第三幕
魚唇と、いう高級食材があるなあと、思いつつ俺はソロモンから西へゆくコンテナ船に張り付いていた。
この先のプランはもう考えてある。普段なら、あとはただひたすらに待ち時間となるのだが、今回は旅の仲間がいる。
ジュゴンだ。
恩返しのつもりか、俺が退屈してきたタイミングで現れては、シンクロ水泳みたいな動きをして、楽しませてくれた。正直なところ顔は好みじゃないが、動きだけなら立派な人魚姫である。
コンテナ船がポートモレスビーに入港した夜、俺は船底を離れて目標の船「スタンリー」に張り付いた。
また待ち時間だ。
かったるいと言えばかったるい時間だが、見方を変えればぬるい長風呂みたいなものだ。
悪くない時間である。
翌朝「スタンリー」に動きがあった。まずは一人分の足音だ。重そうな荷物を抱えて甲板を歩く音が、船体を通じて俺の頭に響いてくる。
続いて、エンジンの音が響く。出航だ。
船は外洋に向かう。今日もジュゴンが待ち時間のお供をしてくれる。
しばらくして、船は動きを停めた。
再び甲板に足音がする。続いて水面に何かが落ちる音がした。
どうやら目標は、釣りをしているようだ。
俺は船底を離れて、投げ込まれた仕掛けを掴むと深く潜った。相手は急いで巻き戻そうとするが、俺の泳ぎは止められない。しばらくの間、右に左にと振り回してやる。
奴さんが疲れてきた頃合いを見計らって急浮上する。
水しぶきを上げて海面に飛び出すと、さっきまで張り付いていた「スタンリー」の姿が見えた。真っ白なクルーザーだ。羽根を畳んだ鳥のような曲線美を、太陽に見せつけている。ブリッジに人の姿はない。
甲板に着地して、コートを脱ぎ捨て、真っ赤な鰓を見せつけてやる。
「ウワアァァーッ!」
悲鳴の主は組合長だ。釣り竿を取り落して尻餅をついている。偏光グラスがずり落ちて、半泣きの目がのぞいている。
「ど、どうしたんだ。レモロくんじゃないか。私が一体どうした?」
「年貢の納め時だ。組合長」
「何のことだ?何の権利があって、私の引退生活を邪魔する?」
俺は相手の胸ぐらをつかんで、引きずり起こした。
「全部わかってるんだ。組合の経理だって、うすうす感づいてる」
ハッタリをかますと、奴さんは観念したような表情になった。
「い、いくら欲しいんだ?いくらでも出す。本当だ。本当だって。なんならこの船を譲ってもいい」
「んなもんは、どうでもいいんだよ。こっちはなあ、お前みたいなロクでなし相手に人工呼吸した黒歴史をさあ、はやくシュレッダーにかけちまいたい。バラバラに切り刻みたいんだよ」
わざとゆっくり喋って、ブレードを出したり戻したりしてやる。
「た、頼む。殺さないで、殺さないでくれぇ」
効果はてきめんだった。
「安心しろ。何もとりやしない。代わりに、サプライズプレゼントだ」
ぽかんとした顔の組合長を、海へスローインしてやると、大きな水音がした。
落水した奴さんの傍らに、ジュゴンが現れる。
「人魚姫とアツアツになってな」
「ヒ、ヒエェェーッ」
俺は種を越えた絡み合いをしばらく見物したあと、頃合いを見計らって救命筏を投げて、コーストガードに通報した。船内で人目につきやすいところに、汚職を示す資料のパックをおいておく。
あとの仕事は陸物にまかせるとしよう。いまから俺は南の海でバカンスだ。
シャーク・サッカー 糸賀 太(いとが ふとし) @F_Itoga
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます