体育少女の真咲
「……」
うっすらと見えるどこかの天井。
「!」
ハッとして、
「ボクは楽園で侵入者と──」
戦闘中だった状況を思い出すが、視界に広がる明治を感じさせる部屋の様子から、それは関係なくなっていると真咲は思った。
そして、背中にあるはずの翼がないことにも気づいた。
「ボク……、動けてる」
どこにいるということよりも、自分の
幼少期から病弱で運動などしたことがなかったが、翼に導かれ、背中についたことで自由に身体を動かせるようになった。
具体的な仕組みは分からないが翼のおかげであることは間違いなかった。
だが、逆を言えば翼がなければ身体を動かすことができなくなるのだ。
「気がついたようね」
「とても元気そう」
「き、君たちは?」
「私の名はイブ」
「私の名はヤエ」
「以後、お見知りおきを」
不意に現れ、真咲を驚かせた十歳くらいのゴスロリ少女は、自己紹介をして、きれいにお辞儀をした。
「あ、ボクは真咲。よろしく」
立ち上がり、握った右手でトンと胸を叩きながら、真咲も自己紹介をした。
その様子は、陸上選手が着る青いウェア姿なこともあって、活発なお姉さん女子高生といったかんじだった。
「ところで君たち、知っていたら教えてくれないか。ここはどこで、ボクはどうなったのか」
「ここは異空間にある館の中」
「あなたは
「翼魔? その言い方から察するにボクの背中にあった天使の翼のことをいっているのかな。だけど違うよ。あれは魔とつくものじゃない。げんにボクの身体を動けるようにして自由をくれたんだから」
「それが狙い」
「宿主を満足させる一方で、命を吸っている」
「宿主てことは何かい。あの翼は寄生していたとでもいうのかい?」
「そのとおり」
「そしていま、あなたは翼魔が開拓した魔力経路をもとに動けている」
「魔力?」
「そう」
「魔力によってあなたの意思は肉体に作用している状態」
「じゃあ、魔力がなくなればボクは──」
「動けなくなる理屈だけど、それは人間、誰しも同じ」
「それに完全になくなって回復しなければ、それは普通、死を意味する」
「死?」
「魔力は肉体と精神、物理非物理をつなぎ留める役割もある」
「つなぎ留めるものがなければ離れてしまう」
「えっと、要するに、魔力は消耗しても回復すれば問題ないってことかな。それが他の人も同じで、ボクは動けているから、身体は治った?」
話の流れからでた結論に、真咲は一瞬、喜んだ。
「ちょっと違う」
「現時点では、この館の濃い魔力の中にあるから動けている」
「え?」
「つまり」
「この館から出れば、あなたは動けなくなる」
「そんな……」
身体が治ったのかと思ったが、否定され、沈む表情になる真咲。
「でもそれはあくまで、現時点での話」
「身体を動かすのに必要な魔力をあなたが持てばいい」
「?」
「身体を動かすための経路はあるのだから、あとは自分がそれをコントロールすればいい」
「電気で例えれば、電線は通っているから新しい発電設備を使って通電すれば稼働するようなもの」
「なるほど。いまは外部から供給されている魔力を、自分でまかなえばいいということか。うん? けど、それってどうすればいいんだ?」
「魔力体の魔力容量を増やし、精神世界で制御できるようになればいい」
「そのためには修練が必要」
「修練。それ自体はいいけど、ものすごく時間がかかりそうだね。最低でもどれくらい必要なんだろう」
「早ければ一週間」
「遅くても三週間」
「え、そんなものなのかい?」
「そう。あなたから素養を感じる」
「そのくらいの期間で構築できる」
「素養?」
「あなたは翼魔がついたことで目覚めようとしている」
「魔女の素養に」
「魔女……。なんかあまりいいものには聞こえないけど」
「大丈夫」
「魔女のような魔力容量と制御ができるだけ」
「そうかい。それならいいんだけど」
「それに、やることは簡単」
「この館で筋トレして、魔力容量の増加と制御ができれば終了」
「筋トレ? それって魔力とどう関係しているんだい?」
「呪文を施した器具で身体を強化、制御するイメージを構築する」
「それがそのまま、魔力の方にも反映される」
「じゃあ、ベンチプレスとかそういうのをしているだけで、魔力の容量を増やして制御できるっていうのかい?」
「そう。ただ、制御に関しては少しコツがあるけど、それは私たちが教えるし、難しいことではない」
「心の在り方をどうするかだけだから」
「なるほど。魔力の修練と聞いたときは滝に打たれたり、座禅を組むようなことを考えていたよ」
「その方法もある」
「だけどそれでは時間がかかりすぎる」
「なんでも早い方がいいものね。で、その修練だけど、費用ってどれくらいかかるものなんだい?」
「費用は必要ない」
「私たちのこともボランティアのようなもの。気にしなくていいわ」
「そうかい。そうだと嬉しいな」
そう言うと真咲はにっこりと笑顔になった。
いままで病弱でその費用負担に両親を悩ませていたため、新たな費用の
──二か月後。
「じゃあ、ちょっと走ってくるよ」
「気をつけるんだぞ」
「気をつけてね」
「うん!」
父親と母親に笑顔で見送られ、水色のウェアを着た真咲が家を出た。
家の近くにある公園と林が隣接した場所にあって、ちょうどいいジョギングコースになっているため、毎日、走り込んでいた。
その表情はとても明るく、希望に満ちたものだった。
「……」
「……」
その様子を館からイブとヤエが温かく見守っていた。
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