魔女と猫でゆるいミステリ
稲荷竜
サバトの謎
魔女の従者は大変だ。なにせ魔女はイメージ商売なものだから、多くの人が望む魔女像をどうにかがんばって維持していただかなければならない。
けれど僕は優秀な従者なので魔女様のイメージを壊さないもっとも楽で効果的な方法をよく知っている。
それは、『なににもかかわらない』という方法だ。
行動をしなければボロが出ないのは必然だ。人里から離れているとなおよい。
魔女なんてものは世俗と常に一定の距離をたもち、近隣の人たちに恐れられているぐらいでよい。生活感がないとなおよい。
生活感。言語道断だ。普段なにを食べているのかとか、トイレ行くのかとか、そういうものが知られると魔女のブランドイメージに傷がつく。
「猫! 近所のおばさんが野菜くれたんだけど! これ魔女的に食べていいやつ⁉︎」
僕は優秀な従者なので魔女のイメージを壊さない方法をよく知っているが、僕の主がそれを実践してくれるわけではないというのは、一つ言い添えておくべきだろう。
「猫! 猫⁉︎ いないの猫⁉︎」
「猫を猫と呼ぶな! つけろ! 名前とか!」
どこにでもありそうな木製の机の下から顔を出せば、ご主人様がニカッと歯を見せて笑う。その両腕は野菜がいっぱい入ったカゴを抱えており、その服装は薄汚れた作業着で、その髪は肩までないショートヘアだ。
「猫! 野菜もらったんだけど!」
「ご主人様、そこ座ってください」
「野菜を台所に置いてきてからじゃダメなやつ?」
「ダメなやつ」
するとご主人様は大人しく目の前に座った。
僕は優秀な従者なので感情を隠すことに慣れているのだけれど、どうにもこうにも、しっぽが床をずりずりとこするのは止められない。
「ご主人様、知ってますよね? 魔女は、イメージが大事です。ミステリアスさ、クールさ、そして強者としてのオーラ……そういうものが人々から『恐れ』を魔女に向けさせ、魔女はその『恐れ』を力とする……『恐れ』とは、魔女にとっての栄養なのです」
「体に悪そう」
「……さて、僕はお仕えして以来、ご主人様のプロデュースを行ってきました。魔女としてより大成するために、いろいろな方策を考えてきたのです」
「そうだね」
「まず、魔女には容姿が大事でしょう。髪は長い方がいい。動きやすそうな短髪とかダメ。『あんな長い髪の毛、いったいどうやって手入れしているんだ?』と見た人が疑問に思うような、長く美しい髪の毛は魔女の命です。では、ご主人様はどうですか?」
「昨日切ったよ」
「伸ばせって言ってるんだよ! なんで切る⁉︎」
「いやだってさ、近所のおばさんの畑仕事手伝うのに邪魔だし、定期的に切るよ、そりゃあ」
「魔女が畑仕事をするな!」
「いやでも働かざる者食うべからずだよ」
「『恐れ』さえあれば野菜なんか食わなくていいんだよぉ! 魔女はそういうものなの!」
「『恐れ』とか絶対体に悪いと思うんだよね」
「魔女が健康に気をつかうな!」
「でもさ、猫……」
「だから僕を『猫』のままにしておくな! 名前! 従者を種族名で呼ぶな! ミステリー度が下がるだろ!」
「名前覚えるの苦手なんだよね。ほら、魔女以外の生き物はすぐ死ぬし……」
「それは魔女っぽいのでよし」
「じゃあ、もういい?」
「……まあ、たくさん言いたいことはありますが、今はこのぐらいにしましょう」
「よっこいしょ」
「魔女が立ち上がる時に『よっこいしょ』はやめて!」
ご主人様はあまり魔女としての自覚がなく、最近ではちからも衰えているようだった。
そもそも時代が移り変わってきていて、世の中には『不思議』が減っていっている。
それは世間の人たちが『なにごとにも種や仕掛けはあるものだ』というふうに考えるようになってきて、魔女の『なんだかわからない不可思議な力』についても、解析・解明可能なものとして捉えるようになっているのが原因に思われた。
