第4話 文化祭 [ 当日編 ]

 あの家庭科準備室での出来事以降も、笹岡ささおかは特に変わらなかった。

 俺に対する態度も、俊太郎しゅんたろうに対する態度も、いままでと変わらない。

 やっぱり、あの一連のアプローチめいたものは俺の思い過ごしだったのだ。


 俺は安心し、文化祭を迎えた。



 俺たちの公演は午前中。

 朝から準備をし、みんなで円陣を組んで始まった。

 俺は袖や、客席の邪魔にならないところから、色んな角度で写真を撮る。


 ジュリエットが出てくる度に、俺はなぜか緊張した。

 たぶん、ファインダー越しに目が合うと思ったからだ。

 その予感は的中し、俺は度々、ファインダー越しに笹岡に見つめられた。


 他の人からは、ロミオ、俊太郎を見ているように見えるだろう。

 けれど、その視線は俊太郎を通り越し、背後に立ってカメラを構える俺を見ている。


 いつもの俺だったら、舞い上がっていたかもしれない。

 でも、毎日遅くまで残って準備をしていたクラスメイトの顔がちらついて、俺は笹岡が出番を終えて袖にはけてくるのを待った。



「笹岡、ちゃんと芝居しろ」


「え?」


「俺には、見えてる。だから、きちんとロミオを見てくれ。笹岡は、ジュリエットなんだから」



 笹岡は、黙ったまま一つ、頷いた。

 顔を上げた時、笹岡の瞳は、舞台上の俊太郎に向いていた。


 それでいい。

 そうでなきゃ。


 短い準備期間だったけど、それでも。

 演劇というものは、関わる全員が同じところを目指して頑張らなきゃ成功しないものなのだと。

 それくらいは、分かったから。


 その後の笹岡は、文句無しのジュリエットだった。

 もうファインダー越しに目が合うことは、なかった。


 唯一、カーテンコールの時だけ、笹岡は俺に向かって微笑んでいた。気がした。



 公演が終われば、あとは自由時間だ。

 俊太郎は女子たちに引き摺られていったから、俺はそれを見送り、のんびり校舎内を回ることにする。


 中庭に差し掛かった時、笹岡の声が聞こえた気がして立ち止まった。

 耳を澄ますと、やはり聞こえる。

 どこからだろうと歩いて行くと、校舎裏で三人の上級生に囲まれていた。


 

「またあのドレス着たりしないの?」


杏里あんりちゃん、胸でかいんだね〜」


「脚も綺麗だし、脱いだらすごいっしょ?」


「離してください」


「またまた〜、文化祭なんてつまんねぇしさ、俺らともっと楽しいことしようぜ」


「そうそう、ヨくしてやっから」


「ちょーっと埃っぽいけど、それも興奮するってね」



 三人の腕が笹岡の胸や腰に伸びる。

 ヤバい。

 俺は生徒指導の先生の名前を叫びながら、カメラを構えて走った。

 証拠が残ることにビビってくれることを期待したのだが、その考えが功を奏したようだった。

 彼らは一瞬ひるんだ後、慌てて逃げていった。



「笹岡! 大丈夫!?」


「う、うん。ありがと……」



 俺は震える笹岡の腕を引いて保健室へ連れて行き、先生に事情を話して校舎に戻った。

 途中で俊太郎たちに会ったので、そのままみんなを引き連れて、食べ物を抱えて保健室へ。

 たこ焼き、ホットドック、クレープ、焼きそば、チョコバナナ、エトセトラエトセトラ。

 保健室は小さなパーティ会場みたいになった。


 俊太郎とくだらない会話をして笑う笹岡を見て安心し、俺は自分の立ち位置を、もう一度しっかり確認した。


 俺はモブ。

 主人公では、ないのだと。

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