斥を求めるには遅かった。
…そうですね?」
「ええ、そうです。」
「それで…貧しさと過去の栄光から軍事企業に…。なぜ、死の商人に…。」
「日本人にとって他人の死は嬉しいものなんですよ。
それも、自分以外の人のは…。」
「そういうものなんですか?」
「日本は、ずっと内戦の国でした。
いくつかの外国からの脅威が来ても国内には敵がいた。
ワンマン経営と言いましたが、日本ではかなり流動的なシステムで人の使いつぶしをする為のシステムでもありました。
マッケンジー大佐は、タコの触手と言いましたがそれは正解です。
そして、何より大日本帝国はまだ存在しています。」
「1945年も、サンフランシスコ平和条約でも終わらなかったと…。
そうですね、日本は意図せぬ形で戦争に参加していました。
ゲーム機の部品で疑われ、中古の日本車は改造され、荷台には重機関銃が備え付けられ、爆弾の部品として使用され、日本製銃器は事件に使用された。
さらに国内では、サリンが作られた。
来たには核ミサイルがあり、西には基地があった。
皮肉にも日本は戦争に関わり続けました。
おそらく、この先もそうでしょう。」
「笑えますよね。」
日本は、変わった。
それは、事実だった。
だが、案外変わっていないのかもしれない。
私は、飛行機に乗りトルコへ向かった。そこから、さらに移動してアフガニスタンに入り、アフガニスタンで電気屋を始めた。品はもう使われることの少なくなったHDDを始め、中古の電気製品を仕入れ販売していた。日常的に、銃を持ったPMCの隊員を見る以外は穏やかな状態で万引きをされることもなかった。
「おい、そこの兄ちゃん?」
店を開いてから4ヶ月後、日本語でそう呼ばれた。
ただ、普通の日本語だった。
「あっ、はい…いらっしゃいませ?」
閉店時間、間際にその男がやって来た。
この時、私は彼が排外的企業軍の人だとすぐにわかった。
不思議と緊張はしなかったが、怖いと思った。
それは、本当に確かなことだった。
「話がある。」
「話ですか?日を改めて頂きたいのですが…。」
「急用なんだ、頼む。」
「…わかりました、閉店作業をしますので…その後でも構いませんか?」
「それは、構わない。すぐに、やってくれ!」
「はい…。」
私は、シャッターを閉じて靴に発信機を取り付け起動させた。
大容量ボタン電池で、電波妨害を受けにくい旧式のものだ。
素早く、店内のパソコンから指定のアドレスにGと一文字打ち送信した。
パソコンを冷蔵庫の下に入れ、外したカバーを再びつけ何もなかったように店の裏口から出て、鍵を閉めた時…。
不意に、顔に袋がかけられた。
私は、わざと暴れようとしたが勿論、殴られ車に載せられた。
口に紐を咥えさせられながら、男は何か言った。
「悪いなお兄ちゃん、あんたにはやってもらいたいことがあるんや。」
そう男に言われた後、注射針を刺され…そのまま、眠ってしまった。
目を覚ますと、どこか秘密基地じみた場所に私は居た。
「やあ、目を覚ましましたな…。」
「…。」
強い光が当てられ一瞬、視界を失うがが次第に慣れていった。
周りには、AK47系統のアサルトライフルを持った男達が居た。
アフガニスタンの人々だろうか。
「ここは…。」
「ここは、私の研究施設だよ。沖田正幸さん。」
そう私のことを読んだ。
沖田正幸は、私の新しい名前でこの国では店に沖田と書いていた。
英語ではあるが…。
「なぜ、私の名前を?」
「こんな国で、商いをする日本人はすぐに有名になりますよ。」
「…。」
「私は、豊中直也だ。よろしく。君にはやってもらいたい仕事があるんだ。」
「町の電気屋に何の用ですか?」
「そうだね…では、案内しよう。…彼の紐を切ってくれ。」
そう豊中が言うと、私の拘束を解いた。
かなり長い間、拘束されていたようでうまく立てなかった。
「ああ、すいません。少し睡眠薬が多すぎたようです。」
「…なぜ、こんなことを?」
「よき社会の為です。」
そう豊中が言った。
そのまま、私はこの排外的企業軍の基地を案内された。
そして…。
「ここがあなたの仕事場です。」
そう案内されたのは、不思議な空間だった。
水族館のようではあるが、そんなに良さそうではなく…。
ただただ、男児、女児の身体がいくつかのコードと共に繋がれ水槽の中に居た。
「…これは。」
「生体機械ですよ。可愛いでしょう…なかなか困難な道のりでしたがもうすぐです。」
そう豊中は言った。
私は、ここでの仕事をすることに無事なった。
