さよなら風たちの日々 第5章ー2 (連載11)

狩野晃翔《かのうこうしょう》

さよなら風たちの日々 第5章ー2 (連載11)

       

              【5】


あれから電車は、幾度もホームに滑り込んできては大勢の乗客を吐き出し、また別の乗客を吞み込んでは駆け抜けていった。途切れることのない人の流れ。人の動き。秋葉原駅はこの時間、まだまだ大きなうねりと人の流れの中にあった。

 ヒロミの視線は何度もぼくの目をかすめ、やがてぼくの胸元に落ちる。唇も何度か小さく震え、やがて横一文字に閉じられる。そうしてヒロミはときどき、違う、違うとでも言うかのように首を小さく振り、それでもまだ、何も言おうとはしないのだった。


 駅に立ち尽くす二人に、また静寂が訪れる。駅はいまだ大きな喧騒の中にあるのだが、ぼくとヒロミがいる空間だけは、張り詰めた何かが、すべての騒音を遮断していた。 

 少し苛立ったぼくは、わざと怒ったような口調でヒロミに言った。

「さっきから、何わけの分かんないこと言ってんだよ」

 するとヒロミの髪が、波のように揺れた。首を振ったのだ。

 ヒロミは黙っている。けれどよく見ると、その目はもう、ぼくの視線から逃れようとはしていなかった。まばたきを忘れてしまったかのようなのその目。その目が強い意志でぼくを見つめ続けた。

「どうしておれが、残酷なんだよ」

 ほんとうはこんな無為な時間にとっとと打ち切って、歩いて行ってしまえばいいのだ。こんなわけの分からないことを言われて。時間をつぶされて。

 けれどもぼくは、それができなかった。なぜだかは分からないけれども、今何かがぼくに、この場を離れてはいけないとささやいたのだ。


               【6】


 乗り換え用階段の方から、ふと視線を感じる。見ると英語の女教師だった。階段の手前で立ち止まり、こちらを見ている。

 何か、いぶかしがっているのがろうか。不審に思っているのだろうか。

その視線に気づいたヒロミが女教師に会釈した。女教師はそれで安心したのだろう。ぼくたちに軽く笑顔を見せ、きびすを返して階段を下りていった。

 人、人、人。売店のぼくたちのそばを、名前も知らない大勢の人たちが通り過ぎていく。それぞれの人生を背負いながら。苦悩や喜びを抱えながら。そして夢を抱きながら。


 そんな中、やがてヒロミはようやく決心したように、ぼくの目を見据え、きっぱりと言った。

「先輩のこと、好きです。わたしと付き合ってください」




                           《この物語 続きます》



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