4杯目 推理は珈琲を飲みながら

一息入れて、透は口を開く。


「恐らく彼等は警察が勘付いていることに気づいた。それも捕まる少し前にね。だから、薬を渡す方の…」


「赤坂光男。」


「その赤坂という男は一時的に隠す場所を探したんだ。普通ならホテル内、だが警察ならホテル中を探し回り、見つける可能性が高い。そこで、外に隠した。」


「だがよ、あの二人そこまでホテルから離れた様子も無かった。どこに隠したっつうんだ?」


「ホテルの横、飛火野だ。」


飛火野、春日大社の鳥居や東大寺前の通りの近くに存在する広大な緑の領域。点在する巨大な木に大量の鹿。朝方は写真の絶好スポットにもなるという。そんな場所にどうやって、いや何故。同じ疑問を抱いたのか、犬野も透に問う。


「逮捕した時、所持品も確認したけど、掘ったりするもんとかは見つかってねぇぞ。」


「回収する為に安全な場所なんてあるんですか?」


ついつい口を挟む。それも分かっていると言いたげに透は続ける。


「そうだね。出来れば無事に回収したい、じゃあどうするか。」


「人が掘り返したりしない場所でかつ回収しやすい場所……。」


「大正解。彼は見つけたんだよ、飛火野にあらかじめ掘られていた穴を。」


透は決まった、という顔をしているがよく分からない。飛火野で穴を掘っている人は見たことが無いし、そもそもあまり多くの人が行くような場所ではない。


「マスター、そんな都合のいい穴があるかよ。」


どうやら犬野も透の発言を理解していないらしい。きっと二人とも同じ顔をしていたのだろう、透はため息をつくと説明を始めた。


「飛火野には毎朝土が掘り返され、穴が生まれる、猪の手によって、ね。」


「「猪?」」


ついに二人の発言が重なってしまった。奈良といえば鹿、それは分かる。でも猪?


「奈良といえば鹿のイメージだろう。町を闊歩する鹿、でも遭遇しないだけで実に様々な動物が奈良にはいるんだ。ムササビであったり、猪だったりね。特に猪は早朝に飛火野に現れ、道路から見える傾斜の部分を掘り返す。泥を掘って匂いを付けるとか、理由は色々あるらしいけどね。で、人が現れる頃には姿を消しているから、そこには掘り返された地面だけが残る。」


「じゃあ、そこに!」


「うん。掘る道具を持っていない彼にとってあらかじめ掘られた穴、余り人の来ない、来ても地面を掘る人のいない飛火野は好都合だったんだろう。後で回収する時も、少し土をいじるだけで済むからね。奈良を訪れたことのない彼なら猪が掘り返した跡なんて夢にも思わない。」


「マスター、つまり飛火野探せばいいってことか?」


さっき、犬野に二人の男の奈良への滞在歴を聞いたのはそれが理由だったのか。奈良に住んでいるのに初耳だったんだ、大阪の彼等が知らないのは当たり前だろう。結論を言ったかに見えた透はまだ何か言いたげにする。


「いや、話にはまだ続きがある。」


「ん?まだあんのか?」


「猪の行為はたまたまではないんだ。つまり、繰り返される。」


「じゃ、じゃあ」


想像しうる最悪の展開、透はこちらを見て頷く。


「埋めた袋か何かも当然掘り返されて中身がこぼれた筈だ。その最中に砕けて匂いを発してしまったかもしれない。」


「それでも、まだ飛火野にあるんじゃねぇのか?」


「もちろん、血眼になって探せばね。ただ、問題はそれだけじゃない。ここまで推理は出来た。でも何か引っかかっていた。それについては凛、君のおかげで解決できた。」


「俺ですか?でも俺がしたのって鹿の話だけじゃ……あっ。」


奈良にいる主要動物、それが何か忘れていた。


「分かったようだね。」


「お、おい。どういうことだよ。」


「猪が去った後、飛火野には薬が砕かれ、撒き散らされた。朝から昼にかけて、そこには鹿が現れる。鹿は匂いを発するもの、例えば人間が持つお菓子や弁当の類を食べようとすることが多い。固形ならまだしも粉末状になった物なら確実に口に含んでしまうだろうね。そこで、さっきの凛の話。」


「薬を舐めたから鹿の体調がおかしくなった……!」


「まぁ、私は鹿の研究者でも薬の研究者でも無いからね。どうだ、犬野。この辺りが事件の全貌だ。後のことは知らん、勝手にしろ。」


「あっはっは。やっぱりマスターはすげぇな。何でも見てきたように解いちまう。」


「用が済んだらとっと行け。もう一杯飲むなら話は別だけど、飛火野の薬、早めに見つけた方がいいと私は思う。」


褒められても嬉しくないのか、透は素っ気なく犬野を追い払う。いや、助言する辺りに人の良さが出ている。


「また事件が解決したら飲みに来る。じゃあな、お二人さん。」


鋭い歯を見せて笑い、犬野は店を出ていった。また店に静けさが戻る。窓の外は既に暗くなっていた。


「と、まぁ。これが鹿野珈琲の一日だ。どうかな、凛。ここで働いてみてみないかい?」


「はい、それはもちろん────」


答えが分かっているかのように透は微笑を浮かべる。コーヒーの芳醇な香りに包まれながら、鹿野珈琲の営業時間は終わりを告げる。

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推理は珈琲を飲みながら 紅りんご @Kagamin0707

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