第六話 エレオスの留学④

「マルグレーテ様。ご機嫌麗しゅう」


 目の前で立ち止まったマルグレーテに、エレオスは貴族の子息として丁寧に一礼する。


 王都に到着した後、エレオスは一度マルグレーテに挨拶をするために登城した。二人が直接言葉を交わすのはその日以来のことだった。


「お会いしとうございました、エレオス様。ようやく学校でもご挨拶できましたわ……王族という立場故に、なかなか自由な時間を作れなかったものですから」


 マルグレーテも、優雅に一礼して応える。


 この国の王女と、その婚約者である隣国の公世子。周囲の貴族子弟たちがざわつきながら会話を見守る中で、しかし人の注目を集めることに慣れている二人はまったく動じない。


 それぞれの従者たちが、さりげなく二人を囲む。皆の視線を遮り、騒ぎが大きくなっても自分たちの主人をすぐに守れるように。


「私とエレオス様では受ける授業も違うことが多いでしょうが、せっかく同じ時期に学校生活を送るのです。これからもできるだけ、お会いしたく思いますわ」


「僕も同じ思いです。マルグレーテ様のお時間があります際には、ぜひ一緒に過ごしましょう」


「まあ、なんて嬉しいお言葉かしら。感激ですわ」


 うっとりした表情で言う王女の、明らかにエレオスに惚れきっている様を見て、貴族子弟たちのざわつきが大きくなる。


 エレオスとマルグレーテはこれまでに何度か顔を合わせる以外にも、手紙を通じて交流を重ねてきた。手紙で言葉を交わすほどに仲は深まり、特にマルグレーテは王家による教育の影響もあって、今ではエレオスを将来の伴侶として敬愛している。


「わたくし、これから昼食をとりにまいりますの。学内にお部屋を借りて、王家の料理人に用意をさせますのよ。よろしければエレオス様もご一緒にいかが? 食材には余裕があるはずなので、二人分を作ってもらえますわ」


「それは大変ありがたい申し出ですが……畏れながら、今回は遠慮いたします」


 エレオスが答えると、断られるとは思っていなかったのか、マルグレーテはきょとんとした顔になる。


 どうしてなのか、と表情で彼女から尋ねられ、エレオスははにかみながらまた口を開く。


「昼食は従者の皆も一緒に、食堂で食べることにしてるんです。それに、今では友達も何人かいて、その人たちとも食堂で待ち合わせしてます……せっかく学校で過ごしてるから、昼休みの時間は色んな人と交流することに使いたくて」


「……それは素晴らしいですわ!」


 エレオスの説明を聞いたマルグレーテは、目を輝かせて言った。


「さすがは私の将来の旦那様、多くの者と交流を深めようとするその姿勢、敬服いたしましたわ……よろしければ、私もご一緒させていただけないでしょうか? 待機させている料理人には悪いですが、この国の王族として、エレオス様の姿勢を見習わせていただきたく存じますの」


