ルネアの初陣
それから、俺は夕方や夜にエリサとルネアが剣の練習をしているのをちらちら見かけるようになった。ルネアは見られたくなさそうだったので、彼女らにちらちら見るぐらいだったが、すぐにルネアは剣の腕を上達させていった。
そして二週間ほど経った後の授業でのことぐらいである。ルネアが授業にエリサまで連れてきたので俺は驚いた。
「何で今日はエリサまでいるんだ?」
「そろそろ約束通り魔物退治に連れていってもらおうかなと思って。でも私だけでは強くなったことを証明できないと思って証人を連れてきた」
「あはは、メルクもまたばれたら怒られそうなことを考えたね」
そう言ってエリサは苦笑する。まあばれたら怒られる程度では済まないと思うが。
「とはいえ、事情を話せるくらいには仲良くなったんだな」
「まあね。元々私の方が一方的に姉上を避けていただけだし」
「そうだね。私もこれからは普通に会話出来ると思うとありがたいかな」
これまでのぎこちなさが嘘のように二人はごく普通に話している。それを見て俺はほっとした。
「分かった。ただし一回だけだ。それにエリサに言ってしまったのはいいが、他の人には絶対に言うなよ」
「もちろん」
「じゃあ次の授業の時にどうするかを話す。分かったか?」
「ええ」
それから二日後。この日は午後がまるまる授業に宛てられているため多少長くなっても大丈夫な日だ。
俺は授業の大分前にいつもの授業部屋に入る。そして俺とルネアの声を録音した魔道具をテーブルに設置する。本来はまあまあ貴重なものだが、ルネアにこのために必要だと言ったらあっさり俺にくれた。相変わらずすごい情熱だ。
「ロック」
そして部屋を出てドアに魔法で鍵をかける。耳を澄ませると、部屋の中から俺とルネアが会話している声が聞こえてくる。
それを確認し、俺は一般兵士のような恰好をして王宮の入り口に向かう。そこには使用人のような恰好をしたルネアが待っていた。
「よし、行くぞ」
「うん」
ルネアは目をきらきらさせて頷く。そして俺たちは王宮を出て歩いていく。ちなみにルネアの権力を使えば俺たちのものとは別の通行証を手に入れることも出来た。さすが王女だ。
王宮を出た俺たちはそのまま街の中を歩いていく。
「そう言えば街なんて久しぶりに来たわ」
とはいえルネアはエリサと違って街並みにはそこまで感心がないようだった。やはり彼女は街よりも魔物討伐の方が重要なのだろう。寄り道もせずに俺たちはまっすぐ王都を出る。
「今日は時間が限られているから、ここから一番近い森にいってそこで最初に出会った魔物を狩ってすぐに王宮に戻る。いいな」
「まあ」
俺の言葉にルネアは少しだけ不満そうに唇を尖らせる。とはいえ、これだけでも国王の耳に入れば俺は良くてクビ、悪ければ殺されても文句は言えないほどの暴挙だ。だからこれは譲れない。
王都を出て少し歩くと、近くに小さい森がある。下調べによると、この中に入ると野生のウルフが棲息しているという。ウルフであれば初心者でも倒すことが出来るだろう。
森に入ると俺は足跡や落ち葉、糞などから周りにどんな魔物がいるかを考える方法を伝える。ルネアはそれを熱心に聴いていた。
やがて、奥の方からかさかさという動物が歩く音が聞こえてくる。
「来た」
そう言ってルネアは剣を抜くと、音のする方に構える。そして足音を立てないように進み、少し開けたところで待ち構える。俺は後ろから彼女を見守りながら後を追う。
そこへ目の前に三匹のウルフが現れる。俺たちより数で勝っていると思ったのか、ワオオオオン、と吠えながらこちらへ向かってくる。
それを見てルネアは一番自分に近いウルフに向かって斬りかかる。相変わらず身のこなしは速い。剣術に多少粗いところはあるが、ウルフと戦うのであれば洗練された剣術はいらない。ウルフの爪がルネアに届く前にルネアの剣がウルフを襲う。ウルフは悲鳴を上げてその場に倒れた。
その隙に、左右からウルフがルネアを襲う。しかし彼女は地を蹴ってその攻撃をかわす。必要であれば防御魔法を飛ばそうと思ったがそれもいらなかったようだ。
そして地面に戻ってきながらウルフに斬りつけ、二匹目のウルフが倒れた。三匹目も破れかぶれで襲い掛かってくるが、ルネアは危なげなく攻撃をかわすと、返す刀で倒してしまう。
「お見事だ」
「やった」
俺が声をかけると、彼女は頬を紅潮させたまま喜ぶ。
が、その時だった。森の奥からこれまでの足音よりも大きな音とともに、一際体格の大きなウルフがこちらへ歩いて来る。
「これはまさか親か!? ルネア、下がれ」
「嫌だ。私は戦う。それに勝てない相手ではないと思う」
ルネアは親ウルフに剣を向けながら言う。先ほどの三匹とは違い、体長は二メートルほどもあり、その鋭い牙や爪の攻撃を受ければひとたまりもないだろう。こんなに大きなウルフは見たことがない。
とはいえ、ルネアの実力から見れば相手は格下だろう。俺も彼女が王女ではなく冒険者仲間であれば止めなかった。
「仕方ないな……プロテクション、エンチャント・ソード」
俺はルネアに防御魔法と強化魔法の両方をかける。
「ありがとう、これなら戦える」
「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」
親ウルフが必殺の爪を構えて跳躍する。
対するルネアもそれに向かって剣を繰り出す。そこに駆け引きはなく、純粋な力と力のぶつかり合いだ。ガキン、という鈍い音とともに爪と剣がぶつかり合う。そして魔道具による強化と俺の強化魔法を受けたルネアの剣はウルフの爪を砕いた。
そして剣はそのままウルフの心臓を貫く。
こうして親ウルフは断末魔の叫びをあげてその場に倒れた。
「やったあ」
「ああ、見事だった」
俺が近づいていくと、ルネアは興奮した面持ちでこちらを振り向く。
「ありがとう。あなたがいなければ私、一生剣術には戻ってこられなかったかもしれない」
「そうか」
「そして魔法のこともずっと嫌いなままだったと思う。だから本当にありがたい」
達成感ゆえか、ルネアはいつになくしんみりした様子で俺に話しかけてくる。
「だが、俺は道筋を示しただけだ。自分の壁を乗り越えたのはルネアだ」
「ううん、これまで暗闇しかないって思っていた私の人生に光を示してくれたのはあなただから」
そこまで大袈裟な、と思いかけたが確かに出会った時のルネアはこれだけの才能を持ちながらもちっとも幸せそうではなかった。そういう意味では俺の言葉で人生が変わったのかもしれない。
「そうか。なら戻るか」
「ええ」
こうして俺たちはばれないよう、急いで王宮へ戻るのだった。
王女三姉妹の家庭教師 今川幸乃 @y-imagawa
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