第3話 覚醒

AD1100年、アルドの住む時代から800年後の未来の都市。曙光都市エルジオン。


浮遊した大陸に大きな都市が建造されている。


リィカのような人とコミュニケーションが取れるアンドロイドがいたり、

人や物を移送するカーゴが空中を走行している。


エルジオンのガンマ区画。

ガンマ区画は宿屋や武器屋、その他生活に必要なショップが立ち並ぶ商業区画だ。


時空の穴から降り立ったアルドたちは、

さっそくリィカの案内のもと、五つ星の薬局へ向かった。


「ここデス。」

リィカが先頭に立ち、アルドとサイラスに伝えた。


「よし、中で店員さんに聞こう!」

3人は店内に入った。


入店を知らせる軽快なメロディが響き渡ると、


「こんにちは〜。今日はどうされましたか?」


店の奥の倉庫のような場所でゴソゴソしていた店員が、明るい声とともに店先に顔を出した。


それはアルドにとって見慣れた仲間の一人だった。


「あっ、ポムじゃないか!」

「あら、アルド?珍しいじゃない!やっと私の実験台になってくれる決意ができたのかしら。」


アルドがポムと呼んだ女性は、エルジオン医科大学に所属する研究者だ。

薬品調合に長けており新薬を次々と開発するが、怪しい効果の薬をアルドに投与し、実験台にようと企んでいる。


そんなポムは、アルドの方から自分に会いにきてくれた事が嬉しくて、両手に注射器を握ってアルドに駆け寄ってきた。


「待て待て、違うよポム!今日は睡眠薬を探しにきたんだ!その注射器は置いてくれ!」


ポムがニコニコ顔でアルドの腕を掴み、注射針を刺そうとしたので、アルドは慌てて静止した。


「あら、違うの〜?残念だゎ…。」


しょんぼりしたポムは、握っていた注射器を店の奥にある厳重なケースの中に閉まった。


「で、睡眠薬って言ったかしら。」


バチンッとケースの蓋が閉まると、ポムは振り返って言った。


「ハイ。こちらにSP-PD02というモノはありマスカ?」

リサーチしてきた薬品名をリィカが伝えた。


「あるわよ。……えーっと…この辺に…。はい!」


壁一面に敷き詰められた薬、種類は数え切れないほどあるが、薬の効果別に棚のスペースが几帳面に分けられている。


カラフルなパッケージが並ぶ「睡眠薬」という棚からポムはすぐSP-PD02を取ってきた。


「一錠飲むだけでよく眠れるって好評よ!ただ、効きすぎてなかなか目覚めないかもしれないから、その時は叩くなり水をかけるなりして起こしてあげてねー。」


薬をリィカに渡しながら、ポムが明るく伝えた。


「目覚めない程とは…それはいささか心配になるでござる…。」

「ほ、本当に大丈夫か…?」


サイラスもアルドも、リィカに握られた薬箱をまじまじと見つめる。

その箱は黒い箱に赤い文字で効能が書かれたシンプルなものだか、とにかく怖いぐらい効きそうな雰囲気が出ていた。


「大丈夫、大丈夫!死ぬわけじゃないから!それに、薬に副作用は付き物なのよ。」


「タシカニ効果は抜群のようデス。クチコミも高評価です ノデ。また、この薬にヨル死亡例は確認されていまセン。」


「そうか…。とりあえず効果があるなら試してみよう!」


