第26話 破滅的なおばあちゃん。

書籍版、昨日発売日でした。

お求めいただいた方、ありがとうございます!



それから、作品PVも公開されました。

文月咲耶のCVを東山奈央さんが吹き込んでくださったので、よければ、見ていってください。映像も最高なので。


https://youtu.be/Vf46KTy3XIo?si=qbFpo9V1PCm5xc5G



──────────────



「センパイにとって小学生は恋愛対象にならない。オトすには、僕が中学生になるまで待たないといけないわけだけど。クレバーな僕は、その間も時間を無駄にはしないのさ。勝負というのは根回しが肝心だよ。家族から着々と落として、センパイの外堀を埋めてみせる。んふふ、長期戦は初めてだ。腕が鳴るね」


 瑠璃の語る、センパイ攻略フローチャート、ステップ2『日南の祖母を籠絡する』の意図を聞いて、芽々は慌てた。


「待ってください、親とか攻略して根回しするって……遊びじゃ済まなくなりますよ!? 結婚する気ですか!?」

「うん」

「は!?」


 二人きりの教室で、瑠璃はランドセルを背負い直す。


「言っただろ? 人をオトして遊ぶのはこれで最後にするって。最後っていうのは、最後まで責任を取るって意味だよ」


 女子小学生には似つかわしくない、据わった目をして。



「最短で──うん、センパイが中三の夏が勝負の決めどきかな。そこまでに、完全にオトしてみせるよ。まあ見てなって」



 そう、余裕面で言い切って、瑠璃は教室を出てくる。


「あ、ちょ、待ってください!」


 フローチャートを書き散らかしたままの黒板を、芽々は慌てて消して追いかける。

 だけど、瑠璃にはなかなか、追い付かなかった。



 ◇◇



 そして、休日。瑠璃は日南の家に向かう。

 町の中心地からは少し遠い住宅街に、畑の間の道を通り抜けてたどり着く。


 古いが、それなりに手入れのされているだろう、二階建ての一軒家だ。

 瑠璃はインターホンを鳴らさず、軋む門を開けて、庭の方へと回る。


「あ、いた」


 日南は縁側で、ぼんやりと空を眺めていた。

 おじいちゃんかな??


 よいしょ、と瑠璃は縁側に無断で上がり込む。


「センパイ、光合成してる?」

「何故わかった」


 なんかね、日向ぼっこじゃなさそうだなぁって思った。


「植物はすごいよな。俺も葉緑体欲しいけど、肌が緑色になるのは流石に厳しいな……」

「僕はセンパイが緑色になっても気にしないけどね」

「ん?」


 瑠璃はにこにこと、怪訝そうな日南を見つめた。

 だって、瑠璃の目的は相手をオトすことで。自分はかわいい方がゲームにおいて有利である、という認識こそあれど、相手の見た目は関係ない。


 自分に対して向ける感情があるか否か、大事なのはそれだけだ。


 瑠璃は目を細める。共感覚で、日南が自分に向ける好意の色を見る。

 薄らとした、淡い青色。ひどく淡白な、無関心に近い好意。


(……逆に、敵意でも向けてくれた方が攻略は楽なんだけどね)


 最初の関係値はマイナスに入っているくらいが、あとでギャップを作れるから、好感を持たせやすいと瑠璃は思う。

 不良が猫を拾ってるといいやつじゃん、って思うみたいに。ツンツンしてる子が急にデレるとかわいく見えるみたいに。

 あと、自分のことを嫌いな人間をオトすのって気持ちいい。脳汁が出る。


(でも。『別に普通』って感じの人は、好感度上げにくいよなぁ……)


 それは、瑠璃に関心がない・・・・・ということだから。


 縁側、隣でうーん、と考え込む瑠璃に。

 日南はそもそもの疑問をようやく言う。


「ところで、なんでウチにいる?」


 本来は葉緑体の話するより先に聞くべきことだが。

 まあ人間、光合成ひなたぼっこ中は頭が鈍くなるものだからね。


「兄ぃに家の場所聞き出したー」

「その蘇芳は?」

「今日はバスケ部の助っ人で練習試合だよ?」

「……そうだったな」

「だから遊びに来た」

「でも俺、遊べないよ? 野澤の爺さんと今から大根引っこ抜く約束してるから」

「誰だよ野澤の爺さん」


 趣味で畑をしている近所の爺さんである。


「年寄りに親切をするのは大事だ。大根ももらえる」

「大根目当てなんだ」

「くくく……今夜はイカ大根だ……」

「家庭科の成績よさそ〜」

「俺と大根掘りに行く?」

「んーん」


 日南に用事があるなら、それはそれで、好都合。


「だいじょぶ。僕はセンパイのおばあちゃんと遊ぶから」


 フローチャート通りに、籠絡チャンス。

 瑠璃は縁側から家の中に上がり込もうと、窓を開けた。

 勝手に上がりこんでも、別に日南は怒らない。


 廊下の向かい、半開きになった障子の奥。

 居間に座る日南の祖母を見つける。

 ラジオを聴いているらしく、瑠璃には気付いていない。

 横顔が見えた。


(……お、美人)


