傍聴

 殺人その他の罪に問われている篠田のアニキこと野添のぞえミヨジの裁判は、ひどく地味だった。裁判官にも弁護士にもやる気がない、野添の有罪は既に確定している。執行猶予も付かないだろう。

「俺らに依頼しとったら良かったのにね〜」

「組から追い出したいやつにまともな弁護人なんか付けねえだろ」

 傍聴席にも空席が目立つ。隣に座る同僚の相澤鳴海あいざわなるみは手にしたメモ帳に野添の横顔のスケッチをしている。

 篠田から聞いていた印象とはだいぶ違う横顔の男だった。53歳という年齢よりは老けて見える。黒髪がほとんど見当たらない銀色の髪を肩口でゆるく結い、厚い目蓋を俯けて被告人席に座っている。やくざらしからぬ清冽な気配を纏った男だと思った。

 篠田をはじめとする龍神会の面々の姿も視認できたが、彼らにも大してやる気があるようには見えなかった。端から組から追い出したい人間の裁判なのだから、当然か。

 検察官が言葉を発する。弁護士が喋る。裁判官がなんやかんや言う。全部に中身がない。傍聴席ではスーツ姿の龍神会の人間が欠伸をしている。あれが藤野だろうか。篠田の顔は見えない。

「おる? おらん?」

「わくわくすな」

 小声で囁いてくる相澤を片手で払った、その時だった。

 視線を感じた。

「え?」

 目の前にいる人間たちの言葉が急に理解できなくなる。耳鳴りがする。視線を感じる。


 視線を感じる。

 視線を感じる。

 視線を感じる。

 視線を、


 目の前に、眼球があった。


 野添ミヨジ以外すべてを覆い隠す巨大な眼球だった。いや、野添を包み込んでいるのか。だから他の人間の姿が見えなくなっている。琥珀色の瞳孔。深い緑色の虹彩。

 市岡は息を呑む。隣にいる相澤の気配さえ感じられなくなっていた。

 眼球はごく短い時間野添を見詰め、それから真っ直ぐに市岡を見据えた。


「狐がこんなところで何をしている?」

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