一抹の不安はあるが、アルドたちは薬を購入した。


「お大事に〜!」


ポムは明るい笑顔でひらひらと手を振りながらアルドたちを見送った。



店を出ると、

「ロディア、これでぐっすり眠れるといーな。」

「効果バツグンなら、明日ノお誕生日モ楽しめるはずデス。」

「それでは、ラトルへ戻るでござる。」


ロディアを思う気持ちは虹の舞踏団のメンバーだけではない。

同じ旅の仲間として、アルドたちも放ってはおけないのだ。

それがたとえ、回り道や厳しい道のりでも、誰一人として見過ごすことは出来ない。


アルドはただ優しいだけではない。

アルドを突き動かす心の原動力は、

仲間との強い絆。


アルドの意志の強い背中

ロディアの元気な姿を想像するサイラス

薬の効果を期待するリィカ


3人がそれぞれロディアへの想いを抱きながら

ラトルへ戻ろうと歩を進めると…


その後ろからまたローブ姿の人物が3人を見つめていた。

ラトルからアルドたちを尾行していた人物だ。


「…ふん。誕生日か、くだらない。」


ローブ姿の人物はアルドたちの懸命な姿を見て鼻で笑った。


「今のロディアに薬など、意味がないのだが。ま、全てが無駄になる様は、十分楽しませてもらえそうだ。」


そう呟きながらローブ姿の人物はアルドたちを監視していたが、アルド同様、服装は古代のまま。

ここは未来の都市、人通りの多いガンマ区画。

エルジオンの人々からは珍しいようで、少々人目に付きすぎたようだ。


「おっと、この姿では少し目立ってしまうか。」


視線を気にしたローブ姿の人物は物陰にスッと隠れた。


その後白い光に包まれると、


古代のローブ姿からエルジオンの近未来的な服装に身を包んだ女性に変化した。


何食わぬ顔で人の流れに戻り、アルドたちの後をついていった。



しかし、一瞬だけ垣間見えた、

ヒトではないその姿。



それは、青白くうごめく液状の物体だった。



≪火の村 ラトル≫


太陽が昇り、皆が目覚めるころ。


「あれ?ロディアがいないよ!」

「朝のお散歩かなぁ、珍しいけど…。」

「ってことは、もう元気になったのかな?」

「じゃあお誕生日作戦、決行できそうだね!」

四女から七女の四人がザワザワしていた。


その一方で姉たちら深妙な顔で身支度をしていた。


「メネシア、探しに行こう。」

舞踏団のリーダー、サウリャが落ち着いた声で長女のメネシアに言った。


「うん、あの子の行きそうな場所心当たりはあるか?」

メネシアは次女ネイリアに聞いた。

「ロディアは一人の時はキーラ浜へよく行ってたよ。」


「よし、まずキーラ浜へ向かおう。」

メネシアたちは捜索の準備をしていると。


「おーい、待たせて悪かった!」

「薬を持ってきたでござる!」

「これで寝不足解消間違いナシ、デス。」


未来からアルドたちが帰ってきた。

薬箱を握りしめ、駆け足でメネシアたちに向かってきた。


「アルド、サイラス、リィカ。ありがとう。」

メネシアはお礼を言ったが、申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「あれ?どうした?ロディアは…いないのか?」

