第5話 終業式
『影森くんって、キモくない?』
『完全に勘違いしてるよね〜』
『なんであんな自信満々なわけ?』
『ナルシストってやつ?』
『鏡、見たことあんのかなー』
『キャハハハハハ! ひどーい!』
分かってる。
分かってるよ。
俺は勘違い野郎なんだって。
俺は主人公にはなれないんだって。
分かってるから、もう。
笑わないでくれ。
◆
嫌な夢を見た。
中学三年の頃。
まだ自分は人気者なのだと信じていた、信じようとしていた、最後の年。
放課後の教室。
忘れ物を取りに戻った俺の耳に容赦なく飛び込んでくる、陰口。
あんな思いはもうしたくない。
だけど、明るい世界に少しでも関わっていたい。
俺は、どっちつかずの半端者だった。
ぶんぶんと首を振り、夢と、後ろ向きな思考を吹き飛ばす。
今日は終業式だ。
支度を済ませて、家を出なくては。
家から高校まで、電車で一時間。
まだ少し冷たい空気を吸い込んで、駅から正門までの道を歩く。
あんな夢を見たのは、
いや、違う。
笹岡の行動を勝手に、自分に都合のいいように解釈して、もしかしたらなんて考えている俺のせいだ。
俺は、モブなのに。
そんなことをぼんやり考えながらも、
最近は自己嫌悪が酷かった。
俊太郎を裏切っているような気持ちになったりして。
そんなことを考えてしまうこと自体が、ダメなのに。
いつの間にか終業式は終わっていて、最後のホームルーム。
クラス替えがあるのだから、このメンバーで過ごすのもこれが最後なのだと気付いた。
「二年になっても同じクラスだといいなー。
「文系」
「俺も! よかった!」
「文系理系でクラスが決まるのって三年からじゃなかったっけか?」
「あれ、そうだっけ?」
今の会話で、何人かの理系女子が進路を考え直している気がする。
ハーレム四天王はきっと、みんな文系なのだろう。
笹岡は理系女子っぽい気もするけど。
クラスが離れようと、みんな俊太郎に集まってくる。
俺はそこに、その近くにいられればそれでいいんだ。
◆
俊太郎たちはカラオケに行くらしい。
俺も誘われたのだけれど、ちょうど担任に荷物運びを頼まれたタイミングだったから、後で追い掛けると返事をした。
職員室まで荷物を運び、担任からの激励の言葉を背に教室に戻る。
誰もいないはずの教室には、笹岡がいた。
「あれ、俊太郎と行ったのかと思ってたのに」
「待ってた」
「え、俺を?」
「そう」
心臓が勝手に鼓動を早める。
ダメだ。
落ち着け俺。
「え、と、カラオケ、行く?」
「影森くんが行くなら行くけど、その前に、…………連絡先、交換しよう」
「へ?」
連絡先。
俺なんかの名前がヒロインたちのスマホに登録されているのは問題だろうと、俺はこの一年、必死にその手の話題を避けてきた。
LINE交換なんかを物理的に避けるため、というわけではなかったが、俺が未だにガラケーなのもあって、俺の番号やアドレスを知っているのは俊太郎と数人の男子たちだけだ。
「いや?」
「や、あ、いや、違くて、嫌じゃないけど、なんで……」
考えても考えても自分に都合のいい答えしか出てこなくて、俺はどうしていいか分からなくなった。
またきっと顔は茹でダコで、だけど今は
せめてもの抵抗として首から下げるだけだったマフラーをぐるぐると顔に巻き付けた。
そんな俺を見てクスクスと笑う笹岡は、抜群に可愛い。
ともすれば冷たく見える眼差しは、熱を帯びたみたいに少し潤んでいる。
その視線は真っ直ぐに俺を貫いて、俺はますます恥ずかしくなった。
目元まで隠すマフラーに笹岡の右手が伸びてきて、綺麗な人差し指が俺と笹岡を隔てる壁を排除していく。
顎の下に溜まるマフラー。
そこに掛けられていた人差し指がマフラーから離れ、俺の目の前に立てられた。
「連絡先知りたがる理由なんて、一つしか、なくない?」
ああ、神様。
俺は、主人公になってもいいんでしょうか。
その答えとでも言うように、教室のカーテンが大きく、風になびいた。
【了】
主人公の友達ポジになりたいモブの俺に、正ヒロイン候補がフラグを立ててくる! 南雲 皋 @nagumo-satsuki
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