マンドラゴラ収穫順序問題
砂塔ろうか
01
「マンドラゴラの収穫を手伝ってほしい?」
同じ文芸サークルに所属する年上の女性、新山まとさんからお誘いを受けたのは、マンドラゴラの収穫時期の迫る晩夏のことだった。
いきなり僕をファミレスに呼び出すや否や、彼女は前置きもなく話を切り出した。
「……でも、僕はご存知の通りひ弱な人間ですよ」
「ああ、違うの。そういうことじゃなくって」
「?」
「マンドラゴラを、効率良く収穫する方法を調べてほしいの。だって阿川くん、情報系でしょ? そういうプログラム作るの得意なんじゃないかと思って」
聞けば、新山さんの実家はその地方じゃ名の知れたマンドラゴラ農家のようだ。広大な農地を持ち、複数の品種のマンドラゴラをいっぺんに育てる大農家。しかし、それゆえの悩みというものがあるらしい。
「うち、農地の割に人手が少ないのよね。たくさんの人で一斉にマンドラゴラを収穫するってことができないの。しかも納品するのは品種ごとにしなくちゃいけないから、収穫は品種ごとにしてるんだけど、適当にやってると収穫に時間がかかっちゃうのよ」
そういえば中学校で習った気がする。
「たしか、マンドラゴラの叫び声による精神汚染問題、ですよね」
新山さんはややオーバーに頷いた。
「うん。そういうこと。たとえ耳栓をしようと、空気の振動が伝わる限りマンドラゴラの精神汚染は進行する。そして、汚染の度合いが既定値をオーバーしたらマンドラゴラの叫びが聞こえないところで三日間、安静にして過ごさないといけない……ただでさえ人が少ないってのに、ますます少人数でやることになっちゃってねぇ」
「……でも、マンドラゴラの叫びって止められるんじゃないですか? 抜いた瞬間に叫びを止めれば……」
僕が言うと、新山さんはスマートフォンを操作しはじめた。そして、僕に一つの動画を見せる。マンドラゴラの収穫の様子だ。
「……昔は、そういう――衝撃を与えて根っこを黙らせるって手段がメジャーだったんだけど、それをやると薬効とかが落ちるから今じゃそんなこと素人以外誰もやらないの。時代劇とかドラマとかじゃ結構そういう描写がされたりもするけどね。……で、その代わりにこのカプセルを使うの」
動画の中の金属製の容れ物を指差して言う。容れ物にはなにやら大仰な機械が付いている。
「このカプセルは内部を真空にすることができてね、これで、叫び声を完全遮断するってわけ」
「へえ。結構ハイテクなんですね」
「まあね。で、このカプセルの内部を真空にするのは、マンドラゴラを一通り収穫し終えた後になる。一々空気を抜くわけにもいかないから。……ただ、ウチにあるカプセルは育ててる品種分しかないの」
「なるほど。収穫は品種ごとにしなくちゃいけなくて、カプセルは品種の数しかない。それで人手も足りてないから、一つの品種ごとに収穫するしかない、と」
「正解。……と、いうわけでさ、そのプログラミングの才能を使って調べてほしいんだよ。マンドラゴラの効率的な収穫順序を」
簡単に言ってくれるが、これは新山さんが思うほど楽な話じゃないはずだ。
なんたって、相手はマンドラゴラ。収穫時の事故で数多の命を奪ってきた特定危険植物。
――だけど。
新山さんからの頼まれごとだ。断れるはずがない。
「……ええ。分かりました。期待に応えられるよう、頑張ります」
僕がそう宣言すると、彼女の表情はぱっと花が咲いたかのように明るくなった。
どんな困難だろうと、この無邪気な笑顔を見るためなら僕は、きっと。なんだってやってしまうんだろうな……。
自分の脆弱性を痛感しながら、僕は新山さんとこれからの計画を立てた。
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