第2話 悪夢

≪火の村 ラトル≫


「あぁ!ロディアたち帰ってきたよ!」


西の方角から歩いてくる姉妹たちの姿を見つけ、

元気な末っ子ケルキアが声をあげた。


陽は傾き、ラトルの石畳を赤い夕陽が照らす。

4人の影が細長く伸びて近づいてくる。


宿屋の二階で衣装の仕上げをしていた、エイシアとケルキア。

酒場で料理の仕込みをしていたウラニャ。それとパシア。


皆、姉妹たちの帰りを待っていた。


「みんな、ありがとう。しっかり留守番してくれていたようだね。」

メネシアが駆け寄ってきたケルキアの頭を撫でた。


「うん、まぁ、いろいろあったけどね!」

ケルキアはケラケラ笑いながら、エイシアの方を見た。

「ア、アルドのおかげで帰ってこれたんだから、いいでしょ!」


ロディアは留守番をしていた姉妹たちに手を振りながら、サウリャとネイリアと一緒にゆっくり宿屋に入っていった。


各地を巡る舞踏団は、その地に数日滞在するため、宿屋を借りて拠点としている。


賑やかな姉妹からいろいろ話をされる中、その輪の中にいるアルドとサイラスにメネシアは目をやる。

「妹たちの世話をしてくれたのか、それは、手間をかけたね。ありがとう。」


「いいんだ、ちょうど居合わせただけだから。」

「拙者はつまみ食い要員なだけでござる。」

アルドとサイラスは優しい屈託のない笑顔で返した。

アルドは一歩歩けば困っている人に遭遇するような星周りだが、そんな人を放っておけない性格なので、今まで多くの人の力になってきた。

仲間を助ける事はアルドにとってはとたも自然なことだ。


「ところで、メネシアたちはどこに行ってたんだ?」

「パルシファル宮殿のラチェットさんのところだ。」

「ほう、何故ラチェット殿のところへでござるか?」

アルドとサイラスが問いかけた。


「それが…」

メネシアは一連を二人に話した。


ロディアがここ最近悪夢でうなされること。

ラチェットでも原因は解明できなかったこと。

ロディア自身の何かが作用しているのではないかと思われること。


解決に行き詰まり、メネシアも困った様子だった。


「明日はロディアの誕生日だというのに、本人がこの様子じゃ…。」


「明日ロディアの誕生日なのか!だからみんな気合入れていろいろ準備していたんだな!」

「ウラニャ殿の手料理もなかなか美味でござったぞ!あれを食べたら元気が出るかもしれぬでござる。」


「みんなそんな準備をしてくれていたのか…!」

メネシアは少し表情が和らいだ。


「でも、毎晩うなされているのか…辛いだろうな。」

「寝不足は万病の元でござる。何とか出来ぬものか…。」

それって「風邪は…」じゃないか?とアルドはツッコミつつ、サイラスとアルドは腕を組んで考え込んだ。


「寝不足でお困りデスか?」

「リィカ!そうなんだ、夜全然眠れないとき、どうすればいいか知らないか?」

アルドの前に現れたリィカという人物。

流暢な言葉を話すが、リィカは未来のアンドロイドだ。

KMS社製の作業用アンドロイドで、人間に近い人工知能の有している。

ピンクを基調にしたいで立ちで、女の子らしい発言もするが、戦闘では容赦なく槌を振り下ろす。


「少々お待ちくだサイ。」

リィカは自身のデータベースから、睡眠についてあらゆるデータを検索した。

検索の仕方は実に独特で、頭部の左右についた大きなピンク色のツインテールをクルクル回転させている。


アルドは初めてこのリィカの様子を見た時は、何をされるのか分からず少しだけ恐怖を感じた。

しかし一緒に旅をするうちに、もう見慣れた光景となった。

リィカという未来のアンドロイドに遭遇したからだろうか、カエルの姿で人の言葉を話すサイラスと初めてあった時も、もちろん驚きはしたがすぐ見慣れてしまった。


人って慣れるもんなんだなと、懐かしく思いながら、アルドは回転するリィカのツインテールを眺めていた。


そんなことを思い返していると、

リィカのツインテールが元の位置に戻り止まった。


「複数ヒットしマシタが、中でもエルジオンの薬局で販売している睡眠薬は安眠できると五ツ星の評価がついておりマス。」

「そうか!未来の薬なら、解決できるかもしれないな!」

「我々がロディア殿に合う薬を探してくるでござる!」


