音楽少女の伊織
「……♡」
金色の炎に包まれるなんてロックだぜ。
そう思った瞬間、
「ここは?」
見回すと明治の時代を感じさせる調度品などがある木造の室内。
五メートル四方ほどの広さで、さっきまでいた楽園にはなかった場所だった。
「来たわね」
「忙しい」
「オー!」
目の前にゴスロリ衣装の少女が現れ、伊織は驚きの声をあげた。
「私の名は、イブ」
「私の名は、ヤエ」
「以後、お見知りおきを」
それぞれ自己紹介をすると、揃ってお辞儀をするイブとヤエ。
「オーケー。俺は伊織。よろしく!」
バ────ン!
粋なかんじで名のり、ギターを響かせる伊織。
無表情で落ち着いたイブとヤエに比べ、伊織は変にテンションが高かった。
ボブカットの髪型だが、右半分がピンクで左半分がオレンジ色。
そして、黒革ワンピースの右肩から真っ赤なエレキギターがかけられているため、よけいに浮いてみえた。
「ここは異空間にある館の中」
「あなたは
「翼魔……、翼の魔物……、てことはデビルだが、もしかして俺の背中にあった翼のことか? いやいやあれは、エンジェルだぜ」
「そう思うように仕組まれている」
「ずっとあなたの命をすっていた」
「……」
真っ直ぐな瞳で見つめるイブとヤエの様子から、それが嘘や冗談ではないことが分かった。
分かったが、すぐに認めることはできなかった。
「じ、ジョークだよな。だって俺、翼のおかげで思いっきり自分の好きにできるようになったんだぜ。それが、利用されてたってのか」
「そう」
「でも安心して。その脅威は取り除かれた」
「はは……、あの金色の炎で燃えちまったからな。またつけりゃいいやとか思っていたが……、はは……」
「それで、あなたは現実世界に帰ることができるけど」
「どうする?」
「どうするって?」
「いずれは帰ってもらうけど」
「今すぐというわけではない」
限度こそあるが猶予はあることを伝えられるも、伊織の表情は暗かった。
「帰ったところで、
遅かれ早かれ帰ることに変わりなく、その時のことを想像して、伊織は絶望的な気持ちになった。
「なら、他の人たちからあなたを求めるようにすればいい」
「あなたは十分、その可能性と能力、資質を持っているわ」
「他の人? 可能性?」
「そう。あなたの生活環境にいる人だけが全てではない」
「全世界に人はいる」
「その中にあなたの表したいものを求める人がいる」
「ネットならば自由に発信できる」
「たしかにそうだけど、どうかな。俺、好きなバンドの曲を弾くだけだし」
「大丈夫」
「あなたは目覚めたから」
パチパチパチパチパチパチパチパチ……。
そう言って、イブとヤエは表情のないまま拍手をした。
唐突な行動に、伊織はきょとんとした。
だが、それを聞いているうちに頭の奥の方から人類の記憶がよみがえってきた。
結婚、誕生、成長、祝い
「わ、ワット?」
左手を額にあて驚く伊織。
それを見たイブとヤエは拍手をやめると、今度はそれぞれ右足で強く床を踏んだ。
ダン、ダダン。ダン、ダダン。ダン、ダダン……。
リズムよく響く音から再び、いつかどこかで誰かが体現した記憶が流れてきた。
戦いを前に鼓舞する人、駄々をこねる子ども、跳びあがって喜ぶ人、全力疾走で笑う人泣く人激怒する人……。
過去から現在まで、全世界の人間の感情が込められた音が伊織の耳に響いた。
「グレート……」
あまりの衝撃に、伊織の口から感嘆の言葉がもれた。
「これがあなたの目覚めた能力」
「オトノキオクよ」
足踏みを止めて言うイブとヤエ。
「オトノキオクは宇宙規模である情報空間に記録されているものの一部であり、人が関わった全ての音が保存されている」
「あなたはそれにアクセスして聞き出せるようになった」
「当然、譜面に残っているものも同様」
「だけど、譜面をなぞらえるのが音ではない」
「それを踏まえ、新たな曲を作ることができる」
「あなたにしかできない、あなたの音を」
「譜面にない……、俺だけの音……」
そう呟きながら、伊織は胸に熱いものを感じた。
「そうか。いままで回りにあるもので満足してたけど、昔っから世の中、ていうかワールドにはこんなにもすげえもんがあったんだ。俺は、これに新たな音を加えたい……」
決意に満ちた伊織の顔を見て、イブとヤエは
「私たちでできることなら支援するわ」
「だから、遠慮なく言ってちょうだい」
それぞれ右手を差し出していうイブとヤエ。
「サンクス!」
それを伊織は両手で握手し、二人の支援を受諾した。
──三年後。
ネットでは、一人の作曲、演奏者が話題の中心になっていた。
その名は、OTOHADE。
伊織のクリエイターネームである。
民族楽器を取り入れた電子機器を駆使したりと、自由な表現が評価され、音楽業界はもちろん、ゲームやアニメ、映画などのBGMとして幅広く使用されていた。
それは全世界におよび、名まえは知らなくても曲は知っているほどに浸透していた。
「……♪」
「……♪」
異空間では二人の少女がヘッドホンでその音を楽しんでいた。
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