令嬢の春美とお嬢様の桜

「……」


「ああ……、桜さん気がつきましたね」


「は、春美さん!」


 がばっと起き上がる桜。


 そこにいるのは親友であり恋人でもある桜の姿だった。


「ご無事でしたのね。よかった……」


 春美の手を取り喜びの涙を流す桜。


 その温かい感触も覚えのあるものだった。


 自分をかばって金色の炎に包まれ、消えた春美。


 死んでしまったかと心配していたが、とても元気な様子だった。


「涙を拭いてください、桜さん」


 ブレザー制服のポケットからハンカチを取り出し、春美は桜のほほを伝う涙をふいた。


「ありがとう、春美さん。と、ここは……」


 桜は視線を移し、周囲を見回した。


 一辺が五メートルほどある壁に囲まれた木造の部屋。


 その質感や雰囲気、置かれている調度品から、明治の時代を感じさせた。


 そして、自分が母校のブレザー制服を着たままベッドに寝ていたことも、この時に分かった。


「ここは異空間にある館の中」

「大丈夫。安心していいわ」


「ひっ」


 不意にゴスロリ衣装の少女が現れたので桜は驚いた。


「桜さん、このお二人はイブさんとヤエさん。私のお世話をしてくださいましたのよ」


「以後、お見知りおきを」


 そう言ってお辞儀をするイブとヤエ。


 すっとベッドから立ち上がり、丁寧にお辞儀をかえす桜。


「えっと、話を戻しますけど、先ほど異空間にある館の中とおっしゃっていましたが……」


「そう」

「あなたたち二人は、翼魔よくまかれ、命を吸われていた」


「翼魔って、あの天使の翼のことですの?」


「あれは天使の翼ではない」

「純粋な魔物」


「魔物?」


「じつはそうだったのよ、桜さん」


「春美さん」


 すると春美は自分たちが天使の翼だと思い込んでいたのは翼だけの魔物で、宿主から命を吸う存在であること。


 あのまま翼がついていれば、そう遅くないうちに死んでいたかもしれないことを話した。


「そんな、まさか……」


 それを聞いた桜は、信じられないといった表情で呟いた。


 自分たちに自由をもたらした翼が、まさか命を脅かしていたとは想像できなかった。


「私も金色の炎に包まれたときはもうダメと思いました。けれど、熱くもなんともないのです。そうして気がつけばこちらへ移動していて、イブさんとヤエさんにお会いし、真実を告げられたのです」


「私たちはこの館の守護者」

「だけど、あなたちのことを頼まれている」


「文恵さんもいらしたそうよ」


「そう」

「ここで呪詛を断って目の障害を排除し、現実世界へ帰っていった」


「え、文恵さん、目が治ったんですの?」


 驚きのあまり声を大きくして言う桜。


 コクッとうなずいて答えるイブとヤエ。


「よかった……」


 両手を胸にあて、自分のことのように桜は喜んで言った。


「そして」

「あなたは、といことになるんだけど、どうする?」


「わ、私? 私は……」


 急に問われ、考えてみる桜。


 だが、その表情はしだいに曇っていった。


「私……、帰りたくありません。帰ってもお父様やお母様の言いなりになる人生が待っているだけ。そんなの、嫌ですわっ」


 下げた右手を強く握り、桜は身体をふるわせて嫌悪をあらわわにした。


「……私は、家に帰るわ。桜さん」


「春美さん!?」


 意外な言葉に、桜は春美の顔を見た。


「確かに私も、経済的に恵まれているとはいえ、両親に人生を決められることを嫌い、反発しました。でも私は桜さんに出会い、ここを訪れたことで新たな可能性を見出したの」


「新たな可能性?」


「そう、これ──」


 そう言って春美は両手を広げ差し出すようにして桜に向けると、そこから淡いピンクの光球が現れた。


「これは……」


桃源光とうげんこう

「回復と癒しの力を持つ光」


 食すれば不老長寿となる神桃しんとうを由来とした光の仙術、桃源光。


 生命を象徴する力を宿した光を受けることで傷ついた肉体を癒し、精神に安らぎをもたらす。


 本来なら仙人の固有術なのだが、春美は翼魔に憑かれたことや、魔力の濃い館に来たことで、それを能力で使えるようになったのだ。


「それは」

「あなたも同じ」


「え……」


 見つめられて桜は気づいた。


 春美の桃源光に触発されるように、温かい何かが全身を駆け巡っていた。


 そして、桜も春美のように、温かい何かが全身を駆け巡っていた。


「私にも、力が……」


 裕福な家庭に生まれただけで、自分は特別な力などないと思っていた桜。


 しかし、桜にも力があったのだ。


 それも、親友であり恋人である、春美と同様の力を。


「桜さん、私、この力を使って起業しようと思うの。この力があれば誰にも文句を言われず、自分の力で自分の自由にできる。しかも、誰かを助けることもできる。だけど、一人だと疲れてしまうかもしれない。だから、となりに桜さんがいてほしい」


「春美さん……」


「二人でやりましょう」


「……はい」


 能力を解き、抱き合う二人。


 自分たちの生き方を見つけた。


 しかも大好きな人といられる生き方。


 お互いのぬくもりを感じながら、喜びの涙を流した。


「……」

「……」


 その様子をイブとヤエはじっと見ていた。


「ヒューヒューと言うところかしら、イブ」

「違うと思うわ、ヤエ」






 ──八年後。


 とある街にあるビルの一室に、成人し同性婚をした春美と桜の姿があった。


 治癒能力者としての資格を取得し、その事業をはじめた二人。


 忙しくも充実した毎日をおくっていた。


「……」

「……」


 その二人を、変わらぬ姿をしたイブとヤエが、異空間から安心した面持ちで見た。

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