八色の虹がかかるとき
与世山とわ
第1話 奮闘
ある日、過去や未来を行き来できるようになってしまった主人公アルド。
“時空の穴”という空間に空いた渦状の穴に飛び込み、歴史改変によって消滅した未来を取り戻すため、旅を続けている。
様々な時代で出会った仲間たちとともに、
時空を超えて今日も走り続ける。
BC2000年
≪ゾル平原≫
ここは古代の自然豊かな草原が広がるゾル平原。
季節の草花から背の高い木々まで多くの植物を目にする事ができる。
植物が豊富ということは、もちろんそれを餌にする動物も生息している。
一見穏やかそうなこの地だが、実は凶暴な恐竜や魔物が生息する危険な場所だ。
そんなところに彼女たちはいた。
彼女たちは「虹の舞踏団」のメンバーだ。
舞踏団は全部で8人いるが、今日は2人で行動していた。
虹の舞踏団とは、各地を巡り歌や踊りを披露する曲技集団だ。
8人は同じような小柄な背丈に、それぞれ獣の毛のマントを羽織っている。
頭には獣の角のような飾り、顔には目元を覆うように仮面を被っている。
装飾や服装の色や形は違えど、容姿はほぼ同じに見える。
この日、舞踏団の2人は小柄な体格に似合わない勇ましい武器を持って魔物と格闘していた。
1人は弓を、もう1人は杖を握っていた。
相手は小型だか動きが素早く、鋭い牙や足技で襲ってくるラプトルだ。
「だからイヤだって言ったんだー!メネシアのいない時にゾル平原なんて来るもんじゃないよ!」
そう言うのは虹の舞踏団7つ子姉妹の末っ子ケルキア。
手に持つ魔法の杖をギュッと握りしめて、泣きそうな顔で叫んでいた。
彼女の言うメネシアとは舞踏団の長女のことで、姉妹の中でも特に戦闘に長けているが、どうやら今日は不在。
「ケルキア、ごめんねっ!でもこのままじゃ明日の衣装が間に合わないの…絶対、この子の皮が必要なの…!」
柔らかい物腰とは裏腹に気合いは十分な彼女は六女のエイシア。
手先が器用なため、舞踏団の衣装担当である。
「でもエイシア、今まで魔物に止めを刺したことないじゃん!その角、まだ枝なんでしょー!」
ケルキアはエイシアの秘密を姉妹の中で唯一知っている。
彼女たち舞踏団の暗黙のルールの一つに、とどめを刺した獲物の角を頭飾りにするというものがある。
舞踏団の容姿や体格は皆そっくりだが、倒した獲物は人それぞれなので、頭飾りには個性がある。
末っ子のケルキアは雄鹿の子どもを倒した事があるので、頭飾りには、小さめだが二本の角を付けている。
エイシアはまだそのルールを達成出来ていないが、持ち前の器用さで、角っぽい形の枝を器用に加工して、頭に付けていた。
「それは…!い、今はその事はどうでもいいの!
よし…狙いを、定めて!」
エイシアにとって、自分の角(枝)の話より明日の衣装の材料を調達することの方が大事である。
エイシアがラプトルの首元に狙いを定め、ギリギリと弓を引いていると、突如ラプトルがエイシアめがけて突進してきた。
ラプトルの素早さに体が反応出来なかった。
危ない!と思った瞬間にはすでにラプトルの牙は目の前に迫っていた。
「きゃぁぁ!」
一瞬、エイシアは走馬灯を見た。
『あーさよなら、みんな…』
舞踏団のみんなと楽しく夜ご飯を囲んでいる姿だ。
ケルキアはエイシアの背後に控えていたが、
ラプトルがエイシアに食らいつきそうになる瞬間、
戦闘が得意ではない二人だけでゾル平原に踏み入ったことを後悔し、両手で顔を覆った。
その時、
「危ない!」
ガシィィーン‼︎
間一髪だった。
赤色の羽織がエイシアの目の前になびく。
茶色の髪をした青年が剣を構えて2人の前に立っていた。
アルドの助けが間に合ったのだ。
ラプトルに向かって剣を構え、腰を抜かしたエイシアたちがその姿を見上げている。
ラプトルの牙を剣で弾いた残響が、
まだ耳に残っている中、
「大丈夫か?2人とも!」
「ア、アルド…うん、大丈夫。」
「安全な所にいろよ、今片付ける!」
そう言うと、剣を大きく振りかぶり、ラプトルに切りかかった。
アルドはこの時代の人間ではないが、故郷のバルオキー村では警備隊として村人の安全を守ったり、護衛をしていた為、剣技には長けていた。
実戦で使う剣とは別に、鞘から抜けない大きな剣を腰にさげているが、その正体については謎が多い。
ラプトルの牙の攻撃を華麗に避けながら、
アルドは踏み切った。
