スクラップ&パッチワーク-月の追憶-

リアび太

第1話 クリスマスの思い出

西暦2048年12月24日。

9歳になったばかりで間もないアタシは

朝から元気がなかった。

通学路をよほど浮かない顔で

歩いていたのだろう。

顔を合わせた男の子が声をかけてくれた。


「おはよう。ケイコちゃん、

 なんだか元気ない顔をしてるね?

 大丈夫?」


「おはよう。うん、ちょっとね。

 体は悪くしてないから平気よ。」


「そうなんだね。

 今日はおかあさんたちと

 クリスマスパーティーをするって

 言ってたけど、無理はしちゃダメだよ?」


「うん、大丈夫。ありがとう。

 今回は行けないけど、

 毎年ホームパーティーに誘ってくれるの、

 感謝してるよ。」


彼はちょっとさみしそうだったけど、

ほほえんでくれた。

それだけでアタシの気分も少し軽くなる。

本当に優しい子……

この子とアタシともう1人、

カナタ・タナカを加えた3人組は

なかよしの友達で、いつまでも

ずっといっしょ……そう思っている。

でも……カナタは数年前に

突然姿を消してしまった。

その時からアタシはカナタを探して

さまよい続けている。

また3人で笑いあって登校できる

日を願いながら……。


学校が終わって、アタシは家へと帰ってきた。

これから迎えるクリスマスパーティー……

楽しみでもあるけれど、

同時に今日アタシのでもある。


「ケイコ、オカエリナサイ。」


帰ってきたアタシを迎えてくれたのはアマンダ

……アシスタント・パートナー《A・P》と世間で

呼ばれる、いわゆる家政婦ロボットで、

アタシの身の回りのことは

全てやってくれる存在だ。

いつもはこの家にはアタシとアマンダしかいない。

だけど今日の夜には……。


そして時間はいつの間にかやってきていた。

玄関の方でした物音や気配を感じて

アマンダが向かう。

そしてたくさんの荷物を運びながら、

2人の人物を連れて

アタシの待っていたリビングに戻ってきた。


「ただいま、ケイコ!

 1年も離ればなれにしてごめんね!」


そう言いながら小走りに駆け寄って

抱きしめてきたのは、おかあさんだ。

いつもだったらアタシの方から迎えに

行くのだけれど、アタシはムッとした

表情のままで意地悪くつぶやく。


「……その人は?」


もちろん答えを聞かなくともどんな人なのか

ということは知っていた。毎日アマンダを通じて、

おかあさんとはビデオ会話をしているから。

前もってどんな人なのか楽しそうに話してくれて

いたから…………


「……うん、改めてちゃんと紹介するわね。

 彼はコイケさん。お母さんの仕事仲間。

 最近は機械の進歩で同時通訳も割と

 スイスイできるけど、やっぱり海外を飛び回る

 お仕事してると、英語がペラペラな彼は

 とても頼もしいのよ。すごく助けられてるの。」


「はじめまして、ケイコちゃん。

 ソウイチ・コイケと言います。

 おじさんもお母さんのことは尊敬していてね、

 今日もおふたりに会えるのを楽しみにね……。」


「……その人なら

 アタシのになれるっていうの?」


アタシは前置きもなく、

コイケさんの言葉を遮るようにそう言った。


リビングに広がる沈黙。


思い返すとアマンダが荷物の整理や調理をする音

だけがやけに大きく響いていた気がする。

そのうち、おかあさんとコイケさんは

気まずそうな顔をしながらも、

2人でそろってアタシの対面の位置に腰掛ける。

それから、立場上、主に話すのはおかあさんだった

わけだけど、2人は色んな話を

アタシにしてくれた。

お仕事のこと、たくさんの国に行ってその度に

いろんな文化に出会うこと、

色々と大変な問題は多いけど、

チームのみんなで協力しあうことで難しい仕事でも

こなしていること……他にも色んなことを。

でも、アタシは素直に2人の話を聞くことが

できていなかったと思う。

話の途中でとうとうガマンできなくなった

アタシは席を立ち上がった。


「ケイコ!待って!お母さんは……

 お母さんはね!アナタに寂しい思いを

 させたくないって思ってるのよ!だから!」


「そんなの信じられない!実際、おかあさんは

 今まで散々アタシを放っておいてるじゃない!

 結局、おかあさんは

 アタシのことなんてどうだっていいのよ!」


「ケイコちゃん、それは違う!」


今まで静かにしていたコイケさんが

大きな声でアタシに言う。


「お母さんはいつも君のことばかり話している。

 今日だって、お誕生日のプレゼントと

 クリスマスプレゼントを真剣に選んでいたよ。

 お母さんがケイコちゃんの気持ちを

 考えていないなんてことは絶対にないよ。」


そう言って優しくアタシにほほえみかける。


「……サンタさんに欲しいプレゼントは靴下の中に

 書いてあるから。おやすみなさい。」


アタシはうつむいたまま早口にそう言うと、

自分の部屋へと足早に戻っていった。


アタシはかけ布団を被って、

ベッドの中に潜り込む。

いつもだったらこの時間はスヤスヤと

眠っているのだけど、この時はおかあさんたちに

ひどいことを言ってしまったという思いで

胸がいっぱいで苦しかった。

おかあさんは真剣にアタシのことを思って

言ってくれているのはわかってるのに……

どうしてあんなことを言っちゃうんだろう?


