大晦日
「龍神会めっちゃカチ込まれてるじゃん」
大晦日。テレビを眺めていた市岡ヒサシが言った。ヒサシは稟市の弟である。ふだんは離れて暮らしているが、大晦日の前日に一緒に過ごす予定だった好きな相手に振られたと言って稟市の自宅に転がり込んで来ていた。
年越し蕎麦を茹でる手を止めた稟市は、
「どこに?」
「
このド年末に警察の人も大変だぁ〜と笑う弟に、
「まあ、龍を捨てたからね」
「それこないだっから言ってんね。なにそれ?」
ふたり分の月見蕎麦を食卓に運んだ稟市は、飼い猫を膝に乗せてため息を吐いた。
「龍を見てほしいって依頼があったっつったろ」
「あーね。俺も一緒に行きゃ良かった裁判」
「いたよ、龍」
「え?」
黒猫の背中を撫でながら、稟市はゆるゆると頭を振る。できればあまり思い出したくない。裁判所で出会った琥珀の瞳孔、深緑の虹彩。血走った眼球。目玉だけであのサイズなのだ、全長はいったいどれほどのものなのか。
「いたの?」
「いた。俺は目しか見れなかったけど」
「なんか言われたの?」
「……狐の分際で関わるなってよ」
市岡稟市とヒサシの実家は所謂稲荷神社だ。稟市にはこの世のものではない存在を見る能力があるし、必要とあらば追い払うこともできるが。
「規模が違う。俺じゃ無理、あんなマジもんの龍神」
「俺おれ、お守り人間のヒサシくんでも無理?」
「俺らふたりで束になってかかっても無理」
裁判所で出会った龍は、野添ミヨジから離れる気はないと言った。龍神会が今後どのような儀式を行ったところで応じるつもりはない、とも。
『なぜ』
疑問を口にするだけで生命が削られていくような気がした。それでも稟市はどうにか問うた。これは龍神会のためでも、篠田のためでもない。自分自身が納得するためだ。
『その男に拘るんですか。20年も』
龍は、目玉だけの龍は呵呵と笑った。そうして。
好いておる、ほかに理由が要るか? と言った。
「毎年生け贄食ってた龍が20年もひとりのおっさんにラブか〜。いいね〜」
「良くねえ。俺の寿命も縮んだ」
「でも龍神会もくたばったよ。社会悪をひとつ排除できたんだから、にいちゃんはいい仕事した!」
「おまえは本当にクソバカ」
賑やかなバラエティ番組が放送されるテレビの画面に、繰り返し速報テロップが流れている。龍神会側の被害は甚大で、相当数の死者が出ているという。黒猫の後ろ頭に鼻先を埋め、稟市はうんざりと目を閉じた。もう何も考えたくない。
ゴルゴダの龍 大塚 @bnnnnnz
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