05

「かんぱーい!」


 全ての収穫が済むとマンドラゴラ農家は祝賀会を挙げる。収穫作業で一人の死人も出なかったことを、祝すためだ。

 思いきり関係者――というか身内の会合に、僕は呼ばれてしまった。

 新山さんの実家の和室二部屋、襖を取り払った上に長テーブル二つを並べて作られた祝賀会場には豪勢な料理、おいしいお酒が一杯だったが、それと同時に顔も名前も知らない年上の人も一杯だった。正直、気が引ける。


「いやあ助かったよぉ。すごいねキミィ」


 ……なんて言われても、正直困る。

 やたらと僕に絡んでくるお酒くさい女性(マンドラゴラ収穫作業員の人だろうか)に愛想笑いを浮かべていると、新山さんがやって来てくれた。やっと知ってる人が近くに来てくれて、正直安心だ。


「ごめんね、阿川くん。居辛いでしょ?」

「……そんなことは」

「社交辞令なんていいからさ。ほら、ウミもあんまり絡まない」


 どうやらお酒くさいこの女性はウミさんと言うらしい。新山さんが言うと、ウミさんは従ってくれた。


「……でも本当。僕はただ、順番を教えただけなんですけど」

「なあに言ってんの! そのお陰で4!」

「はあ……」


 正直なところ、この結果にはあまり満足できていなかった。門外漢の僕にしてみれば、4だ。これがまだ一週間なら、少しは喜べたのかもしれないが……。

 もしいつか、あるいは来年。また協力させてもらえるならその時は、もっと短縮できるように全力を尽くしたい。

 結局、僕の感想としてはそんなところだった。


「……その、もし良かったらなんだけど」


 新山さんは僕に徳利を差し出す。お酌をしてくれるのだろうか。なんだか悪いし、女性にお酌をさせるのは今風じゃない。はじめは断ろうと思ったが――


「…………」


 心なしか、新山さんのお父さんがこっちをじっと見ているような気がする。なんだか、断わるなと脅されているみたいな気分だ。

 にわかに静寂が満ちる。

 声を出すことの躊躇われる空気のなか、僕はされるがままにお酌を受け入れることにした。

 新山さんの視線にドキドキとしながら、目の前で一杯呑む。お酒の味は、何も分からなかった。


「うちの、お婿さんになってほしいの」

「――――」


 聞き間違いだと思った。

 僕は、確かめるためにも新山さんに尋ねる。


「えっと、僕が、新山さんの家族になるってこと?」


 問うと、新山さんはゆっくりと頷いてくれた。


「……駄目?」


 そんなの、駄目なはずがない。


「ぃ、よ、喜んでっ」


 少しどもってしまったけれど、僕の返事を聞いた瞬間、新山さんは心の底から喜んでくれたみたいで。


「ありがとう!」


 と、僕に思いきり抱きついてきた。

 周囲の人達も途端にお祝いムードになって、「よく言った」だの「こりゃめでたい」だのと盛り上がってますます酒をあおる。


「二人とも、来い」


 新山さんのお父さんが、僕と新山さんを呼んだ。


「学生さん、あんた名前は」

「阿川、みのるです」

「フン。オレとおんなじ名か。そんじゃちいと気持ち悪い。……ミィと。そう呼ばせてもらう。いいな」

「――」


 それは、つまり。お父さんが僕のことを家族の一員として認めてくれた、ということだろうか。

 傍らでは新山さん――いや、これからはさんと呼ぶべきか――が「良かったあ」と小さく呟いている。


「返事ィ」

「はっはいっっ!」

「そんじゃミィ、来年も、よろしく頼む」


 そう言ってお父さんは僕にお酌してくれた。お酒の味はやはり分からなかったけど、ただ、身体を巡る熱はどうしようもないほど明確に感じられた。


 ◆


 その日の夜。僕は酔いから覚めて、12月の気温のように冷静な気持ちで電車に揺られていた。


 あれから、話はトントン拍子に進み――籍を入れるのは二人が大学を卒業してから、僕の仕事については基本的に制限しない、という方向でまとまった。

 家の一員となるのだから最低でも一年に一回はここに来るように、とも言われたが、まあそんなことは些細な話で。僕の酔いを覚ますほどのことじゃあなかった。


 問題は、僕がマンドラゴラ農家の習慣について何も知らなかったことだ。

 明日は大学があるから、ということで帰ろうとした時。あのお酒くさい女性――ウミさんは僕に言った。


「おんなじ、これからよろしくね」


 ――そう、ウミさんはまとさんのお嫁さんだったのだ。


 我が国において同性婚は未だ認められていないし、一夫一妻制が普通である。しかし、これがどうもマンドラゴラ農家となると話が違ってくるらしい。

 収穫に死の危険を伴うマンドラゴラ農家では一夫多妻、一妻多夫制が習慣的にとられており、それを考慮してか、憲法第24条第3項には


「マンドラゴラ農家の婚姻は、当事者の合意ある限り、夫婦という形態からの逸脱を認める。これにかかる各配偶者は、一般の夫婦同様、各自が同等の権利を有することを基本として、各自の協力により、維持されなければならない。」


 ――との記載がある。

 通常の婚姻について規定した憲法第24条第1項には「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」とあるが、第3項に性についての規定はないのだ。

 ゆえに、マンドラゴラ農家に限れば日本では同性婚が認められているのだと言う。僕はジェンダー関連の話に疎かったのでそれを今日の今日まで知らなかった。


「…………大丈夫かな、僕」


 さらに聞いてみれば、今日集まっていた人達の大半は、新山

の家の人で、つまり僕の新しい家族ということになるらしい。


「でも、まあ。なんとかなるか」


 スマートフォンのディスプレイに目を落とせば、新山さんからのLINE。


『これからも改めてよろしくね、みぃくん』


 それを見ると、自然と頬が綻んで、こういうのも、悪くないかなと思えてしまうのだった。


 僕を見てもらえるよう、これからはしっかりとアピールしていくことにしよう……そんなことを考えていたら、いつの間にか常磐線の電車は東京に入っていた。

 上野行きの最終列車、一人だけの車両の中。今ごろ、新山さんはどうしてるのだろう……窓の外を見ても、見えるのは寂しげな僕の顔だけ。

 新山さんも、同じだったらいいのに……そう、願わずにはいられなかった。


(了)

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マンドラゴラ収穫順序問題 砂塔ろうか @musmusbi

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