第25話 犬系後輩、ただし狂犬。

 大変お待たせしました……!


 こちらに書籍化の情報、ひとまとめにしました。


【イラスト公開&特典情報】

 https://kakuyomu.jp/users/sachihara/news/16818093079342598061


 イラストが最高なので、是非。


 ―――――――――――――――



 瑠璃に掴み掛かろうとして、蘇芳に羽交い締めにされていた日南ははっと我に返る。


「よく考えたら年下にキレるの大人げなかったな、うん」

「うわっ、急に冷静」


 数秒前までブチギレていたとは思えぬ、曇りなき穏やかな表情は、逆に怖い。


「忘れてたわ。俺、中学から穏やかになるって決めたんだった。うっかりしていた」

「なんだこいつ」


 芽々は思った。

 自分の心の声と同じことを言ってくれた、蘇芳に対して。


(この人……ツッコミだ!)


 すお先輩、見た目パリピだしあのるりさんの兄なのに、もしかして──まとも?

 まともじゃない方の先輩ボケは、したり顔で続ける。


「いやぁ、まだ自我が小学生だった。さっきの一瞬は」

「なんだこいつ……」


 ──のちに、十七歳になった芽々は思う。

 よく思い出したら別に昔のひな先輩も、いきなりクリームソーダでサクランボの自我を論じそうなくらいにはヤバかったカモ。

 くだんの件でサァヤに『あれ変じゃない? 自我ヤバくない?』とか言って申し訳なかったな……。

 でも、ヤバいことをギリギリで言いとどまる良識があるかないかって、大きな違いだから。先輩にはあったけどひーくんにはないから──。



 そして、芽々の隣で瑠璃はキラキラと目を輝かせていた。


「おもしろ! センパイ、ヤカンと冷凍庫が一緒くたじゃん!」


 瞬間沸騰と急速冷却。

 瑠璃は年上に敵意を向けられるのも初めてだったし、その敵意を急に鞘に収められるのも初めてだった。そうそうあってたまるか。


 わくわく、と芽々の袖を引く瑠璃。


「ねえねえ、あのキレやすいのが本性だよね。もう一回引き出してみたらどうなるのかな。また急に落ち着くのかな! あれで遊ぶの楽しそうだよねぇ!」


 芽々は耳打ちする。


「るりさん、遊び方ちがいません? いつも通り恋愛的に落とすつもりじゃないんですか?」

「えー、そっちはどうせ簡単にできるし」

「は?」



「だって僕、かわいいし」



 きゃるん、とウインクしてみせる瑠璃。


「…………」


 確かに顔はいいけど。


「おめー、今は顔が幼いからかわいいだけで、あと数年したら性格の悪さが顔に滲み出ますからね。予言します」

「あ、芽っちもかわいいよ! 表情がちょっと陰気なの直せばね」

「余計なお世話です」


 別に、友達なんて欲しくない・・・・・・・・・・


(遊び相手は、マコとるりさんで足りてます)


 なら、明るく可愛く振る舞うことに、なんの意味があるだろう?


 先輩たちにあまり話しかけられないよう、部屋の隅、瑠璃の背後に隠れながら、芽々は思ったが。

 わくわくした瑠璃が動き出したので、すぐに隠れられなくなった。


「というわけで。ちょっと、センパイのこと煽り散らかしてくるね!」

「煽ってる自覚はあったんですね!?」





 ──そうして。

 家に遊びに来る日南にエンカウントするたびに、瑠璃は日南のことを煽り散らかした。


 ある日は。


「センパイって、背ぇちっさいよねぇ。女子小学生に負けてて恥ずかしくないの〜?♡♡」


 またあくる日は。


「え〜、センパイ、木から落ちて骨折ったの? んっふ、ざこじゃん。やーい、筋肉のない脳筋♡」


 さらに数日後。


「…………また折ったの!? ざっこ、骨ざこすぎ! まさか牛乳飲めないわけないよねぇ!? ……ガブ飲みしてるんだ、そっか…………早く治るといいね、身長も伸びるといいね……」


 瑠璃がどれだけ煽っても、日南は本当に、怒らなかった。

 ……いや、最後の方は煽ってるっていうか普通に心配してた気がするけど。

 鬼畜の瑠璃に憐憫の感情を覚えさせていた気がするけど。


 日南が瑠璃に敵意を向けたのは、初対面の時、その一回きり。

 その後は、ありえなかったのだ・・・・・・・・・




 複数回の攻勢が全て失敗に終わり、瑠璃は首を捻った。


「……僕がかわいすぎて怒れないのか?」

「あほなこと言うでないです」


 ちょいちょい、と芽々は日南をつついた。


「ひな先輩、るりさんの顔、かわいいと思います??」


 顔に限定して訊いたのは、瑠璃の顔以外は明らかにかわいくないからだ。

 日南はさらりと答える。


「あー、俺。眼鏡の度合ってないからよくわからん」


 その、適当な返事に。隣で瑠璃が屈辱という顔をした。


「……日南、おまえいい加減眼鏡変えろ〜?」

「いやだ! 去年まで視力1.2あったんだぞ!? 度を上げるなんて敗北の証だ……」

「何と戦ってるんだよ」


 単に、日南が怒らない理由は、そう決めたからだ。

 一度自分で決めたことは守り通すのは、日南飛鳥の昔からの性質だった。

 たまにうっかり自我が暴走するし、自分が器用だと思っている割に不器用だから、初めの方は妙なミスを連発するが。


 それでも、穏やかな人間になると決めたから、そうなった。

 大人しく生きると決めたから、そうなった。

 そうなるまでに骨を三回くらい折ったが、本人は必要経費だと思い何も気にしていない。


 端的に言えば──変なやつであった。



 芽々は瑠璃に耳打ちする。


「るりさん、これ……怒らせる以前に、そもそも。落とせなくないですか・・・・・・・・・・?」


 だって日南は瑠璃のことをかわいいと思っていない。というか顔すらぼんやりとしか認識していない。

 恋愛感情なんて、芽生える余地がそもそも土壌にない。


「は、そんなわけ……」



「ああ、でも。中身はかわいいと思うぞ」

「!?」


 中身の愉悦メスガキを!?




