メリーマンドラゴラ
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第一話
私はクリスマスが嫌いだ。浮ついた空気も、クリスマスプレゼントやクリスマスパーティーの話や、サンタクロースなんていうものを信じているクラスメイト達も。
今日は早く帰ろうとランドセルに教科書を詰めていると、隣の席の加藤さんが「ナナちゃん、」と声をかけてきた。
「ナナちゃんは、サンタさんにクリスマス何貰うの?」
小学校五年生にもなると、サンタクロースは親だと言う子たちが多い中で、加藤さんは無邪気にサンタクロースを信じているみたいだった。
「うち、サンタさん来ないんだ」
私が言うと「えっ」と声を上げて、困ったような顔をされてしまう。もっと違ったことを言えばよかったのかもしれないけれど、私には上手な言葉が思いつかなかった。
クリスマスの夜に、サンタクロースがプレゼントを置いて行ってくれたことなんてない。うちにそういう習慣はないからだ。
「サンタクロースなんていないんだぜ! なあ?」
近くにいた正也が私たちの話に勝手に割り込んでくる。
「いるのかもしれないけど、うちには来ないんだよ」
サンタクロースの存在を全否定するわけではない。いるのかもしれないし、信じたい人は信じたらいいと思う。でも、私の家には来ない。
「そんなことより、明日クリスマスパーティーするの、来てくれるよな」
そうやって正也に誘われるのはもう三度目だ。
「いけないったら」
「なんでだよ、サンタがこなくてもさ、オレがプレゼントやるよ!」
「要らないよ」
本当は行きたかったし、そうやって言われるのだって嬉しかった。けど、うちにはその日大事な行事があるのだ。
「もう帰らないといけないから。じゃあね」
私が言うと加藤さんは「うん、じゃあね、ナナちゃん」と手を振ってくれたが、正也は「なんでだよお」と私の後ろをくっついてきた。
「お前と仲いいやつも呼んでいいからさあ」
「明日はお祭りだから」
「祭り?」
あっ、と慌てて口を押える。本当は外の人に言ってはいけないんだった。
「祭りってなんだよ」
でも、あんなに誘ってくれた正也にだったら本当の事を話してもいいんじゃないかと思った。
「クリスマスイブからクリスマスにかけて、うちの村マンドラゴラの収穫祭があるんだ」
「はあ? なんだよそれ。抜くとぎゃーって叫んで人が死ぬってやつ?」
正也は眉を寄せて言った。私はそれに「うん」と頷く。
「そんなの架空の生き物だろ?」
サンタクロースなんかより信じられない、と正也は騒いだ。
「そうかもしれないけど」
でも、私の住む村の人たちは大人もみんなマンドラゴラを信じている。
何百年も前の旧暦の十一月十日、今でいう十二月の二十四日に、初めて村の裏山でマンドラゴラが発見されたのだそうだ。二人の老人が発見し、引っこ抜いたところ片方はそのまま口から泡を吹いて亡くなった。もう一人は偶然耳が聞こえなかったので、生き残り、マンドラゴラを持ち帰った。それから、山にはその老人しか入ってはいけないことになり、マンドラゴラはまとめて管理することになった。
その時のものだとされる、お社に飾ってある干からびた大根みたいなそれは人の形をしているようには見えるけれど、お化け大根だとかそういう類のものに思えた。
「でも、村の人みんなでお祝いするんだよ」
「何それ、楽しいの?」
聞かれて私は黙り込んだ。正直楽しいものではない。小さな公民館に集まって、マンドラゴラの形をした気味の悪い着ぐるみで大人たちが踊ったり、たくあんみたいなマンドラゴラの漬物を食べたり、大人はマンドラゴラを漬けて作ったお酒を飲んだりする。
どう考えてもみんなでチキンとケーキでパーティーする方が楽しいに違いなかった。その上、小さな村には小学生は私一人で、ぽつんとお母さんの隅に座ってマンドラゴラのお漬物とお母さんたちが作った味の薄い料理食べてお茶を啜っておしまいだ。
「マンドラゴラなんていないって。参加するのやめなよ、なあ」
「でも、私は食べたこともあるし、万虎山のてっぺんにはマンドラゴラの畑もあるし……」
万虎山は村の裏手にある背の低い山だった。私たちは一年でこの日だけ、万虎山でとれたマンドラゴラを食べることができる。そうすると、一年無病息災で長生きできるといわれていた。
「っていうか、抜いた時の叫び声聞いたら死ぬんだろ? 収穫の時になんで麓の人が死なないんだよ」
「この山の外には、不思議とマンドラゴラの声は聞こえないんだって」
だから収穫のあるこの時期に山に入るのは危険なのだと私は説明したが、正也は納得いかない顔だった。
「そこにマンドラゴラが生えてんの見たことあんの?」
「それは、ない、けど」
畑までの道は舗装されて階段があったし、登ろうと思ったら誰でも簡単に登れそうだけれど、登った事はない。というのも、マンドラゴラが生えていて危ないからと、耳の聞こえない山川の家のお爺ちゃんしかはいってはいけないことになっているのだ。私たちはそれをきちんと守っていた。
「お前は、信じてるの? 本当に?」
「そりゃ、本当に信じてるわけじゃないよ」
昔は信じていたけど、ただの伝説で迷信だ。村のただの風習。本当に抜いたら叫びだして、その叫び声を聞いたら死ぬなんて、化け物じみた植物が生えているだなんて思っていない。マンドラゴラと言われているだけの大根か何かの野菜だとは思っていた。
「いいこと思いついた!」
正也はそう手をたたく。
「マンドラゴラが居ないって、証明できたらさあ、明日うちのパーティーに来てくれる?」
「無理だよ。サンタクロースと違って大人もみんな信じてるんだから」
「大丈夫だって、大人たちにも信じさせてやるから。任せとけよ!」
私が何をする気なのか訊ねる前に、正也は「よし、じゃあな!」と玄関に向かって駆け出した。
「明日、パーティー絶対来いよ!」
ぐるりと振り返って手を振る正也に、「だから、行けないったら」という私の声はきっと届いていない。
その日の夜の事だった。万虎山から、村中に聞こえるような大きな叫び声が上がったのは。
村中のみんなが万虎山の麓に集まってきた。私はお母さんに家で待ってなさいと言われたのだけれど、嫌な予感がしたので、無理やりついてきた。
「まさか、誰か引っこ抜いたのか、神聖なマンドラゴラを」
「何て事だ」
「収穫祭の前日にこんな」
「こんな事故、ここ二十年はなかっただろう」
集まった大人たちが口々に言った。まさか、本当に誰かがマンドラゴラを引き抜いて死んだとでもいうんだろうか。そんな事本当にあるんだろうか。ただの言い伝えじゃないのか。
「誰か、村の外の者に口外でもしたか」
私だ。私が正也に話した。いや、でもだって、どうして。まさか。
山川の家のお爺ちゃんが万虎山から大きなものを抱えて降りてきた。嫌な、予感がする。
ごろり、と地面に転がされたのは、口から泡を吹いて真っ青な顔をした正也だった。
「ひっ」
私は声を上げてお母さんにしがみつく。お母さんは私を抱きしめながら言った。
「ナナは知らないわよね?」
私だ。私のせいだ。まさか正也が山に入るなんて思わなかった。そもそも本当にマンドラゴラで人が死ぬなんて。
「しらないよ、しらない」
私は怖くて、そう嘘をつくとお母さんを強く抱きしめ返す。
正也の泡を吹いたあの顔が、頭から離れなかった。
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