 年はしっかり食っているはずなのに、なんだか綺麗な人だった。綺麗というには、少し派手か。年に似合わないはずの金髪が、似合っているから。多分白髪をいい感じに染めてるんだと思う。


 そして、その祖母は、ラジオに向かって。よく通る声で叫んだ。


「行けええええ!! 差せッ! ……よっしゃああッ!!」


 握るスマホには、インターネット馬券が表示されている。


(競馬かぁ……)


 あ〜〜〜〜、そういう感じのおばあちゃんね?


「あ、てめえ! また賭けてたな!?」


 穏やかを放り投げ、日南が慌てて居間に乗り込んでくる。


「でも当たったし。ほら、単勝」

「……三連単は?」

「当たり前に外したねえ!」

「…………この馬の単勝オッズクソ低いよな。勝ったとして他んとこで賭けた金のこと考えたら雀の涙しか戻ってこなくない? てか別のレースで負けてるよな絶対。収支マイナスだろどうせ?」

「あははは」

「いやなんで俺が詳しくなっちゃってんだよ競馬やんないのに!! てめえのせいだぞ!!」

「親にてめえとか汚い言葉使うんじゃないよ!!」

「使うわ! だっててめえ負けると俺に肉食わせて自分は断食するじゃん。意味わからん阿呆なのか、長生きしろ!?」

「まあ、罪には罰が必要だからね。敗北という罪を断食という罰で贖って、アタシは成長するのさ」

「してない! 成長してないから!! 賭けて飯抜いて賭けてまた負けてるだけだって!」

「大丈夫だって。負け続きでも最後には勝つから。確率は一定に収束するのを知らんのかい」

「収束するから基本は負けるし、そもそもウチの家系の運がいいわけないだろクソババア!!」


 自分の存在を忘れて行われる家族喧嘩を、瑠璃はにこにこと眺めて、呟く。


「血の気多くてウケる。センパイ、ちょーー反抗期じゃん」


 穏やかさのカケラもない。


「……はっ! いや、違う、俺は穏やかなんだ。そうなると決めたんだ。なのにどうして……」


 我に返って沈痛に額を押さえる。身内がギャンブル好きのド下手だと、こうなるのも致し方がなかった。

 後輩の前で身内の恥と己の醜態を晒したことに、はあ〜〜〜〜、と大きな溜息を吐いて。時間に気付く。このレースが終わった時間、ということは。


「やっべ、大根の時間だ」


 と、急ぎ外に出ようとする。

 野澤の爺さんとね、約束があるからね。


「瑠璃! うちのばあちゃん見ての通り駄目人間だから。遊びたいなら、こいつで・・・・好きに遊んでくれ」


 去り際、玄関でナチュラルに言われたこの言葉に、瑠璃は目を見開く。


 ──ふーん、その言葉選び、無意識がどうか知らないけど、僕が人間で遊ぶタイプだってこと、気付いてたりする?


 天然のくせに察しがいいって、厄介だなと思った。

 もっとちゃんと犬被り直さないと、本性が容易にバレるということか……。


 だけど、センパイ以外にはかわいい犬を被る必要はないだろう。

 瑠璃は、玄関まで見送りに来た日南の祖母に、向き直り。

 にぱっ! と笑った。


「よろしく、クソババア!」

「出禁だよガキィ……」


 いきなり摘み出されそうになった。

 日南の本性がキレやすいやつなのは、完全に血だな、と思った。



 ──さて、嫁姑戦争を始めよう。先取りで。

 だって時間はすぐに過ぎ去るし、人の老い先は短いし、未来が来るのはあっという間で。



(多分、この人。僕が嫁入りするまで長生きしないだろうから)



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【書籍化】彼女(あいつ)は窓からやってくる。 〜異世界の終わりは、初恋の続き。〜 さちはら一紗 @sachihara

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