第5話 リターントゥスカイ

 季節が変わり、2020年の8月を迎えた。当社が大きく事業の梶を切ってからちょうど半年になる。世界は概ね社長が予想した通りか、あるいはもっとひどい状況になっているようだ。


 IMキャピタルが投資するベンチャーと共同で始めたドローン関連事業は、まだ収益化に至らないが様々な芽が育ちつつあった。タイを中心に東南アジアの飲食店100店舗ほどと提携して、ドローンによる弁当配達のテストを行ってもらっている。うち10店舗ほどにはソムチャイさんが組成した現地チームのメンバーが常駐し、ドローンの操作手をしながら情報を集めている。そこで得た情報は本社でルールやオペレーションの設計に活用するとともに、ベンチャーの方にもフィードバックすることで機体の改良に貢献している。


 またドローンの操作主候補となる人を増やすべく、各地でドローンレースの主催を始めたところ、eスポーツが盛んなベトナムでブームになった。社会主義国のベトナムは飛びぬけて規制が厳しく、当面はビジネスがやれなそうなのであまり意味はないが、まぁ近隣国で普及するきっかけになればいいかと思う。


 当社のパイロット達には事情を隠さず伝え、パイロット待遇での雇用継続は難しい旨を話した。ボロクソに言われることを覚悟したが、意外にも「こんな状況ではろくな再就職もできないから、一般社員として置いてくれ」という声が多数派であった。このあたりはスタートアップで働きたがる人材の強さだろうか、それとも社長の人徳の成せるところだろうか。中にはドローンレースでプロになるんだ!と意気込んで練習している社員までいる。今後航空機とドローンの連携にチャレンジする可能性は高いので、社内に人材を抱えられるのは有難い限りだ。


 弁当配達はあくまで関連ビジネス全般への足がかりだ。もっと市場規模が大きい農業や、もっと付加価値の高いワクチンや電子部品輸送に手を広げるのが最終形である。10年以上先、ドローン輸送の活用を前提とした工場立地や都市開発が当たり前になった時に大きなプレゼンスを持っていれば、あとは幾らでも事業が作れるだろう。




「とはいえ、そうなる前に大事故ワンミスで潰れる可能性あるよねぇ。日本市場も当面入れる気がしないし……やっぱりあの時スカイダイビング夜逃げしとくべきだったかなぁ」

「今やったらうちのドローン全機で島を捜索しますからね」

「スカイダイビング!?楽しそうですね!私も連れて行ってください!」

「伊央さん最近毎週いますけど仕事いいんですか」

「社長、海南島の会社から問い合わせ来てるヨ」

「おっ、ついに中国市場いけるかね。確認しまーす」


 本業は予想通りキャンセルが相次いでガタガタだが、社内の雰囲気は明るい。これだけでも一歩を踏み出した価値はあると、立場を忘れて感じてしまいそうだ。世界の変化を時に先取りし、時に出遅れながら会社は変わっていく。今年は、私自身ももう少し変われるだろうか。




「社長、今日は会食ないですよね。ディナーでも一緒にどうですか。」

「お、お誘いとは珍しいね。行こう行こう」

「いい割烹があるんです。明日誕生日でしょう?ご馳走しますよ」

「……よく知ってるねそんなこと。うん、でも嬉しいよ。ご馳走になるね」


 社長が満面の笑みを返す。眩しいほどだ。

 外はその笑顔に負けない、雲一つない青空が広がっている。

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リターントゥスカイ かねどー @kanedo

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