閑話20 陰謀は密かに蠢く

 人目も憚らず、甘いやり取りをする年若い領主と婚約者である令嬢の姿はもはや、アルフィンの恒例行事と言える。

 目もくれず、黙々と作業をする研究者がいれば、目頭の涙を手巾で拭う親目線の作業員がいるのも恒例。

 全てがいつも通りのアルフィンである。




 工廠のハンガーには最終段階の調整を受ける魔動騎士アルケインナイトの姿があった。

 レオの力に合わせ、さらに出力を上げる調整が施されたオデュッセウスとその隣で最終調整を受けているペネロペ・ドラコーン。

 未来の領主夫妻専用機であり、フラッグシップモデルである両機は従魔ファミリアの調整もほぼ完了していた。

 操縦の代行、兵装管制の補助は言うまでもなく、目標とされていた空間転移による機体召喚も限定的に実現されたのだ。


 真紅の塗装が施されたアルテミシアはレムリア帝国への引き渡しが迫っていることもあり、調整ではなくチェックが行われているだけだった。

 両腕に装備される特殊兵装・魔導炎爪ボルケノ・クローは手甲というにはあまりに大きく肩に届くほどの長さがあり、その先から伸びる爪も異常な長さを誇っている。

 魔導炎爪ボルケノ・クローから受ける印象は武骨で男らしいものだが、意外なことに本体は細身の甲冑を思わせる外装に覆われていた。

 どことなく華奢に見える外観には女性的な雰囲気が漂っている。

 アルテミシアの受容者レシピエントが女性――それもリリアーナと同年齢の少女である――というのが大きな理由のようだ。


 その隣で最終チェックが行われている魔動騎士アルケインナイトはアナンセセムというコードネームを与えられた機体だ。

 制式量産型グンテルの派生機であり、近距離から中距離の戦闘に最適化されている。

 全体のフォルムやデザインは『色々と省略された全身甲冑』と揶揄されるグンテルに似た簡素なものである。

 頭部に赤く輝く単眼モノアイを備えているのも同じだが、額にあたる部分からは触覚のように生える鋭い角状の突起が二本生えていた。

 完全なる量産型とワンオフの試作型派生機の違いである。

 左腕には回転式多銃身魔導機関砲アルケイン・ガトリングが備え付けられた大きなカイト・シールドが装備されており、掌のマニピュレーターが独特の形状に換装されていた。


 外装を施され、最終調整に入っている機体はそれだけで残りの魔動騎士アルケインナイトはフレーム部分が剥き出しのものが多い。

 ガン・ブレンと名付けられたオーカスの魔動騎士アルケインナイトは肩や胴体に黒色の外装を施す作業に入っている。

 ただ、脚部は骨格や神経回路が剝き出しになったままなので完成度は半ばにも達していないようだ。


 だが、それはまだ、ましな方と言えよう。

 その横に置かれている魔動騎士アルケインナイトは上半身のみが組み上げられた状態だった。

 外装はまるで施されていない。

 頭部らしき物も見当たらず、異様に長く伸びる腕が特徴的だ。

 腕の先には三本の鋭い爪が生えており、掌には小型の魔導砲アルケインカノンが内蔵されていた。


 もう一つだけ、目を見張る物があった。

 床に置かれている魔動騎士アルケインナイトの頭らしき、大きな物体だ。

 胴体に乗せても左右から、はみ出ると素人目にも明らかになるほどに幅広い半月を思わせる形状をしていた。

 その中心部にはこれまた、異常なほどに巨大な単眼モノアイが備えられており、異様としか言えようがない外観である。




 この時、一人の研究者の様子がいつもと異なり、おかしなものであったことに気付く者は誰もいなかった。

 それはとても些細な違和感であったが為に見過ごされてしまったのだ……。

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【完結】氷の魔女は若き黒獅子に溶かされる 黒幸 @noirneige

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