そんな中で魔女はどんどん『恐れ』を得られなくなり、その数を減らしていき、今ではもう、ご主人様を含めて五人ぐらいしかいなくなっている。
僕はご主人様に生きてほしいので、なるべく『恐れ』を集めるたちふるまいを心がけてほしい。
だけれど、うちのご主人様は地域密着型魔女になりつつあり、村民たちの宴会にも普通に呼ばれたりして、ぶっちゃけ、魔女として死ぬのは時間の問題という感じだった。
僕も村人たちに魔女の怖さ、魔女というものの扱う数々の秘術、魔女にまつわる残酷な話をするのだけれど、なにぶんこちらが猫のせいか、なかなか真剣に取り合ってはもらえず、魔女の豆知識をしゃべる黒猫として子供たちの人気を集めているのが現状だ。
しまいには『恐れないと魔女は死ぬので恐れて』とまで言う羽目になって、ようするに結果はかんばしくない。
……というか野菜の運搬の時に言いそびれたけれど、魔女が両手をいっぱいに広げてカゴを抱えて運ぶというのもおかしな話だ。
魔女はあんなふうに荷物を持たない。たいてい、魔法で浮かせるから。
それをしないのが個性なのか、元気に見えてそんなことさえできないほど魔女として弱っているのかはわからない。
だが後者だとすると、魔女として弱っている魔女は、魔女らしいミステリアスでエレガントな所作ができなくなっていき、さらに魔女として『恐れ』られなくなっていくという悪循環にすでにおちいっているということになる。
そんなある日、おそろしい獣が村のそばに出たという話がきこえてきた。
「ご主人様! これはチャンスですよ!」
「え? なにが?」
「凶暴な獣が出て、住民たちは不安におののいている……そこでご主人様がその獣を倒して、血肉を用いて魔法陣を描き
「……いや、血肉は食べようよ。冬の栄養になるし、もったいない」
「魔女が『もったいない』とかいう理由で魔法陣を描くことを拒否しないで!」
魔女の儀式、だいたい食べられる物を粗末にしているのに。
「っていうか! ご主人様、昔は集めてたでしょ⁉︎ 猫の足音とか! 蛇の足とか! ミミズの目とか!」
「あー。月夜とか超変身してたねー。全裸で軟膏塗りたくって……いやー懐かしい」
「懐かしがるなよ! 魔女なら定期的にやるもんだよ!」
「月いちでやらなきゃいけないノルマがあったんだけどさあ……なんていうか、一回『まあ、今回はいいかな』ってなると、その後ずるずると……」
「魔女にとってわけのわからない謎儀式は生命線なの! 生きて!」
「野菜とかいっぱい食べて、よく寝て、よく運動してるよ」
「魔女が健康的な生活をするな!」
どうにもご主人様は魔女である誇りとかをどこかに置き忘れたらしかった。
しばらくののち、目撃証言があるだけだった『凶暴な獣』はついにその爪牙を村人の生活のすぐそばで振るった。
村で世話をしていた家畜が襲われたのだ。
その家畜の殺され方が、物議を醸した。
あきらかに獣のそれではない……殺された鶏は首を切断され、その血で文字を書かれ、しかもその文字は公用語ではない謎のもので、さらに獲物の肉は一片たりとりも食われていなかったのだ。
「……ああ、うん。そっかあ。魔女の仕業だねえ」
「じゃあ、魔女の文字? なんて書いてあるんですか?」
僕は猫のせいか、うまく文字の判別ができない。
簡単な公用語単語はどうにか図形として覚えることができているけれど、一文字一文字の判別はできないし、魔女の文字なんか装飾が多くてごちゃごちゃしててまったく認識さえできないありさまだ。
その魔女の文字をじっと見て、頼れるご主人様はこう述べる。
「読めない」
ご主人様はもう魔女の文字さえ読めないようだった。
