第四話 エレオスの留学②
賑やかな旅路を経て、エレオスとその随行者たちはロードベルク王国の王都リヒトハーゲンへと到着した。
留学中、エレオスたちが滞在するのは王都にあるアールクヴィスト大公家の別邸。一行はひとまずこの別邸に入り、荷物を運び込み、屋敷の管理のために雇われている使用人たちも一緒にこれからの生活の準備を整える。
その一方で、一行の代表者であるエレオスは、ペンスやバートをはじめ数人の供を連れてケーニッツ伯爵家の別邸へと向かう。現在は王都に住んでいる祖父――留学中のエレオスの保護者となるアルノルド・ケーニッツに挨拶をするために。
「おじい様! おばあ様! こんにちは!」
「おお、久しいなエレオス。少し見ないうちにまた大きくなった」
「ほら、こっちにいらっしゃい。よく顔を見せて頂戴」
伯爵家の別邸を訪れたエレオスを、アルノルドと妻のエレオノールは優しく迎える。つい先日に正式に家督をフレデリックへと譲り、隠居したアルノルドは、今はただ孫を可愛がる好々爺の顔だった。
「道中は何事もなかったか?」
「はい! 供の者たちと楽しく旅ができました!」
エレオスがはきはきと答えると、アルノルドは笑顔で頷く。
「そうか、それは何よりだ……ノエインとクラーラが一緒に来られなかったのは残念だったな。二人とも、特にノエインは多忙であろうから無理もないが」
「来年、僕が冬の休暇から王都に戻るときには一緒に王都まで行きたいと、父上と母上は仰っていました」
屋敷の居間へと歩きながら、エレオスは祖父と話す。
「入学式まではあと一週間ほどだったな? それまではゆっくりと休んで、旅の疲れを癒すといい。一度、この屋敷にも泊まりに来なさい。王都を案内してやろう。お前と一緒に入学する従者たちも共にな」
「ありがとうございます、おじい様!」
しばらく滞在して談笑した後、エレオスは祖父母の屋敷を辞した。
・・・・・
休息をとり、アルノルドに王都を案内してもらい、王都での生活や高等学校での勉強の準備を進め、一週間が経った後。エレオスはヤコフ、サーシャ、ニコライ、アマンダ、テオドールと共に、いよいよ王立高等学校の入学式を迎えていた。
王城や貴族街からほど近い一角を占める高等学校は、リヒトハーゲンの中でも、王城と王国軍本部に次ぐ面積を誇る施設。まるで城のような威容を誇る伝統的な校舎と、故郷が遠い上に王都別邸なども持たない生徒のための寮、広い運動場や文化活動のための施設を備えている。
いくつも並ぶ建物の中のひとつ、大きな講堂の中に、今は数百人の新入生が並んでいる。その中に、エレオスたち六人の姿もあった。
「――では、名誉学長であらせられるスノッリ・スケッギャソン閣下より、新入生へのお言葉です」
入学式の進行を務める文官が言い、それに合わせて講堂の壇上に一人の老人が上がる。
「あれが学長? あんなよぼよぼのおじいさんが仕事できるの?」
かなりの高齢に見える老人を見て、サーシャが言った。一応はエレオスたちにしか聞こえない小声だったが、それでもヤコフに軽く頭を小突かれた。
「こら、不敬だよ。スノッリ様は先代のスケッギャソン侯爵で、さらには前任の内務大臣で、今は名誉職として学長を務めておられるんだ。それで、こういう重要な行事のときだけ出てこられる……って、事前に事務官から説明は受けただろう」
エレオスが友好国の君主の子息ということもあり、入学前の各種の説明は、わざわざ学校の事務官がアールクヴィスト家の王都別邸まで出向いて行ってくれた。つい数日前に聞いた話を既に忘れているらしいサーシャに、ヤコフはため息を吐く。
「あー、言われてみれば、そんな話を聞いた気も?」
「おいおい、大丈夫かよお前……」
「もう、静かにしてようよぉ……喋ってたら怒られるよぉ……」
とぼけるサーシャにニコライが呆れ顔で言い、その横でテオドールがおどおどしながら呟いた。
