第4話 クリスマスプレゼント
鼓動がおさまった。何を言っているんだこの人は。頭の中が整理できなくなっている。
先輩は以前美絵から大金を受け取り、殺人依頼を受けたと言っている。
そこに今回俺の頼みが入った。
「お前の妻はお前を苦しめて、美絵はお前を苦しめた。全てお前のためにやった」
さっきから何を言っているんだこの人は。俺のため? 俺のためにそこまでする理由はなんだ?
「どうしてそんなことを……」
先輩は下を向いてしばらく黙っていた。そして決心したように言った。
「頼りになる先輩でいたかった。天城だけじゃなく、他の後輩からも」
先輩は自分の話を始めた。優秀な兄がいること。兄に追いつきたくても追いつけなくてずっと焦っていること。体格がいいので空手を始めたこと。ずっと虚勢を張って生きてきたこと。
「どうしたらいい? 俺はまだ頼りになる先輩か?」
先輩にいつもの威厳はない。うなだれて目が死んでいる。どうしたらいいのか俺も解らない。
ピンポーン。インターホンが鳴る。誰だ?
一旦落ち着くためにも出たほうがいいと思い玄関に向かう。
「はい……」
ゆっくりとドアを開ける。うっ……なんだ、土のにおいがする。見ると土をかぶった人間が立っている。なんだこれは。
「許さない……私と天城さんを引き裂くなんて……」
女の声だった。女はそのまま勝手に家に入って行った。俺のことを知っている? 誰なんだあれは。
ウーー。ピーポーピーポー。
サイレンの音が近づいてくる。どたどたと騒がしい足音がする。誰かが走ってきた。警察官だ。
「天城
警察官が二人、素早く確認をして家へ入っていった。何が起こっているんだ。俺はそのまま警察官について家の中へ戻った。
リビングでは土をかぶった女と先輩が対面して立っている。小柄な女と体格のいい先輩、小動物と像のようだった。サイレンがマックスの音量で鳴る。
「私を埋めた犯人です」
女は先輩を指さし、そう叫んだ。
なんだって? こいつは美絵なのか? よく見ると赤いコートを着ている。そして短いスカートを履いている。髪の毛には土がこびりついていた。
土を払った目元と口元だけが見える。明らかに先輩に憎しみの視線を向けている。
通常ならこの先輩にはかなわないだろう。しかし今は警察官が後ろに立っている。サイレンが鳴りやんだ。多分すぐに救急隊員も来るだろう。
「
先輩は無言でうなずいた。俺を見ることなく先輩は警察官に連れられて行った。美絵も連れて行かれるはずだ。俺はどうなるんだろう?
「あの、私、大分具合が良くなりました。少し彼と話をしてからそちらに向かいます」
さすがに土に埋められていた人間をそのままにするわけにはいかない。救急隊員も警察官も美絵を病院に運ぶ説得をした。
「私、メンタルが回復した方が元気になるんです。十分でいいんです。彼と話したら救急車に乗ります。待っていてもらえますか?」
美絵の異常ぶりを感じ取ったのか、十分だけと約束をして救急隊員はドアの外で待つことにした。警察官は応援を頼み、先輩だけを連れて行った。
「天城さん、どうして私を脅すなんてことをしたんですか? 私は天城さんの望みを叶えたのに。辛かったです。いえ、見返りを求めているわけじゃないんです。ただ天城さんの幸福を祈っているだけなんです。天城さんの部屋に盗聴器を仕掛けていました。天城さんがどうやったら幸福に近づくかを知るためです。
それなのに……天城さんが神宮寺さんに私を脅す依頼をしているのを知った時はショックでした。神宮寺さんが天城さんの奥さんを殺したのに。もしかして天城さんのことが好きだったのでしょうか。ライバルだと思いました。どうやって脅されるのかなって、一応準備はしていました。まさか殺されるなんて思いもしなかったけれど、運命に任せようと思ったんです。そしたら私、生きていました。もう一度天城さんに会うためだと思いました。私と天城さんは運命なんです。だから必死に土をかき分けてここに向かったんです。
神宮寺さんとの会話も録音しておいたので警察にも連絡をしておきました。一応埋められたので救急車も呼んでおきました。びっくりしましたよね、ごめんなさい。それよりも……」
美絵は一気にしゃべった。俺は思考が追いつかずに、美絵の話を理解するのに精いっぱいだった。
「やっと二人になれましたね」
美絵はコートについた土を払い始めた。ところどころ赤い生地が見える。足についた土を払う、膝から血が出ていた。
「今日の服はサンタクロースをイメージしました」
美絵は顔を傾けて不気味な笑顔で言った。そしてポケットから真っ赤なリボンを取り出して自分の首に巻き始めた。今日はクリスマスだ。
「メリークリスマス」
クリスマスの女 青山えむ @seenaemu
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