12. 劫火への道

 抱えた銃は、どこか温もりを持っているかのようだった。きっと父親が彷徨い、到達した焼野原の温度だろう。

 マリアベルは自分が仕事場とする地下室で、手に入れたカラス弐号を胸元に抱きしめていた。

 空はすでに白んでいて、そろそろ太陽が顔を出しそうだった。だが全身を襲う疲労感と手足の冷えが、まだ彼女を立ち上がらせるには至っていない。

 潜入に使った黒い服は脱ぎ捨てて、白いシャツとスカートという装いに戻ったものの、まだ自分が地下水路にいるような錯覚をマリアベルは感じていた。


「……リスクは大きかったけど、結果としては上々ね」


 武器が欲しかった。自分が使うためではない。娘を人間にするための歯車を回すために。

 それには普通の武器ではなく、特殊な、それも自分が直接関われるものが必要だった。自分自身をも歯車にする覚悟がなければ、娘を救うことなど出来ない。

 一度描いてしまった設計図を、今更捨てることは出来なかった。それが凡庸なものであれば、あるいは絶対に成功する確率があるものならば、喜んで捨てたに違いない。だがマリアベルが描いたものは、不確定要素が多い賭け事じみたものだった。彼女はどうしてもそれを試したかった。全てを犠牲にして、醜悪なギャンブラーに成り果てようとも、試さずにはいられなかった。この命の最後の一滴まで注ぎ込んで、たどり着く先が劫火に焼かれた世界でも構わない。そう思えるものが、そこにあった。


「カラス弐号は手に入った。あとは、これを託すだけ」


 やるべきことはまだ残っている。この銃と娘の命を、誰かに託さなければならない。

 マリアベルは漸く椅子の上に体を起こすと、作業台の上に置かれた数枚のレポートに手を伸ばした。そこにはお世辞にも綺麗とは言えない文字で、彼女の頭の中の切れ端が書き留められている。


「交換屋の坊やには悪いことをしたわ。今頃、相棒に怒られているかしら?」


 地下水路でのことを思い出しながら、マリアベルは笑みを零した。

 シャチのロボットのことは想定外だったが、おかげで彼らに一瞬の隙が生じた。彼らはハッキングや盗聴を恐れて使い捨ての無線装置を使っていたが、裏を返せば一度盗聴に成功してしまえば、それを気取られる危険性は低くなる。アセストンネットワークと、地下水路の傍に存在する無線基地を使用して彼らの通話を傍受出来た。


 前から、あの二人については疑問に感じることが多かった。マリアベルはパロットには会ったことがないが、スラッグを通して見る人物像は、あまりに不定形で実像が揺らいでいた。それはパロット自身の気質だと思っていたが、今日の傍受でその間違いは正された。パロットの人物像が揺らぐのは本人のせいではない。スラッグが「現実」と「妄想」を一緒くたにしてしまっているためだ。


 そういう手合いは少なくない。現にマリアベルも似たような人間を何人も見てきた。だが、あそこまで境目がない者は珍しい。それが先天的なものか後天的なものかはわからないが、恐らくスラッグ自身は知らないのだろう。


「これではっきりしたわ。彼らは歯車の中に組み込むべきではない」


 レポート用紙を握りしめたマリアベルは、それをあっという間にひと握りのゴミにしてしまうと、床へと放り投げた。劫火に焼かれた道はいくつもある。そのうち一つを捨てようとも、到達点は変わらない。


「天の祈り、星港のアンドロイド、冷酷の薔薇。もう少し。もう少しで私の歯車機構は完成する」


 そのために必要な、最後のピース。どうすればよいのかはわかっている。あとはどうやってそれを手に入れるかだった。

 疲労に押しつぶされるように目を閉じる。脳裏に浮かんだのは、力尽きたように空虚に笑う養父の姿だった。

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