魔剣種の娘

第1話 魔剣ミューハート

「たのもー」


 少女の声と同時に勢いよく扉が開かれ、イブとヤエはそちらに視線を移した。


 十歳ほどに見えるその少女は腰までとどく長い紫の髪をしており、白いシャツに革製のボディスを着て、赤みがかったロングスカートに黒のショートブーツを履いている様子から、お転婆な貴族の娘という雰囲気があった。


「どうれ、と答えればいいのよね、イブ」

「そうね、ヤエ」


 そう言いながら椅子から下りると、イブとヤエは来客である少女に向き合った。


「私の名まえはミューハート。拾ったこの桜の花びらの力を辿たどって来たんだけど、これを咲かせている桜の樹がここにあるんでしょう?」


「……」

「……」


 イブとヤエは顔を見合わせて回答を確認すると、あらためて少女の方を向いた。


「確かにそうね」

「それで、貴女はどうするの?」


「これだけの力を持った桜の樹があるんだったら、その力を狙う悪者だっていると思うの。そしてそいつら悪者から桜の樹を守るために強い守護者がいるはず。私はその守護者と戦ってみたいのよ!」


 青い目を輝かせ力強く言う少女。


 それを見てイブとヤエは再び顔を見合わせて回答を確認すると、あらためて少女の方を向いた。


「桜の守護者と戦うだけでいいの?」

「桜の力はほしくないの?」


「ええ、いらないわ。私は私の存在意義を示し、強くなりたいの。だからといって簡単に力を取り入れるようなことはしないわ。力や技術は自分の努力で得るもの。それには強いやつと戦うのが一番なのよ!」


 即答し、自身の矜持きょうじと目的を力説する少女。


 害意はないが戦意はあるその様子にイブとヤエは三度、顔を見合わせて回答を確認すると、あらためて少女の方を向いた。


「私たちがその守護者なんだけど」

「それでも戦うの?」


「もっちろん! でも安心して。殺しはしないわ!」


 そう言うと少女を桜の花びら投げ捨て、どこからともなく剣を出して跳び込むとイブとヤエに横一閃、斬りかかった。


 空気を裂くようなその鋭い剣線を無表情のままたいをひいてかわすイブとヤエ。


 同時にそれぞれ斬岩斬魔の刀を手にし、中段に構えた。


「やっぱりね。あなたたちから桜と同じ魔力を感じたもの。そうじゃないかと思った」


 同じく中段にして剣を構える少女。


 イブとヤエが持つ日本刀と違い、少女が持つ剣は大人が両手で持つ大剣であり、赤黒い刀身には赤く小さな水晶が二つ埋め込まれていることから魔剣であることが見てとれた。


「変だなと思ったけど、そういうことね、イブ」

「そうね、ヤエ」


 イブとヤエは少女を見据えながら話すと、どう対処するか方針を決めた。


「殺しはしないけど、斬られると痛いわよ!」


 戦いに応じたことを喜びながら言うと、少女は床を蹴って魔剣を振り上げ、イブに斬りかかった。


 それをイブは刀でらすようにして受け流し、床を叩かせると、そのまま刀をかぶせて魔剣を押さえた。


 すかさずヤエも刀を振って、二人がX字に魔剣を押さえ込むとお互い片手をあけて短銃を取り出し、引き金を引いた。


 その瞬間、魔法が発動して魔力を吸う効果をもつ鎖が二本現れ、ぐるぐると魔剣に巻きついていった。


「な、な?」


 驚く少女だが、その身体は透明な鎖に巻かれたかのように縛られた体勢になると、そのまま姿を消した。


「貴女を封印したわ」

「私たちが解くまで動けない」


 イブとヤエが刀と銃をその手から消して言うと、魔剣は鎖に巻かれたまま床に落ちた。


「人間の方じゃなく、真っ先にこっちを狙って来るなんて、あなたたち、最初から分かってたのね!」


「分かっていたわ」

「この手の来客はけっこう多いから」


 魔剣から少女の声で抗議するような口調で言ったのに対し、イブとヤエは当然として冷静に答えた。


 魔剣を使う少女ではなく、少女の幻影を現して戦う人格をもった魔剣。


 老若男女を問わず人間が剣を持っていれば、その主軸は人間であり、人間を倒せばそれで戦いが終わるものと考えるため、普通は人間を攻撃しようとする。


 だがこの魔剣は、魔剣が主軸の本体であり、自身の性別と精神年齢を加味したダメージにならない人間の幻影を現して敵を惑わし、敵を制圧する戦い方をしていた。


 今回もそうやって翻弄させて勝ちを得るつもりだったが、最初から本体を見抜かれてしまった。


「くうう。こうなったら私はただの剣。どうすることもできない。完全にあなたたちの勝ちね」


 力を落とし自らの敗北を認める少女の声。


「勝者には敗者を好きにできる権利がある。煮るなり焼くなりすればいいわ」


 死をも覚悟した少女の言葉だが、イブとヤエは一瞬、見上げて視線を戻した。


「剣は煮たり焼いたりするものではないわよね、イブ」

「そうね、ヤエ」


 イブとヤエがそう言うと、魔剣に巻きついている鎖が消え、魔剣に魔力が戻ると、入れ替わるように少女が再び姿を現した。


「な、なに。どういうこと」


 解放されたが何をされるのだろうと、少し怯える少女。


 しかしそれにかまわずイブとヤエは無防備に近づいた。


「貴女、害意はないし、純粋に強い者と戦いたいだけなのよね」

「だったら提案がある」


「?」


「ここに棲んでみない?」

「ここはあなたのように桜の花びらがきっかけで力を求めて訪れる者がほとんどだし、戦闘になるのはほぼ常態化している」


「……」


「だからここにいれば、おのずと強者と戦うことができる」

「あなたの望みを叶えることができるわ」


「……!」


 思ってもいない提案に、少女の顔はみるみる明るくなった。


「本当に! いいの!」


「ええ、いいわ」

「あなたが良ければね」


「もっちろん!」


 少女は大喜びで答え、イブとヤエの両手を握った。


「よろしくね、ミューハート」

「よろしく頼むわ、ミューハート」


「分かったわ! 桜の樹を狙うやつなんか私が全部、やっつけてやるんだから!」


 両手を離すと、少女は扉の方を向いて右手の拳に力をいれ、決意を新たにした。


『これでこの件は解決ね、イブ』

『そうね、ヤエ』

『そして私たちのティータイムが増えるわね、イブ』

『いいことだわ、ヤエ』


 ──少女に聞こえない声で話しながら、イブとヤエは魔剣種の少女を見た。

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イブとヤエ~かの館で主を守れ! 一陽吉 @ninomae_youkich

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