アルドは周りを見渡した。


「朝起きたらいなくて…。今からメネシアとネイリアと探しに行くところ。」

サウリャがほかの姉妹に聞こえないように、静かに答えた。


「それは大変でござる。」

「俺たちも一緒に探そう!」

メネシアたちに、アルド、サイラス、リィカも加わり、6人はうなずいた。


「ウラニャ、パシア、エイシア、ケルキア。

 私たちはロディアを連れてくる。誕生日の準備をして待っていてくれ。」

メネシアは心配をさせないよう、笑顔で姉妹たちに声をかけていった。


「うん、わかった!気を付けていってらっしゃい!」

末っ子のケルキアが元気に見送った。


他の姉妹たちも誕生日会の準備をし始めた。


≪キーラ浜≫

水の都 アクトゥールの北西に位置する静かな入り江 キーラ浜。

白く粒子の細かい柔らかな砂浜に一定のリズムで波が打ち寄せる。


一年中穏やかな海岸で、浅瀬にはサンゴも多い。

海の中には小魚が巣を作り、豊かな魚たちの世界が広がっている。


透き通った海水はゆらめきながら、太陽の光をキラキラ反射していた。


波打ち際に、ロディアは海を眺めて座っていた。


自分の足でここまで来たはずなのに、道中の記憶がおぼろげだ。寝起きだからだろうか…。

ぼーっとしながら、一定のリズムで打ち寄せる波を眺めていた。


ふと視線を落とすと、砂に埋もれてた

七色に光る平たい扇野形をした貝殻が目に入った。


ロディアは拾い上げて砂を払った。


「きれいな七色…。虹みたい。」


虹…


七色…


そう、虹の舞踏団は七つ子の姉妹だった。


なぜ私はそこにいたのだろう。

いつ加わったのだろう。


ロディアは覚えていなかった。


思い出そうとすると、自分だけ仲間外れのように思えて

胸がキュゥと締め付けられる思いがした。

それと比例するように、拾った貝殻を握りしめた。



「おーい!ロディア!」

アルドが大きく手を振り、ロディアのもとに駆け寄ってきた。

もちろんメネシアたちも一緒だ。


ロディアの姿を見つけ、一行はホッとした表情を見せた。


「一人でここまで来たの⁉もう大丈夫なの⁉」

サウリャはロディアが怪我していないか全身を確認しながら聞いた。


「心配したよ、無事でよかった。ラトルに戻ってゆっくり休もう。」

メネシアも安心した様子で優しく声をかけた。


「寝不足のロディアのために、アルドたちがよく効く薬をもってきてくれたんだよ。」

ネイリアが薬の入った箱をロディアに見せながら言った。


「…ありがとう。」

ロディアは仲間に囲まれて、久しぶりにほほ笑んだ。



しかしその時だった。



「ロディアには薬は効かない。」


「…!誰だ!」


ロディアの後方から、エルジオンの住民の服装をした女性が現れた。


「…!未来の服装デス。」

「なぜこの時代に未来の服を着た者がいるでござるか?」

リィカとサイラスは驚いた。


「ふん、簡単なこと。私はラトルから君たちの後をずっと追ってきたのだから。

 未来の街に連れてってもらえて、楽しかったよ。」

女性は楽しそうに笑った。


「ラトルから?」

アルドは不振な表情で問い返した。


「そう、最近ロディアの周りがうるさそうだったんで、近くで様子を見ていたのさ。」


「ロディアの知り合いなの?」

ネイリアはロディアに聞いた。


「いいや…知らない。」

ロディアは首を横に振った。


「ははは!当然、この姿は知らないだろう。本来の姿はこっちだからね。」


そういうと、女性は白い光に包まれ、


光が収まると青白い液状の物体に姿を変えた。



「…!!」

「!!!」


一同は騒然した。

一瞬で女性は得体のしれない砂浜を這う物体と化したのだ。


「お前はいったい何者だ!」

メネシアは勢いよく刀を抜いた。


「まぁそう慌てないでくれ。私はロディアだ。そしてロディアもまた、私だ。」

その物体は話す度、不規則にうごめき続けた。


「…どういうことでござる。」


「ロディアはいわば私の共同体。私から派生したものだ。」


そういうとその物体は少しずつロディアに近づいてくる。


「…!夢の中の…!」

ロディアは毎晩のように自分にまとわりつき

離れなかったあの物体を思い出した。


そして今、それは現実の世界に存在し、目の前にある。

ロディアは戸惑って震えていた。


「最近のロディアは本来の姿を忘れつつあったのでね、私が夢を見せて思い出させてやったんだ。私は全ての共同体の心理状況を把握しているからね。」


ロディアの共同体というその物体はアルドたちの敵意を感じながらも、続けて説明した。


「私から分裂した直後、虹の舞踏団とやらに加わって、上手く紛れ込んだのでしばらく泳がせておいたが、自分の役目を忘れるとは予想外だった。」


「私の…役目?」

ロディアはまだ状況が呑み込めない。


夢で見ていた得体のしれない物体は自分の一部で、

今まで自分はそれを忘れて舞踏団のメンバーとして過ごしていた。

そして自分には役目があった…?