……魔女は材料を集めて作った軟膏を身体中に塗り、満月の夜にその身を獣に変身させることができる。
魔女は鶏などを生贄に捧げ、その血で魔法陣を描く。
そしてそれを、わざと普通の人たちに見つけさせるのだ。
こうすることで魔女は『恐れ』を集め、力を高める。
「というかご主人様! なめられてますよ! ここはご主人様の縄張りなのに、他の魔女が来てるじゃないですか!」
「縄張りとかそんな、動物じゃあるまいし」
「笑ってる場合か!」
「うーん、まあ、猫は猫だからなあ。気になるかあ、縄張り」
「魔女だって気にすべきだと思うんですが⁉︎」
渋々という感じでご主人様は捜査に乗り出した。
しかしその後の進展はかんばしいとは言えなかった。なにせ、ご主人様はあまり乗り気でなく、さらにはその後、同様の事件がいっさい起きなかったからだ。
しばらくは村人たちも捜査に協力的だったが、だんだんと『もう起きてないし、まあ、不気味だったけれど、いいじゃない』というようになっていった。
その模様を見て、ある仮説がひらめく。
「ひょっとして、このあいだの事件、ご主人様が犯人なのでは?」
ありえる話――というか、ありえてほしい話だ。
魔女はやっぱり『恐れ』られることが必要で、そのために、理解不能で意味不明な、いかにもおぞましく不気味な儀式を行ったりする。
儀式自体に意味はない。『恐れ』を集め、不気味に思われることが大事だ。
その意味で、あの事件は不気味だったし、人々の『恐れ』を集めた。
『恐れ』さえ集められれば、誰がやったかを知らしめる必要はない。
だから、ご主人様がああして『恐れ』を集め……
なおかつ、村での今のような、村民たちと仲のいい暮らしを続けるために、捜査には消極的だったのではないかと、そう思ったのだ。
「え、違うけど」
「……」
違わないでほしかったなあ、そこは。
僕にはたった一つだけ恐れていることがある。
それはこうして人のような知性を得た僕にとって、ほとんど唯一の願いと表裏一体のものだ。
僕は、ご主人様の死を恐れていた。
『恐れ』を得られなくなった魔女は、死ぬ。
だから僕は一生懸命にご主人様に魔女らしくあってもらおうとするし、ご主人様があまりにも村民たちと親密になることを止めたいと思っている。
それは生存のために必要な行動だ。
けれど、ご主人様には、生存意欲がまったく見られない。
このまま『恐れ』を得られなくなって死んでいくことが望みであるかのような、そんな様子さえ見えた。
……だから、もしもこのあいだの事件を起こしたのがご主人様であれば、それは、生存意欲が残っていたというふうに解釈できる。
でも、違うらしい。
それがとても残念でならなかった。
「猫」
「……なんですか」
「猫はかわいいなあ」
「なんですか!」
「いやあ。そろそろ私も死ぬかなと思って、百年ぐらい経つんだけど、なぜか死なないなあと不思議に思っててさ。そういえば、猫を拾ったのも百年前ぐらいだったなと思い出してしまってね」
「なんですか……」
「よし、わかった。ちょっと本気で捜査してみよう」
「ええ……どうして今さら……」
「猫が縄張りのこと気にしてるみたいだし。それに、実は、犯人の見当はもうついてるんだよ」
「ええ⁉︎ いつ⁉︎」
「いやもう初日にはわかったよ。あれは魔女の仕業じゃない。だって魔女の文字じゃないんだもん」
――読めない。
たしかにあの謎の血文字について、ご主人様はそう言っていた。
魔女としてのポンコツが極まって魔女の文字を忘れてしまったのかと思いきや、そうではなかったらしい。
「魔女の仕業だって言ってたでしょ⁉︎」
「だって、そう言わないと、犯人が捕まっちゃうでしょ」
わけがわからなかった。
犯人なら捕まえていいのではないだろうか?