アルドとサイラス、リィカの3人は

未来の都市、エルジオンへ向かうことにした。


「面倒をかけて申し訳ない…。」


「大丈夫だって、それよりロディアの側にいてやってくれ!」


「ありがとう、アルド。」


アルドは手を振りながらリィカとサイラスと共に未来へ向かう。


個性的な3人がラトルから走り去る。

そのシルエットは何とも奇天烈だった。


____________


アルドたちが人気の少ない場所で時空の穴に向かって飛び込む間際、

ローブ姿の人物が姿を現した。


「……。」


怪しい眼差しでアルドたちの向かった先を見つめている。

そして、ローブ姿の人物も同じ時空の穴へ飛び込んでいった。


____________


その日の夕方、

ロディアは寝不足のせいか、宿屋に着くや否や、

すぐ寝床に入った。


『あぁまた、あの悪夢を見るのだろうか…。』


そう思うと眠るのが怖くなる。


『楽しいことを考えよう。』

舞踏団のみんなと歌ったこと、

獲物を追いかけて力を合わせたこと。


しかしそんなロディアの意に反して

瞼は勝手に閉じていく。

そして、ロディアは眠ってしまった。


そしてまた、同じ夢を見た。



____________


暗い闇の中に、ロディアは立っていた。

冷たく少し湿った空気が体に張り付く。


『…また同じ夢』


そこにはいつも自分と自分以外の物体がいる。

ロディアの二歩ほど先に、それはいた。


青白く、地面を這いつくばう、液状の物体。

自ら形状を変え、うごめいている。


『何?何なの?!魔物…?』


得体のしれないものと対峙し、恐怖で後ずさりする。


しかし、その物体は徐々にロディアに近づいてくる。


『…!!』


ロディアの足元に到達すると、ひざ下あたりまで

その青白い液体がまとわりついてくる。

冷たさと恐怖で背筋が凍るようだ。


『怖い…!』


毎晩、身動きがとれないまま

もがいても、もがいても、逃れられない。

苦しくて、苦しくて

息ができなくなりそうになる。


そして気づけば目が覚めている。


今日もまた、それを繰り返すんだとロディアはおもっていた。


が、しかし、

身動きが取れないまま、ロディアの体は青白い物体に徐々に飲み込まれていく。


すぐに腰あたりまでまとわりついてきた。


『え⁈いやだ!だ、だれか…助けて!!』


あっという間に全身を覆われ、

呼吸すらできなくなる。

当然声を発することもできない。


全身の感覚が失われた。

視界も何も見えず、音も聞こえない。


自分が体の中から溶けてしまったような

そんな恐怖を感じた。


『苦しい!息が…!』


必死で息を吸おうとしたとき…!



―――― 目が、覚めた



ほかの舞踏団のメンバーはぐっすり眠ってる。

まだ夜明け前だった。


ロディアはびっしょりかいた額の汗を拭った。


「……。」


夢の中で、あの物体に取り込まれたのか。

初めて夢の続きを見た。


体に残る重苦しい感覚。


自分が消えて無くなってしまうのでは無いか、

漠然とそんな不安を感じてロディアは静かに涙を流した。



しばらくして、夜が明け始めた。

目が覚めてから、2時間ほど経った。


毛布の中、結局ロディアは再び寝付くことができなかった。


寝覚めの悪い夢を見たからだろう、

意識が覚醒して、

胸騒ぎがするように、気持ちが落ち着かなかった。

心拍数が上がり、血液の流れが速くなる。


寝ている状態でもキーンという耳鳴りがする。


以前までは鳥のさえずりが朝の時報となって目を覚ましてくれたのに、ここ最近はそれすら耳に入らない。


そして、高音の耳鳴りがする遠くから、かすかに声が聞こえた。


『ここではない…』


「…!」


『お前の居場所は…ここではない。』


ハッキリとその声が聞き取れると、

さっきまで感じていた体中の倦怠感が不思議と消えていた。


同時に、ロディアの中で何かが目覚めた。


ロディアはゆっくり体を起こし、導かれるように家を出てどこかへ向かった。


その足取りはしっかりしていた。

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