混乱で目が回りそう、恐怖で体が硬直して動かなかった。


「そうだよ、ロディア。お前もいつまでもその姿では思い出せないだろう。」

青白い液状の物体がドロドロとうごめきながらそう言うと、ロディアに向かって光を放った。


「きゃぁぁ!」


「ロディアッー!!」


光に包まれたロディア。


その光ぎ収まると、そこにはロディアの姿は消え、

そこには青白くうごめく物体がいた。


「ロディア…!そんな…」

サウリャが青ざめた表情で見つめた。


「なぁに、元の姿に戻っただけのこと。そんな悲しい顔をするな。」

サウリャの反応に、共同体の元は楽しそうに言い放った。


「ロディアをどうするつもりなんだ!」

変わり果てたロディアの姿を見て、アルドも臨戦態勢になる。


「私たちは古代から存在する生命体なんだよ。その時その時代の強者に擬態することで、存在し続けてきた。擬態すれば知能も技能も手に入れることができる。人間は死んでいくが、私たちは姿を変え、未来永劫生き続けることができる。

そのためには共同体として私自身を分裂させ、より強い存在を見つけ出し擬態させる必要がある。」


そう言いながら液状と化したロディアに近づいていった。


「ロディアはより強い存在を探す役目があったんだ。旅をする者ならどこかで出会えるだろうと思っていたからね。しかし、私はロディアから目を離しすぎたようだ。役目を忘れて人として生きようとしたロディアはもう必要ない。私の中に取り込む。」


そういうと、

2つの物体は融合し、一回り大きく成長した。


「ロディアが…!」

「そんな…!」


跡形もなく取り込まれてしまい、アルドたちはなす術が無かった。


「お前たちにも用はない、私はここらで失礼するよ。」

共同体の元がそういうと光に包まれ、次の瞬間、フクロウのような大きな魔物に変化した。


そしてそのまま西の空へ飛んでいってしまった。


「しまった、コリンダの原の方へ向かうぞ!」

アルドは方角を確認した。

「みんな、急ごう!」

メネシアに続きアルドたちは後を追った。



≪コリンダの原≫

キーラ浜の南部にあるパルシファル宮殿から続く

コリンダの原。

日中でも雲に覆われ、陽の光は入らない。

しかし、幻想的に光る植物が存在し、植物から放出される光の粒が空気中に舞い上がり、キラキラとした輝きを放っていた。


「さて、次は何体つくろうか。今度はより強い存在をちゃんと見つけてもらわねばな。」

光に包まれ、魔物の姿から再び青白い液状の物体に戻った。


「いたぞ!」

アルドたちはすぐに追いついた。


「ロディアを返してもらおう!」

メネシアは刀を構える。


「ロディアの正体が何であれ、虹の舞踏団の大事な一員なんだ。」

ネイリアも剣を構えた。


「絶対にロディアを取り戻す!」

サウリャも槍を突き出した。


「さて、それは叶うかな?お前たちの所へ帰りたいかどうか、ロディアに聞いてみるか?」


楽しそうに笑いながらうごめく共同体から一部が分裂し、ロディアが姿を表した。

そして大きな光に包まれた。


すると、


メネシア、サウリャ、ネイリアの3体に分裂し擬態したのだ。


「なるほど、分裂擬態するとは。潜在能力はまだ健在のようだ。さぁ、奴らに力を見せつけ、本当の自分を完全に思い出すのだ!」


「いずれもロディアさんノ生命反応はありまセン。」

「全く別物になってるってことか…!」

「…でも、戦うしかないでござる!」



アルドたち、メネシアたちは擬態した3体に立ち向かうしかなかった。



ロディアの姿、記憶、思い出を取り戻すために。


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