ご主人様はすでに見当をつけていた犯人を村はずれに呼び出し、そこで謎解きを披露するらしい。
つまり、どこまでも猫向けのサービスということだ。……本当に魔女の縄張り争いとか、もっと深刻で陰惨な事件とか、そういうものの気配がない。
さて、謎解きの日に約束の場所に辿り着くと、そこには村の子供たちが集まっていた。
ご主人様はその子供たちに告げた。
「鶏、君たちがやったんだね」
……意味がわからない。
家畜殺しは子供のいたずらと言うには少々以上に過剰だ。なんらかの動機がいるぐらいには、躊躇されることだ。
しかも魔女を模した血文字を書く意味がわからない。
しかし、子供たちは観念した様子で罪を認めた。
となると考えられるのは、なんらかの理由で家畜を殺してしまって、その罪をご主人様になすりつけようとしたという、許されざることなのだが……
「私を助けようとしたんでしょ」
子供たちは白状した。
このままではご主人様が死んでしまうという僕の訴えを受けて、彼らなりに魔女が『恐れ』を集めるにはどうしたらいいかということを考えたらしい。
そうしてたどり着いたのが『魔女がサバトをしたという事実の捏造』だった。
それは、すべて、僕が彼らにもたらした情報をもとに行われた犯行だった。
魔女の恐ろしい儀式。魔女を『恐れ』るべきだということ。『恐れ』の得られない魔女は死に行くのみということ。
僕は魔女を恐れてほしくて、魔女の不気味でおぞましい儀式のことをつぶさに語った。
けれど――文字だけは、詳細に、語れなかった。
僕は魔女の文字を認識できない。
だからそこはアドリブでやるしかなかったのだろう。
「家畜は弁償しておくよ。それに、君たちがやったということも黙っておこう。村のみんなも、もう、あの事件への興味を失っているようだからね」
そういうことで決着した。
子供たちはびくびくしていたが、ご主人様の寛大な処置を聞いてほっとしたようだ。
僕もまた、ご主人様のためを思って行われたことを強く糾弾する気にもなれず、魔女もどきが起こした家畜殺害事件は、こうして秘密裏に解決され、風化していくこととなった。
「まあ、猫がいる限り大丈夫だとは思うんだけど」
住処へ帰ったご主人様は、唐突にそんな前おきをしてから、
「ああいう『恐れ』の回収方法は時代にも則しているかもしれないね」
「なんの話です?」
「謎を暴く瞬間、犯人たちが私を『恐れ』た」
「……!」
「それはたしかに、魔女の生存に必要なあのエネルギーだったよ。……ふぅん、なるほどね。ミステリアスとか、謎めいているとか、なにをしているかわからないとか……」
全部同じ意味の言葉だ。
「……そういう、オカルティックな『恐れ』は、今の『種も仕掛けも理由もあってしかるべき』とみんなが当然考える時代にはもう得られないものと思っていたけれど、逆に、謎を仕掛けた側の仕掛けを解き明かして『恐れ』を得る方法もあるということだ」
「ご主人様は、生きてくれるんですか?」
「猫かわいい……」
「ふざけないで!」
「いやあ、生存意欲がないわけではないよ。ただ、無理なものは無理だからね。今の時代、不気味で謎めいた儀式をやる魔女を恐れよ! とか、不可能でしょ。いつまでもそんなオールドスタイルでやってても笑われるだけだよ」
「そんなオールドスタイルの魔女像を広めてごめんなさい」
「ああ、猫、罪の意識を感じないでいいんだよ。そうやって死んでいくのが魔女だと思ってたし。ただ、意外な新しい道を見つけたなあと思って」
「じゃあ、これからは謎解き魔女になりましょう!」
「それはもはや魔女ではないなあ……ま、気が向いたらね。どうにも私には、そんなに『恐れ』は必要ないみたいだし」
「どうしてですか?」
「君がいるから」
「猫になにを期待してるんですか」
ご主人様はなにも言わずに僕の頭をなでた。
……その後、謎解きをしようとさんざん僕が言うようになるのだけれど、もちろんご主人様は全然そんな行動を起こすことはなく、日々は過ぎていった。
それでもなんでか生きてはいるのだけれど、いつ、今のような不思議な状態が終わるとも限らず、唐突に来るかもしれない『恐れ』枯渇によるご主人様の死を思い、僕は恐ろしくてついつい口うるさくなる日々を過ごしている。
魔女と猫でゆるいミステリ 稲荷竜 @Ryu_Inari
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