第3話 文化祭 [ 準備編 ]
文化祭といえば、クラスの出し物。
上級生から順にじゃんけんで取り合っていくため、お化け屋敷やメイド喫茶、クレープ屋さんなどなど人気のモノを一年生がやれる可能性はかなり低い。
文化祭実行委員になったクラスメイトが二人、何個も候補を持っていったけれど、やはりそのほとんどは上級生に刈り取られてしまった。
その結果、我がクラスの出し物は”演劇” になったのだった。
演目はお約束の『ロミオとジュリエット』。
クラス内オーディションの結果、ロミオは満場一致で
ジュリエットは一票差で
惜しくも敗れた学級委員長の
運動部に所属している連中がティボルトやベンヴォーリオ、マキューシオなどを担い、彼らは剣道部の女子と話しながら
芝居をすることになる体育館の舞台上は、文化祭の間、常に俺たちで使えるわけでは勿論ない。
軽音部のライブもあれば、落語研究会の発表もあり、演劇部の芝居だってある。
演劇部がやるのなら、俺たちはやらなくてもいいじゃないかとも思うのだが、それはそれ、これはこれ、らしい。
照明や音響、舞台装置のことなんかは俺たちは何も分からなかったため、演劇部から助っ人が来てくれることになった。
自分たちの準備や稽古だってあるだろうに、ありがたい話である。
甘い話には裏があるのが世の常で、演劇部のお目当は俊太郎だった。
今回演劇部の上演する演目で、実際に登場はしないものの、”
ネットでフリーの素材を探してみたが、ピンとくるものがなかったようで、俊太郎の写真を使わせてもらいたいらしかった。
俊太郎は二つ返事でオッケーし、とある放課後に撮影したとのことだった。
ちなみにその写真は、何者かのせいでデータが流出し、女子の待ち受け画面が軒並み俊太郎だった時期があったことを追記しておく。
俺はといえば、またカメラマンになっていた。
照明や音響操作でもいいと言ったのだが、体育祭で撮った写真が好評だったおかげで、そういうことになった。
稽古や準備の時から写真は撮るが、ほとんど仕事がないと言っても過言ではないので、いろいろなところに手伝いで入っていた。
物語の主人公たるもの、オールラウンダーであるべしと思っていた時期があって、俺はそれなりに何でもできる。
器用貧乏と言われればそれまでだが、役に立てるならいいだろう。
パネルに絵を描き、衣裳の型紙を作り、買い出しに行き、セリフを覚える相手になったりした。
文化祭の間近に迫ったある日、俺は衣裳を担当していたクラスメイトに呼び出された。
笹岡の衣装の最終手直しをしてほしいというのだ。
「なんで俺? 女子の衣裳だし、女子がやるのがいいと思うんだけど……」
「そう言ったんだよ、わたしも。でも、
「うーん、まぁ、笹岡がそう言うならいいか」
「こっちは他のみんなの仕上げしちゃうから、杏里の衣裳は任せたよ!」
「おっけー」
笹岡の待っているという家庭科準備室。
俺は扉を三回ノックし、中に声を掛けた。
どうぞと返事があってからドアを開けると、ジュリエットの衣裳に身を包んだ笹岡が立っていた。
シンプルなデザインのドレスだが、予算の許す限りいい生地を買ったおかげで品良くまとまっている。
細かなラメの入ったオフホワイトの生地が、笹岡の上半身のラインを美しく見せていた。
コルセットで締める上半身と対照的に、ふわりと風を孕む柔らかなスカート。
薄手の生地を数枚重ねてボリュームをだしたスカートは、ターンする度に可憐に広がるだろう。
「おお、めっちゃ似合うな」
「影森くんがデザインしたんでしょ?」
「ネットで調べた画像を参考にしただけだから、そんな大層なもんじゃないよ」
「ジュリエットに興味はなかったけど、これが着れたのは嬉しい」
そう言って笑う笹岡は、本当に綺麗だった。
そのままくるりと回った笹岡の背中が大きく開いていて、俺は盛大にテンパった。
「ちょ、背中! 開いてる!」
「あ、忘れてた。これ一人じゃ着れないの」
「だからこういうのは女子がやるのがいいんだってー!」
「ダメだよ。この作品は影森が完成させてくれなくちゃ」
「……作品、か」
「違う?」
「いや、違わない。うし、やるか」
「はい」
それから俺は背中のファスナーを上げ、笹岡だけのドレスを仕上げていった。
袖の長さ、首元の開き具合、スカートの長さ、何もかもを笹岡に一番似合う状態に。
無駄な生地を摘み、笹岡のボディラインが綺麗に出るように。
俺は服飾の専門家ではないけれど、それでも、俺ができる全てを注いで完成させた。
放課後の家庭科準備室。
夢中になって針を進めるあまり、笹岡が立ちっぱなしなのを失念していた。
スカートの裾を縫っていた糸を切り、俺は慌てて笹岡を見上げる。
瞬間、真っ直ぐにぶつかり合う視線。
しゃがんで作業をしていた俺を、ずっと見ていたのだろうか。
その視線は嬉しそうで、楽しそうで、そしてなにより、幸せそうだった。
無性に恥ずかしくなって、俺は思わず視線を逸らしてしまう。
心臓がうるさい。
美少女の、あんな顔。
勘違いしちゃダメだ。
あれは俺に向けられているわけじゃない。
ジュリエットに興味はなかったと言っていたけれど、俊太郎の相手役なのだ。
俊太郎の隣に、目の前に、美しい姿で立てることを思って、嬉しくなったのだろう。
俺は立ち上がり、なるべく笹岡の顔を見ないようにして、ドレスの最終チェックをした。
うん、最高。
「かんぺき」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「ねぇ、影森くん」
「ん?」
「わたし、きれい?」
「……ッ!」
口裂け女みたいなこと言うなよ、とか。
そんな風にからかえるわけ、なかった。
だって俺にそう聞いた笹岡は、本当に、言葉に詰まるくらい、綺麗だったから。
「影森くん?」
「え、あ、えと、その、あーーーーーー……きれいだ!」
ああ、今が夕方でよかった。
たぶん今の俺は耳から首から茹でダコのように真っ赤だろうから。
頭に血がのぼる感覚。
こんな、俺を、
主人公になりたかった俺が、顔を覗かせてしまうから。
俺は手早く裁縫道具を片付け、家庭科準備室を逃げるように後にした。
家庭科室で他のみんなの仕上げをしているクラスメイトに声を掛け、笹岡の着替えを手伝ってあげるようにお願いする。
他のみんなの最終チェックもと言われたけど、俺はざっと室内を見回して「完璧!」と言い放って帰宅した。
早く帰りたい気持ちはあったけれど、みんなの仕上げが完璧だったのは本当だ。
俺が直すようなところは、一つもなかった。
変に思われたかな。
でも、笹岡と、顔を合わせたくなかったんだ。
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