高く舞い上がり、上部から二連撃。
「キィィィー」
斬撃は急所に当たり、ラプトルは動かなくなった。
アルドがあっという間にラプトルを倒すと、他に敵が出てこないか、周囲の安全を確認したところで、2人だけでこの危険なゾル平原に来た理由を聞いた。
「珍しいな、メネシアが居ないのに2人でこんな所に来るなんて。偶然ラトルから使いを頼まれなかったら、間に合わなかったぞ。」
「ごめんなさい、アルド。明日の衣装の材料が間に合わなくて、どうしてもラプトルの皮が必要だったの…。」
エイシアは申し訳なさそうに俯いた。
「あぁ〜良かった〜。ほんとありがとう、アルド!命拾いしたよー!」
ケルキアはホッとしたのか、ふと笑みがこぼれた。
「で、衣装の材料ってのはこれで揃ったのか?」
アルドが横たわるラプトルを指さした。
「うん、あとは戻って急いで完成させるわ!」
お目当ての素材が手に入り、衣装制作に意欲を燃やすエイシア。
「2人で持っていくには重たいから、俺も運ぶよ。」
「ありがとう、助かるよー」
ケルキアはポンポンをアルドの肩をたたきながら、自分は一番軽い部分を持って行った。
3人は仕入れた素材を持って、舞踏団が滞在しているラトルへ向かった。
≪火の村 ラトル≫
ナダラ火山のふもとに位置するラトルでは、炎のエレメンタルによってエネルギーが循環され、人々は火を有効に使い、豊かな生活を送っていた。
アルドたちがゾル平原から帰るころ
ラトルの酒場で虹の舞踏団 七つ子姉妹の四女のウラニャが、厨房で忙しそうに仕込みをしていた。
舞踏団一、料理が上手なウラニャだが、今日はいつも以上に気合が入っていた。
「うん!我ながら完璧な味付けね♪あとはこのお出汁でお肉をじっくり煮付けて…」
「ウラニャ、もう少し濃いめがいーよー。もっと塩こしょう、多めで。」
自画自賛をするウラニャを横目に、酒場のテーブルに頬杖をついて口を挟むのは、五女のパシアだった。
パシアは普段無口で自己主張をあまりしないのだが、料理の味にはうるさい。
「もう、パシアの味覚はどうなってるの⁉このお上品な味付けが分からないなんて!」
ウラニャは火にかけた鍋の蓋を取り、切った野菜を投入しながら反論した。
「お上品な味付けっていうは、薄くて味がよくわかんない時に仕方なく使う言葉なのよ。」
「なんですってー!」
味付けについてあーだこーだ話していると、二人の様子を見ていたサイラスが言った。
「それにしても、ウラニャ殿は手際がいいでござるな!」
サイラスがまじまじとウラニャの料理を作る様子を観察しながら言った。
サイラスはこの古代の出身だが、産まれは東方の国だ。
人の言葉を話すが、見た目は二足歩行のカエルの姿。しかし、なぜカエルの姿なのかは謎が多い。
人喰い沼の奥でひっそりと暮らしていたが、アルドに出会い共に旅をするようになった。
見た目がカエルそのものなので、女性には怖がられ、子どもからはからかわれることも多い。
少しお腹がぽっこり出たフォルムだが、腰に携えた刀の攻撃は素早く、連撃も得意だ。
そんなサイラスはラトルのお酒が口に合うようで、滞在時は頻繁に酒場で飲んでいた。
その飲みっぷりや話し方から、推定年齢は37歳とされる。
この日も営業時間外だったが、常連のサイラスは店主と仲良くなっていたので、酒のつまみについて話し込んでいた。
「これだけの時間でこれほどたくさんの料理を作るとは、店主殿も放ってはおかぬであろう。」
サイラスは店主が人手不足だとボヤいていたことを思い出してウラニャに言った。
「ご用命があればいつでも!」「薄味だけどね。」
褒められて嬉しそうなウラニャとパシアの冷ややかなコメントが同時に聞こえた。
「ははっ!ラトルの人間は日ごろから塩分の取りすぎだからな!この際、減塩した料理もいいかもしれねぇな!」
と言ったのはこの店の店主。
日焼けした大きな顔をウラニャたちに向けて笑いながら言った。
「でも店の厨房使ってそんな大がかりな料理、いったいどうするんだ?」
店主は単純に疑問だった。
ウラニャはすでに12品も作っている。
ビタミンが豊富な緑の葉物のサラダ、温暖な気候で育つ赤い実酢漬け、小麦粉をこねて平たく伸ばした生地にピリッと辛い香辛料と乾燥肉を乗せて焼いたもの。細長い麺状のものの上に淡白な白身の魚を乗せて蒸したのも。
その他にも店のカウンターにはすでに色とりどりの料理が盛り付けられ、並んでいる。