「新入生諸君。私が、偉大なる国王陛下より名誉学長を拝命しているスノッリ・スケッギャソンである。諸君も理解していることと思うが、この王立高等学校は――」
見た目とは裏腹に、鋭く力強い声で語る名誉学長は、老いてもなお一廉の人物であることを皆に感じさせた。
「――だからこそ、諸君が日々勉学に励み、ロードベルク王国の将来を担う人材へと成長することを期待する。以上だ」
スノッリが挨拶を終えると、新入生たちからは大きな拍手が起こった。挨拶は主にロードベルク王国の貴族階級を意識した内容だったが、エレオスたちも空気を読んでしっかりと拍手をした。
その後も入学式は粛々と進行し、何事もなく終わる。
「さて、それじゃあペンスたちのところに戻ろうか」
エレオスがそう言って歩き出し、皆がそれに続こうとしたそのとき。
「失礼、エレオス・アールクヴィスト様でいらっしゃいますか?」
エレオスを呼び止める声があった。エレオスが振り返ると、そこにはエレオスより少し年上に見える少年と、傍らに控える青年がいた。
「はい、そうですけど……」
「やはりそうでしたか。失礼、私はジルヴェスター・ロズブロークと申します。父はヴィオウルフ・ロズブローク名誉子爵です」
その言葉を聞いたエレオスは、小さく片眉を上げた。
父ノエインから話は何度も聞いている、戦友ヴィオウルフ。ロズブローク男爵家の当主で、先の戦争で名誉子爵位を賜った人物。
その子息も同年に入学するという話は聞かされていたが、これほど早く会えるとは思っていなかった。
「初めまして、ジルヴェスター殿。父君のお話は我が父から聞いています。会えて嬉しいです。よろしくお願いします」
「私こそ、お会いできて光栄に存じます、エレオス様。今後とも何卒よろしくお願いいたします」
ジルヴェスターと握手を交わしたエレオスは、そこではにかむ。
「……あの、せっかく学友になりますし、お互いの父は友人同士です。だから……僕たちももっと、気安く話さない?」
言われたジルヴェスターは少し考え、笑った。
「分かりました。私とあなたでは身分差が大きいので、あまりに気安く接するのは難しいですが……では、エレオス殿と呼ぶのはどうですか? 言葉遣いも、私的な場では少し崩します。あなたはどうぞ、私を呼び捨てに」
「ありがとう。それじゃあ……よろしく、ジルヴェスター」
「はい。どうぞよろしく、エレオス殿」
二人があらためて握手を交わす横では、ジルヴェスターの従者の青年がヤコフの前に進み出る。
「ロズブローク男爵家従士のパウロと申します。ジルヴェスター様の従者兼護衛として高等学校に通います。よろしくお願いします」
「ヤコフ・グラナートです。父は大公国貴族ですが、ここでの私はエレオス様の従者と護衛を務める身ですので、どうか気楽に接してください。よろしく」
主家の子息を守る年長の家臣。そんな似たような立場に立つ二人も、それぞれ挨拶を交わした。
さらに、エレオスが他の従者たちをジルヴェスターとパウロに紹介し、その場で全員が挨拶を済ませる。
「それではエレオス殿。また明日、授業の場で」
「うん。一緒に頑張ろう!」
「はい、頑張りましょう」
ジルヴェスターは笑顔でそう答え、パウロと共に去っていった。
「……楽しい留学になりそうだね」
「はい、エレオス様」
早くも友人を作ったことを喜びながらエレオスが言うと、ヤコフが微笑を浮かべて頷いた。
★★★★★★★
先月発売された『ひねくれ領主の幸福譚』書籍4巻とコミカライズ1巻、おかげさまでご好評をいただいております。皆様本当にありがとうございます。
別作品の話になりますが、作者の書籍化新作となる『ルチルクォーツの戴冠』の1巻が本日8月9日に発売日を迎えました。
内政戦記ファンタジーとして最強の一冊に仕上がったと自負しています。よろしければ、お手に取っていただけますと嬉しく思います。
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