「犬みたいで」



「…………」




 全員揃って、絶句した。

 あっけらかんと笑顔で言い放った日南の肩を、ぽん、と。

 蘇芳シスコンが叩く。

 エセの穏やかとは違い、真に穏やかな男は、怒りを堪えて、だ。


「……おまえ、人の妹を犬扱いするのよくないぞ」


 はっとする日南。


「確かに言い方が悪かったな。ポメラニアンとかチワワみたいでかわいいと言うべきだった」


 犬種の問題じゃなくない?

 そして、瑠璃がキレた。


「せめてハスキーかドーベルマンだろ……!」

「キレるとこそこじゃないでしょ」


 犬種の問題なの??


 蘇芳は日南の両肩を捕まえる。


「あのな、日南。おまえは基本的にいいやつだけど、一言多い。まともに見えて喋ると変だし、アホがバレる」

「……ふむ」


 至極真っ当な忠告に、日南はしばし考え込む。


「わかった、じゃあ口数減らすか」

「よし」


 解決法それでいいの?



 ▷日南は まともなふりを おぼえた !


 ──このチューニングは異世界で狂い、今の飛鳥は言葉が足りない上に余計なことだけめちゃくちゃ言う人間になっているわけだが。その責任を蘇芳に問うのは酷だろう。

 ひーくんが悪いよ。




「ふ、ふふふ……僕を犬扱いしたやつは初めてだよ……」


 屈辱に打ち震えていた瑠璃は、顔を上げて。

 瞳を爛々と輝かせた。


「おもしろくなってきたじゃん……怒らせるとかもうどうでもいいや。とっとと落とす」

「る、るりさん! やめよう、やめましょう!」


 芽々は本気で止めた。


「あの人は、なんかよくない気がします! 人当たりいいけどまともじゃないです。うなぎとかなまことか、ぬるぬるねちょねちょしててのらりくらりと逃げるタイプです!」

「そういうのをかっ捌いて食うのが美味いんだろうが……!」

「悪食ですって〜〜」


 部屋の隅でわたわたやっている女子小学生たちを、その実情も知らずに仲が良いな〜、と微笑ましく蘇芳は見守って。


「あ、一応、兄として言っておくぞ。日南、いくらうちの妹がかわいいからって瑠璃には惚れるなよ」

「はは、大丈夫。ないない」


 言い切った。




「だって小学生ってガキじゃん」




 そして、瑠璃は察した。

 己が何故、犬扱いをされたのか。

 何故、かわいいと思われていないのか。

 何故、自分に靡かないのか。



 ……あ、シンプルに恋愛対象として見られてないだけだわ。



 と。


「だから中学生はやめようって言ったじゃないですかぁ〜」


 さて、芽々の嘆きはもはや、瑠璃の耳には入らない。

 情熱というものを生まれてこの方知らなかった瑠璃は、初めて燃え上がった。




「ぜっっったい、落とす……」




 世界に思い通りにならないものを見つけた

『先輩はなびかない』という、世界の変えたい事象に出会ってしまった。


 そして、だから、鈴堂瑠璃は変わってしまった。

 それを幼き日の芽々は隣でむざむざと見ることになる。




 ◆◇




「センパイの攻略ロードマップを作ったよ」


 あくる日の放課後の教室。

 黒板に瑠璃はびっしりと文字を書き、芽々に見せた。

 それは一見、複雑な数式のように見えるが……日南を落とす手順、とかいうクソしょうもないものである。


 芽々は思った。

 馬鹿と天才は紙一重というが。



(るりさんが、アホになっちゃった……!)



「というわけで、まずは犬を被ろうと思うんだ」

「なんて?」


 よく目をこらすと、ロードマップの一番目には『犬を被る』と書いてある。

 ……頭が痛い。


「猫を被る、じゃないんですか?」

「僕はもともと猫似だろう?」

「畜生の中でも人間への忠誠心がないやつ、という意味ではそうですね」

「そしてセンパイは犬派の説が有力だ。昔犬を飼っていたらしいからね」

「……だから?」

「犬がお好きならそのように振る舞うだけさ。まずはなんでもいいからかわいいと思わせないとお話にならない」

「自分のかわいげがないことを認めててえらいですねー」

「だから、煽りは封印だ。怒らないなら煽っても意味ないし、落とす難易度が高いなら無駄な好感度をさげるべきじゃない」

「そですねー」



「というわけで、僕は今日から無邪気で人懐っこい犬系後輩だ」



 ものすごい、商標詐欺。

 なれると思っているのか、おまえが?

 犬は犬でも狂犬でしょ。

 だが、芽々はもうツッコミに疲れた。


「もう好きにせえです」

「芽っちたまに関西弁出るのウケる」


 だが、疲弊した芽々の頭に、容赦なくセンパイ攻略ロードマップが叩き込まれる。


「よし、それじゃあ攻略のステップその2はこれだ。『将を射んとする者はまず馬を射よ』、センパイを射んとする者はまず姑を射よ――」




「というわけで、まずはセンパイのおばあちゃんをオトしてくるね!」




「……は?」


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