2050年 アフガニスタン
私は、117号という少女の生体機械をいつも通り観察していた。
この子は、通常速度での成長としておりもうすぐ5歳になる。
そろそろ、この水槽から出さなければならない。
約2年間で、排外的企業軍の基地は全て割り出し、もうすぐ攻撃が始まることだろう。
スパイを通して、情報も共有できていたがばれているのか、泳がされているのかはわからなかった。
私の生活環境は、とても良くて特に困ることはなかった。
ただ、研究室にサブマシンガンと防弾チョッキが掛けられていると言うのは不思議な光景だった。
排外的企業軍が研究していたのはEMP兵器というもので、しかも小型で威力も高いものだった。
それでいて、放射性物質を使用しないのが驚きだった。
インフラが電子設備となった先進国では脅威となるだろう。
そして、もう一つが生体機械だった。
生体機械とは、生物兵器で人型の機械だ。
外見は117号のように、人型であり成長した後、先ほどのEMP兵器や爆弾を体内に仕込み爆発させるのだ。
爆弾は、胃と腸に有機化合物主体とした新型爆薬を使い各国に送るらしい。
かなり原始的な方法に思えてならない。
また、改造した後、すぐに送り届ける必要がある。
爆弾を体内に入れた後は食事が出来なくなる…これは、消化が出来ないということで普通に餓死するのだ。
かなり可哀想に思えてくる。
でも、この117号は成長観察の為にこの水槽で飼われている。
この水槽が、何かというと子宮のような物だ。
交換膜を通して、身体を生育させる。
サイエンス・フィクションでよく見たホムンクルス…人造人間そのものだ。
この117号は、冷凍精子と卵子から作られた初期のもので遺伝子操作と分裂卵子を使用した新型の物とは異なり手間がかかっている。
また、体内に埋め込む発信機もつけられていない。
排外的企業軍がリビングデッド…この人工子宮内でいつ死ぬのかを試すためだけにこの子は生きているのだ。
私は、900型シリーズの人工子宮を開発が仕事だった。
この生体機械を大量生産するには、やはり生育時間を短くすることが重要だった。
薬品で成長を促し、経験を脳にデータとして埋め込み兵士を作り出す計画だった。
本音を言うと、そんなに進んでいなかった。
人外装甲機の方が優秀だったからだ。
人外装甲機とは、人工筋肉と非鉱物の装甲を併せ持った機械でレーダーに映らず接近して攻撃できる獣型の化け物だった。
人工筋肉を鞘とし、大型の兵器を運搬し使用する文字通りの大型の化け物だった。
見た目がかなり気持ち悪い。
「…お前はかわいいよ。117号。」
そう目をつむった彼女に言った。
時折、外に出してはいるが117号は子供の頃、近くに住んでいた幼馴染の容姿に似ていた。
…たぶん。
私は、ロリコンではないと思いたかった。
厳密にいうと彼女は12歳以下なので、私はロリコンよりもさらに下の年齢が好きな男になってしまうという絶望的な状況だった。
いっそ、彼女を殺してしまえば大丈夫なのかもしれないという考えが浮かぶ。
正直なところ限界だった…。
彼女は生体機械と言ったが…やはり私には人に見える。
彼女らを処分することは殺人なのだろうか…。
古典的な科学の悩みが私を蝕んでいた。
「…ごめんな。」
そう117号に呟き、彼女を後にした。
研究設備は一級品で要請すれば装置は届いた。
ということは、排外的企業軍に協力している組織もあるのだろう。
製品の入手ルートはMOJが調べているはずだった。
そして、遂にその日が来た。
『郭公(カッコウ)作戦』が実施されたのだ。
基地で警報がなった時、私は研究室に居て慌てて防弾チョッキを着てサブマシンガンを手に取った。
「おい、どこに行く?」
「逃げるんですよ!」
「そっちはダメだ!研究室に行け!」
研究室に行きたくはなかったが、研究室に向かった。
そこでは、研究員達がデータを確保している最中だった。
「急げ、データだけを持って逃げろ!」
「研究素体は?」
「くっ…。」
何やら、研究員達がデータの整理に戸惑っており生体機械を運ぶか悩んでいた。
私は、800系シリーズの生体機械の人工子宮をサブマシンガンで撃った。
「貴様、何をして!」
「データさえあれば、いくらでも作れる。ここの生体機械は私が処分するから銃をくれ!」
「…そんな。」
「確かに斎藤の言う通りだ。みんな、銃と弾を斎藤に渡せデータだけ持って逃げるぞ!」
「本田さん…。」
「後は、頼んだぞ…斎藤!」