「マルグレーテ様がよろしいのなら、大歓迎です。とても嬉しいです。マルグレーテ様とはできるだけ長く一緒に過ごしたいので」


 そのさりげない一言は恋する乙女の心を打ち抜いたらしく、マルグレーテ様は感極まった様子で口元を押さえ、その顔が赤くなる。


「……では、参りましょう! エレオス様!」


 これ以上ないほど嬉しそうなマルグレーテに寄り添われながら、エレオスは食堂に歩き出す。従者たちは微笑ましく二人を見守りながら続く。


・・・・・


「……なるほど。あまり心配はしていなかったけど、良い留学生活を送っているようだね。さすがは僕たちの息子だ」


 エレオスの入学からしばらく経ち。息子の様子見と社交を兼ねてリヒトハーゲンにやってきたノエインは、我が子の口から近況報告を聞き、微笑みながら言う。


「しっかり勉学に励みながら学友たちとも交流して、マルグレーテ殿下との友好も深めて……楽しみながら頑張っているのね。私たちも誇らしいわ、エレオス」


「ありがとうございます。これも、僕を留学に出してくださった父上と母上のおかげです」


 ノエインに続いてクラーラからも褒められ、エレオスは嬉しそうに答える。


「ヤコフたちも頑張ってくれているようで何よりだよ。エレオスの直臣になる君たちがその調子なら、アールクヴィスト大公国の未来は明るいね」


「お褒めに与り光栄の極みに存じます。いただいたお言葉に恥じぬよう、我ら一同、今後も主家の御為に努力を重ねてまいります」


 エレオスの従者を務める貴族子弟たちにもノエインは言葉をかける。それに、皆を代表してヤコフが答える。横に並ぶニコライとサーシャは誇らしげな表情を見せながら、アマンダとテオドールははにかみながら一礼する。


「実に頼もしいね。君たちの頑張りは、君たちの家族にも必ず伝えておこう……報告に付き合ってくれてありがとう。休日に時間をとらせて悪かった。ゆっくり休んで」


 そう言って貴族子弟たちを下がらせた後も、ノエインはしばらく家族で談笑する。ノエインとクラーラだけでなく、エレオスにとってはもう一人の母であるマチルダも団欒に加わり、和やかなひとときを楽しむ。




 そのまま夕食も家族で過ごし、エレオスが明日の学校に備えて早めに眠りについた後。ノエインたち三人は、居間でマチルダの淹れたお茶を囲みながら就寝前の時間を過ごす。


「新しい環境で経験を積んで、エレオスもまた少し成長したみたいだね」


 ノエインが呟くと、マチルダもクラーラも頷く。


「はい。今のエレオス様は、少年時代のノエイン様にますます似てきたように思えます」


「そうなのですね。あの子を通して昔のノエイン様の姿を見ていると思うと、それもまた嬉しいです」


 マチルダの感慨深げな言葉に、ノエインの少年時代を知らないクラーラはクスッと笑いながら返した。


「きっと、これからもあの子はどんどん成長していくんだろうね。エレオスだけじゃない。貴族子弟たちも、また一段と心強く成長してる。いずれはエレオスたちが、僕たちの後を継いでアールクヴィスト大公国の幸福を守ってくれる。ますますそう確信できるようになったよ」


 今手にしている幸福だけではない。自分たちが第一線を退いた後も、そしていずれ世を去ったあとも、幸福は続いていく。そのような思いが、ノエインの心の中で日に日に大きくなっている。エレオスたち次世代の存在によって。


「僕たちの幸福は受け継がれていく。続いていくんだ。ずっと」


 自分自身に語り聞かせるように言うノエインの腕に、傍らのマチルダが寄り添う。反対側に座るクラーラが、優しくノエインの手を握る。


 二人の愛を感じながら、ノエインは満たされていた。




★★★★★★★


本日4月25日、書籍版『ひねくれ領主の幸福譚』5巻が発売となりました。また、コミカライズ2巻も発売されました。


併せて大切なお知らせです。

書籍版『ひねくれ領主の幸福譚』ですが、この5巻で終了となります。売上の面で力及ばず、このような結果となりました。応援してくださった皆様、誠に申し訳ございません。


領地開拓に乗り出し、いくつもの試練を乗り越え、父マクシミリアンと再会を果たして復讐に一区切りをつけ、さらに未来へと歩んでいく後ろ姿で幕を閉じる。そんなノエインの物語として、よろしければ書籍シリーズ最終巻までお付き合いいただけますと幸いです。


コミカライズに関しては今後も続いていく予定なので、引き続きよろしくお願いいたします。


また、『ひねくれ領主の幸福譚』5巻のあとがきでも触れていますが、現在WEB更新中の最新作『フリードリヒの戦場』の書籍が夏頃に発売される予定となっています。

よろしければこちらについてもご注目いただけますと嬉しく思います。


エノキスルメの今後の活動情報は、活動報告・近況ノートやTwitterにてお知らせしています。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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ひねくれ領主の幸福譚 性格が悪くても辺境開拓できますうぅ! エノキスルメ @urotanshi

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