第五話 エレオスの留学③

 入学式の翌日からは授業が始まり、日々はいよいよ学校生活らしくなる。


 ある日の午後。高等学校にいくつもある講義室のひとつで、一年生に対する授業が行われていた。


「――であるからして、重装騎兵による騎乗突撃が、未だ会戦における最強の戦法であることは大陸における共通認識となっている。魔法や魔道具の発展が著しいこの数百年においてもこの事実は変わらず――」


 軍学を語る教師の声以外に、音はほとんど聞こえない。


 生徒の多くは、私語や居眠りをすることもなく真面目に授業を受けている。なかでも講義室の左側後方では、一際真剣に、半ば迫真の表情で板書に臨んでいる者たちがいる。


 アールクヴィスト大公国からの留学生である、ヤコフ、サーシャ、ニコライ。三人は教師が黒板に書き記す内容はもちろん、その語る言葉の一言一句までをも記録する勢いでペンを走らせる。授業の最初から最後までをそうして過ごすとさすがに手が耐えられないため、一人が休み、その間に他の二人が書く、というかたちをとる。


 彼らは単なる留学生ではない。アドレオン大陸南部では特に先進的な国家であるロードベルク王国、その王立高等学校の授業内容をできる限り記録し、アールクヴィスト大公国に持ち帰るという使命を帯びている。


 ここでどれだけの情報を記録できるかで、祖国に持ち帰ることのできる成果が変わり、それは大公国の学問や教育制度の発展を左右する。大公国貴族の子女として使命感を帯びながら、彼らは授業に臨んでいる。


 アマンダとテオドールは文官家の継嗣であるため、今は別の授業に出ているが、二人もそちらで同じように使命を果たしている。


 一方のエレオスは、一生徒としてごく普通の態度で授業を受けている。両親に似て歳のわりに聡明なこともあり、十歳にして王立高等学校の授業に難なくついていっている。


「――この騎乗突撃では、当然ながら一定規模の騎兵部隊を備えることがまずもって肝要。しかしこれは、決して簡単なことではない。封建制の国家において、ひとつの勢力が重装騎兵を最低でも数百、揃えられるようになったのは、ここ百数十年ほどのこと。ロードベルク王国において最初にこの偉業を成し遂げられたのは……エレオス・アールクヴィスト学生。誰だか分かるかね?」


 王立高等学校の伝統として、生徒はたとえ王族であろうとも、教師の前では一生徒として扱われる。エレオスは教師の言葉遣いを当たり前のものとして受け止め、起立する。


「はい。第五代国王、リュディガー・ロードベルク一世陛下です。リュディガー一世は王国中部の貴族たちを完全に掌握することに成功し、王国軍に騎兵五百から成る部隊を創設しました。現在の王国軍第一軍団の前身となった部隊です」


「その騎兵部隊が初めて真価を発揮した戦いは?」


「王暦七二年、ヘレーネ峠の戦いです。この戦いで、騎兵部隊は峠の頂上からの突撃を敢行し、パラス皇国の歩兵二千を打ち破りました」


「さすがはアールクヴィスト大公閣下のご子息。よく学んでいるようだな。座ってよろしい」


教師に言われ、エレオスは席につく。


「お見事です、エレオス様」


「これくらいは軽いよ。もっと難しいこととか新しいことを勉強したいなぁ」


 ヤコフの言葉に、エレオスは頬杖をつきながら答える。


 アールクヴィスト大公立ノエイナ高等学校の教育内容も、元より賢いノエインとクラーラによってできる限り整えられていた。おまけにエレオスは、両親に似て読書が好きだった。


 そのため、いくら名高き王立高等学校とはいえ、その初歩の授業内容はエレオスが既に知っている部分も多い。


「今エレオス学生が説明してくれたように、ヘレーネ峠の戦いを機に、騎兵部隊の重要性があらためて認識された。それは我が国のみならず、パラス皇国にとっても同じだった。以降、両国は国軍における騎兵部隊の拡充を国是とし――」


 その後も、授業は粛々と進んでいく。


・・・・・


 二つの授業を終え、昼休み。エレオスと従者たちは講義室を出る。


「あー、疲れたぁ。それにお腹空いた」


「エレオス様、食堂に行きましょう。早く行かないと混んじまう」


「その前にアマンダとテオドールと合流だよ。二人は確か、西棟に――」


 ぐっと伸びをするサーシャと、落ち着きのないニコライと、彼をたしなめるヤコフと共に、エレオスは学校の廊下を歩く。


 と、そのとき。


「……何の騒ぎだろう?」


 何やらがやがやと生徒たちがざわつく音に、エレオスは後ろを振り返る。


 講義室から廊下に出ていた生徒たちが、自然と廊下の端に移動して道をあける。


 その後ろから現れたのは――ロードベルク王国の王女、マルグレーテ・ロードベルク。今年十三歳の、エレオスの婚約者だった。


 王家の側近の子女であろう数人の令嬢と、傍仕えであろう数人の使用人を引き連れ、周囲をきょろきょろと見回しながら歩いていた彼女は、エレオスと目が合うと顔をぱあっと明るくする。


「エレオス様! ここにいらしたのですね!」


 そして、そのまま喜色満面で駆け寄ってきた。



★★★★★★★


お知らせです。

新作『フリードリヒの戦場』の投稿を開始しました。

田舎の孤児だった青年が、高名な軍人に才覚を見出されたことで人生を変えていく戦記譚です。

現時点でおよそ5万字分、話数にして十数話ほど投稿しています。明日からしばらくは毎日更新していきます。

よろしければ、こちらもお楽しみいただけますと幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る