そして今は、柔らかい豚の煮物と鶏ガラから出汁を取った野菜たっぷりのスープを煮込んでいる。
「明日は舞踏団のみんなでお祝いなんだ!普通の台所では手狭なの。」
ウラニャの答えに店主がほぉ~と感心していると、
「明日は特別だからね。」
パシアは舞踏団の飼い猫に、腰に付けた袋からエサをやりながら捕捉した。
その声は先ほどのウラニャとの会話のトーンとは違い、楽しみな気持ちがこもっていた。
「特別なハレの日の料理とは、それは楽しみでござるな!」
「この時間は客もいないし、好きなだけ使ってくれよ!あっ、ちょうど奥に珍しい果物も仕入れてあるし、特別におまけだ。みんなに振る舞ってやってくれ!」
「ありがとうございます!」
そう言うと、ウラニャは料理の仕上げに入った。
≪パルシファル宮殿≫
また同じころ、
七つ子姉妹 長女のメネシア、次女のサウリャ、三女のネイリア、
そして、虹の舞踏団8人目のメンバー、ロディアの4人で宮殿魔術師のラチェットの元を訪れていた。
「うーん…」
今まで何度もアルドたちを導いてくれたラチェットだが、今回彼女たちが相談に来た内容はなかなか難問のようだ。
「優秀な医者にも見せたが、特に悪いところはないとの診断だった。」
メネシアは心配そうな表情でラチェットに説明した。
どうやらロディアの体調がここ最近良くないらしい。
特に睡眠時に悪夢にうなされ、十分に眠れていないようだ。
「ロディアが寝ているときうなされているのは、これで12夜連続とお昼寝5回分です。」
寝不足のロディアの体を優しく支えながら、ネイリアが頻度を伝えた。
「いったいいつ数えてるの?」
サウリャが聞くと、
「私は寝付くのが皆んなより遅いから。」
とネイリアは答えた。
ネイリアは舞踏団の中でも記憶力がよいため、ロディアのうなされた回数を覚えていたのだ。
ロディアの様子を観察し、魔術を駆使して原因を調べようとしたが、ラチェットもはっきりとした答えが見つからなかった。
「確かに、ロディアちゃんの中に不穏な気配は感じるわ。でもその正体が魔物なのか何かの念なのか、呪いなのか分からないのよね…。」
悔しそうに考え込むラチェット。
「外から憑りついたっていうより、ロディアちゃんの中で眠っているというか…。」
魔物が憑りついたり、呪いをかけられたりした場合は、体に合わない異質なものを感じ取れるのだか、今回のロディアの場合、体外から何かが作用したようには感じないようだ。
むしろ、もともとロディアの中に秘めていたものが動き始めた。という表現が適切かもしれない。
ただ確証がないので、ラチェットはいたずらに彼女たちの不安を煽るような言葉は避けたが、ロディア自身の体の中で何かが変化しているのかもしれないと感じていた。
「んー、宮殿魔術師のラチェットさんでも分からないか…」
舞踏団のリーダー、サウリャは部屋の天井を見上げてため息をついた。
「ごめんなさいね、私もいろんな文献を探ってみるわ。」
「いいえ、こちらこそ。お忙しいところお邪魔しました。」
サウリャの言葉に皆が一礼し、メネシアたちは部屋を後にした。
「どうしたらいいのか…」
メネシアは歩きながら考え込んでいた。
「時間が経って良くなることならいいんだけど…」
メネシアと並んでサウリャも考える。
「ロディア、眠いよね…、おんぶしようか?」
「ううん、大丈夫。自分で歩けるよ。」
ネイリアはロディアを気遣うが、ロディアは自分の足で家路に向かう。
しばらくして、ラトルに続くティレン湖道に差し掛かる頃、歩いていたロディアは右手に冷たいものを感じた。
ふと目をやると、ロディアの右腕辺りが一瞬、黒い影に覆われた。
「…!」
ロディアは自分でも信じられなかった。
寝不足で夢と現実が交錯しているのかもしれないと思った。
「どうしたの?」
ロディアの左手側を歩いていたネイリアが心配そうに声をかけた。
「…なんでもないよ、大丈夫…。」
そういうとロディアは再び歩き出した。
右腕の感覚は違和感はない、間違いなく自分の腕だ。
しかし一瞬だけ右腕が麻痺したような、冷たく固まるような感覚だった。
そして覆われた黒い影の中に、
ほんの一瞬、ロディアは得体の知れない物体を見てしまった。
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