13. 依存の果て
「パロット」
スピーカーから返事はなかった。シャワーの音と湯気の感触だけがスラッグの体を包み込んでいく。
こちらの声は聞こえている筈だった。敢えて黙っているのは明白で、それが一層スラッグを焦燥させる。
「怒ってるんですか? 僕が言うことを聞かなかったから」
買ったばかりのソープバーは、封を切られた状態で足元に転がっていた。ラベンダーの微かな匂いが鼻を撫でる。この匂いは好きではなかったが、今はそんなことはどうでもよかった。パロットが買ってきたものを使わないという選択肢はない。
「それとも、あの女を殺さなかったから?」
『……殺す?』
スピーカーの向こうで怒ったような声がした。どんな声でも、返答があったことがスラッグには嬉しかった。
『殺し屋みたいなことを言うなよ、坊や』
冷たく突き放すような口調だった。
『俺はお前にそんなことをしてくれなんて願っちゃいない』
「でも、ずっと不機嫌だ」
『途中で通信機を落っことした間抜けのせいで、心配して神経が擦り切れただけだ』
「だから、それは謝ったじゃないですか。僕に他にどうしろって言うんですか」
パロットは鼻を鳴らしたようだった。短い沈黙を挟んでから大きな溜息が浴室に響く。
『別に何も求めちゃいない。お前が俺のことを蔑ろにしない限りは』
「そんなことしたことないでしょう」
『そうだな。でもお前はいつか、俺のことなんか置いてどこかに行ってしまうんだよ』
その言葉にスラッグは目を瞬かせた。
「僕がパロットを? 逆でしょう」
『だといいな。そう願うよ』
ガリッとマイクが何かで擦れる音がした。
『俺はお前が心配なんだよ。わかるだろ?』
「わかってます」
『返事だけは優等生だ。模範生には程遠い』
シャワーのノズルを捻り、水圧を弱める。床に落ちたままのソープバーを拾い上げて、棚の上に放り投げた。
「じゃあどうしろって言うんですか」
『さぁね。どうしたもんかな。……そろそろ替え時かもしれない』
「何の話ですか?」
『こっちの話だよ、アンジー』
スピーカーの向こうで、今度はカチリと硬い音が鳴る。
スラッグはそれを聞いて顔を上げた。
「また部品が悪くなったんですか?」
『いや、雨が続いたんで咬み合わせが悪くなってるだけだ。こういう日は義足が縮む』
「替え時なら、早めに交換したほうがいいですよ」
『あぁ、そうするよ』
返す声は優しかった。スラッグはそれに安心して、再びシャワーの水圧を上げる。
大量の水が、傷一つない顔の表面を撫でて流れ落ちていった。
END
【外伝】劫火のマリアベル 淡島かりす @karisu_A
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