そう研究員のリーダーであった本田は部屋を後にした。
私は、半ば気持ちを高揚させながら生体機械の処分を始めた。
事前に昨日までの研究データはCLDに保存していたので、生体機械を破壊しても良かったからだ。
こんな物、世界から存在を消さねばならない…。
そう思ったが…。
「…。」
私は、117号を見た。
恥ずかしいことに、情が移ってしまったようで彼女を人工子宮から取り出した。
「ほらっ、大丈夫だ…。」
「?」
何が起きたのかわからない彼女を処分袋…遺体袋に詰め、ジッパーを少し開け彼女を背負った。
「しばらく、ここに居てね。」
そう優しく声を掛けると117号は軽く頷いた気がした。
研究室を出ようとしたところ、いつもとは違う兵士を見た。
「ミスターサイトウ?」
「イエス!」
肩の腕章は歴史上の偉人であるアレクサンドロス3世をモチーフにしたものだった。
2年前に覚えた、アレクサンドロス部隊の腕章だった。
「早く逃げましょう!」
「その袋は何ですか?」
「…生体機械です。」
「…いいでしょう、総員撤退!」
彼女を背負ったまま基地を駆け抜ける。
途中何度か、爆発した音が聞こえた。
他の部隊が人外装甲機を爆発させたのだろうか…。
基地を出て、そのまま車に乗り込み彼女を確認した。
人工子宮から出したので濡れていて頭にかけていたタオルで全身を拭いた。
早く、温めて上げなければならない。
「隊長、基地内から何か!」
「何っ!」
「…人外装甲機だ。中にある、30メートル級じゃなくて小型の獣型だろう。」
「クッソっ…ジョン、機銃座につけ!サイトー、奴の弱点は?」
「足だ。他の部位は頭と胸…でも、そこは装甲が厚くなってる。」
「聞いたか?足を狙え。アトミック・ゼロの為にハンヴィーを引っ張り出して来たんだ、おまけにM2もつけて!
M2は慣れて覚えろ…撃ちまくれ!」
「ヒャッハー!」っと、ジョンは雄たけびをあげて撃ち始めた。
私は、117号を抱いたままじっとしていた。
「ジョン、もういい座れ…。アトミック・ゼロ着弾まで5.4.3.2.1…ゼロ!」
アトミック・ゼロは、静かな兵器だ。
宇宙にある人工衛星から放射線を地表に向けて掃射する兵器だ。
致死量の放射線を浴びたことにより死を迎え、死ななくても後遺症に苦しむことになる兵器だ。
遠くで何かが爆発音のような物が聞こえた。
おそらく、無人航空機による爆撃が始まったのだろう。
「…出張、お疲れ様でした。サイトーさん。」
「ありがとう、隊長さん。」
私は、アレクサンドロス部隊と共に帰国した。
そして、そのままMOJのスティーブと出会い、私は117号を引き渡した。
翌日、私はまた取調室のようなところに居た。
「あなたが回収したCLDのデータから、彼らが研究していた兵器のデータが得られた。
現在、あの拠点はドローンによって捜査されている。
…何より、お疲れ様。」
「ああ、疲れたよ。家族に会いたい。」
「アフリカでの思い出話を覚えてからね。」
「脳に記憶として打ち込むのは?」
「それは、私が許さない。」
「そうか…。」
「それより、117号のことなのだが…。」
「君らに任せるよ。」
「なんて、薄情な…。」
「私は、もうあの子を見たくないんだ。」
「まるで、育児放棄をした親みたいな言い草だな。」
「疲れたんだ…本当に…カウンセラーを呼んでほしい。」
「わかった…。でも、彼女はどうかな…。」
「…パパ?」
扉が開かれるそこには、117号が居た。
誰かが着せたのか白いワンピースを着ていた。
「…悪い冗談だ。」
「MOJは、これからも君を雇いたい。情報の機密保持の意味もあるし仕事をしていない父親は肩身が狭いものだ。」
「人外装甲機の研究ならしてもいい…。」
「そうか…ありがとう。」
「パパ?」
「えっ…ああ、大丈夫だ聞こえてるよ。少し待っててね。」
私は、スティーブにこれはどういうことか尋ねた。
「なぜ、117号が私をパパと?」
「問題ないはずだ。君の家族にも紹介した。」
「…また、拒否権なしか。冗談じゃない。」
「私は、冗談が好きでね。」
「ところで、彼女の名前は?」
「歌音(かのん)っと、君の妻が…。」
「嬉しいね、迷ってた名前だ。」
私は、117号ではなく歌音を見た。
「…おいで、歌音。」
私は、そう優しく元生体機械の彼女に声をかけた。
2050年 葵流星 @AoiRyusei
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