そんなことをいつまでも思い悩んでいるうち、

結構な時間が経っていたのだろう。

部屋の入り口が音もなく控えめに開けられるのが

分かった。その時ちょっとだけ、

2人分の人影が壁に映るのが見えた。

おかあさんと……サンタさんだった。

2人は寝ているであろうアタシを起こさないよう、

慎重にアタシのベッドの近くまで向かってきた。


……もう、覚悟を決めなくちゃ。

アタシは目をつぶった。


用意していた靴下の中のアタシが書いた……

それを読んだおかあさんとサンタさんは

すごくビックリしたみたいだった。


おかあさんは声を押し殺して、

震えた様子でアタシに近づいてきた。

そして、寝たふりをしているアタシのほっぺたに

キスをしてくれた。

目を開けてみることはできなかったけど、

きっとおかあさんは感じ入るところが

かなりあったんじゃないかなと思う。

だってアタシの顔に生温かい雫が

こぼれたのがわかったから。

そして、コイケさんに似た声のサンタさんは

プレゼントを靴下の中に入れてから

優しくアタシの頭をなでてくれて、

おかあさんに何か声をかけながら、

2人はアタシの部屋を出て行ったようだ。


実を言うと、少しだけ怖かった。

でもさっきのやりとりで確信できた。

コイケさんならきっとおかあさんを

大事にしてくれるだろう。

アタシのことも優しくしてくれたし。

だから……アタシたちは家族になることができる、

そんな気がする。


「おやおや、なんだかやけにハートフル?っていう

 感じじゃないの、こういうの?

 よく分からないけど。」


聞いたことのない男の人の声が

唐突に聞こえてきた。

アタシは内心ビックリしながら、

ベッドから跳び起きて、声のした方を見る。

すると、黒いローブを着て、

白塗りの仮面をつけた男がそこには立っていた。


「へ~、いきなりギャーギャーと

 喚き出さないだけ、なかなか賢い子だね。

 それじゃあ、僕がこの家のセキュリティーを

 乗っ取ったから、堂々と入って来られたって

 いうのも感づいているのかな?」


男はアタシの様子を特に気にする様子もなく、

無遠慮に話しかけてきた。

声の感じといい、口調といい、

意外と若いのかも知れない。

アタシは用心をしながらも黙っている。

本人が言っているとおり、アタシやおかあさん、

コイケさんやアマンダの目を盗んで

ヌケヌケと人の家に入ってきた不審者……

下手に騒ぐとみんなを危険に

巻き込むかもしれない。

ならば大人しくしているべきではないか

と思えたのだ。


「ふーん、プレゼントはAI搭載型ロボットか。

 手紙は……なになに?

 『新しいおとうさんと、弟や妹がほしい。』か。

 ふーん、いいの?

 お父さんや弟妹なんかできたら、

 お母さん、取られちゃうよ、きっと?」


「人の家のことに口を出さないで。」


アタシはなるべくこの不審者を刺激しないように

言葉を選んでしゃべる。


「おかあさんたちは大人だから。

 いつもがんばってるから。

 だからこそ、夢を見るのよ。

 夢が必要なのよ。」


「ずいぶん大人びたことを言うんだね。」


「アタシも同じだから……わかるもの。」


3年前のあの日から……ずっとカナタを

探し続けているアタシにも、

容赦ない現実に絶望してくじけそうに

なることは何回だってある。

でもそんな時、もう一度3人で笑い合いたいって

いうアタシの願いが、夢がアタシに力をくれた。

決して現実の苦しさにヤケになって目を背ける

ために夢を見るわけじゃない。

むしろその反対……辛い現実に立ち向かおうと

するからこそ、夢が必要なんだ。

だから夢が、アタシを動かすモノが

必要なんだ……きっと大人だってそうなんだ……。


「アタシがおかあさんの夢を

 叶えられるのなら……

 あの2人が満足で家族になれるのなら……

 それがアタシの叶えたい夢、

 アタシにとっての最高のプレゼントだから。」


「君は満足しちゃってるみたいだけど、

 僕からも、プレゼント。あげるよ。」


「……いい、いらない。」


「ま、そう言わないでさ。

 君のを叶える

 役に立つ物だと思うよ?」


……!この不審者、なんで知っているの!?


「それに……君たちに待ち受ける

 過酷な運命に立ち向かうために。

 と闘うために。

 きっと必要になるモノだよ、これは。」


そう言って無色透明……

キレイなひし形を8つ組み合わせたような

形の結晶を取り出した。


「せいぜい僕のために働いてくれよ……

 ふふふふ。」


その言葉を最後に、

天窓から月明かりが差し込んだ瞬間、

不審者は結晶体を残して

ふっと姿を消してしまったのだった。


一体、アイツは何だったんだろう?


あの不審者のことは大っ嫌いだけど、

この結晶体はだんだんとアタシにとって

不思議と見ていると心が落ち着く

お守りになっていった。


そして……この小さな結晶体が数ヶ月後、

男の言葉を証明することになる。

アタシの2人の大事な友達……

カナタ、そしてトモヤくんの運命を

あんな風に変えるものだなんて

この時のアタシは知る由もなかった。

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