3節 君は僕の運命。

第24話 後輩の過去はメスガキ。

大変長らくお待たせしました。

更新再開します。


それから。



【書籍化】します!!!!




皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。


来月、6月25日、発売らしいです。

詳細は今後のX(Twitter)や活動報告でお知らせさせていただければと思います。


あたらめて、今後ともよろしくお願いいたします!


X(Twitter):@sachihara_neko




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 寧々坂芽々が鈴堂瑠璃と出会ったのは、十歳の時だった。


 市内のごく普通の小学校。

 そこに転校してきた瑠璃は、クラスの半分を・・・・・・・自分に惚れさせた・・・・・・・・


 人の感情が色で見えるという、持ち前の、霊感と共感覚が合わさった能力で。

 まるでゲームを攻略するかのように、簡単に。


 人からの好感度という、現実には見えないはずのステータスを、面白半分に上げてしまう。

 そうして、いつも複数人をはべらせて。

 その上、とんでもなく飽きっぽいから好意を稼いた相手を簡単に放り出す。


 つまるところ、幼き日の瑠璃は、ハーレムを作っては・・・・・・・・・崩壊させてを繰り返す・・・・・・・・・・、最悪な女子小学生だった。



(――クソ女)


 同じクラスだった芽々は、それを冷めた目で眺めていた。


 当然、最悪な瑠璃は誰にでも好かれていたわけではない。

 人の心が読めるくせに人の心がわからないから、好意と同じくらいに敵意も稼いでしまう。

 クラスの半分は好感度を上げられる代償に、残り半分には蛇蝎のように嫌われていた。


 そして芽々は、瑠璃を嫌いな側であり。

 なのに、よりにもよってその、嫌いな少女に憧れてしまった・・・・・・・



 天に愛されていることを自覚し、傍若無人に振る舞う瑠璃は、芽々の瞳には誰よりも自由に映った。



(……私は、これになりたい)



 ──当時、まだ友達も少なくて。

 幻覚が見えやすい体質のせいでどこか浮いていて。

 幼馴染しか遊び相手なんていなくて。

 あえて誰にでも敬語をつかって一線を引いていた、寧々坂芽々は。


 共に育った幼馴染以外ではじめて、鈴堂瑠璃という少女を〝個〟として認識した。


 だから。


「るりさん、私と友達になりません?」


 自分から初めて、誰かに声をかけた。


 芽々の目は特別製で、瑠璃ですら感情を読むことはできない。だけど、読む必要などないくらいに敵意をあらわにした表情で、芽々がそう言ったものだから。

 瑠璃は、不思議そうに首を傾げた。


「君、僕のこと好きじゃないだろう?」


「はい、全然好きじゃないです。でも友達になりましょう」


「え、好きじゃないのに? おもしろ」


 いいよ〜、とけらけら笑って。瑠璃は芽々に抱きついた。

 芽々が嫌そうな顔をするのも、構わずに。 



 ──この頃の鈴堂瑠璃にはブレーキがなく、寧々坂芽々にはアクセルがなかった。

 楽しいことしかしようとしない少女と、楽しいことをまだ見つけられなかった少女。

 少女たちは互いに補完し合うには相性が良く、そして精神年齢の高さと性格のねじれ具合が、ちょうど同じくらいだった。

 だからたとえ好意がなくとも、二人が仲の良い友達となるのに、時間はかからなかった。


 それこそ、学年を上がってクラスが変わっても一緒に居続けるくらいに。




 ◆◇




 女児は成長が早いというが、特に芽々と瑠璃の二人は早かった。

 齢十にして、話すことは高校生とあまり変わらないような、子たちだった。


 だから、自分たちが子供であることに、退屈し始めるのも早かった。


 学校の帰り道。縁石の上を、確かすぎる足取りで歩む瑠璃は、悲鳴のように声を上げた。


「ひま!」


 隣の歩道で芽々は、いつものことだなぁ、と思って。

 歩きながら読んでいた漫画から顔を上げる。


「そんなにひまなら、何かの一番を目指してみたらいいんじゃないんですか」


「ええ~。一番になって、どうするのさ。それで世界が変わるっていうの?」

「変わりますよ」


 たとえば、一番のゲームプレイヤーになれば、きっとこれからのゲームの歴史を変えてしまうし。

 社長になって何かを一番売れば、みんながそれを買う世界になる。

 それこそ、国で一番えらい人にでもなれば世界をひっくり返してしまえる。


「変えられないはずがありません」


 天才というのは、世界をどうこうできてしまう存在ものだ。


「芽々は、るりさんならできると思ってますけど」


 だけど。


「世界なんて変える必要ないじゃん、別に」


 瑠璃には、やりたいこと・・・・・・がなかった。

 置き勉で空っぽの軽すぎるランドセルを、しょいなおして。



「たとえばこのまま世界が滅ぶ、とかなら別だよ。そりゃあ、なんとか未来を変えなくちゃ。

 でもさ、知ってる? 僕たちが生まれる前に、『世界って実は滅ばない』ってネタバレされたんだ。予言者ノストラダムスは嘘吐きで、悪の大王は空から降りてこなかった。

 ないんだよ、そんなの」


(……知ってますよ、それ。現代魔術界では『予言は外れる』って、昔に研究論文が出てましたから)


 瑠璃は、よく晴れた空を仰いだ。


「あーあ、つまんな!」



「空からなんか、降ってこいよな。隕石はあんまおもしろくないから、いらないや。

 UFOがいいな。宇宙人が攻めてきて、それで世界が変わっちゃえばいいんだ!」


 空を見上げた。

 真昼の、燦々とした光が眩しかった。

 芽々は目を細める。

 日差しの眩しい日はよく、視界がおかしくなる。


 生まれ持った魔力的乱視のせいで、今日は路上の草木がうねる宇宙人の触手に見えたし、空の雲は巨大な宇宙船に見えた。


 それらが全部、幻覚でしかないことが虚しかった。


「……そうですねえ」


『つまらない』と言った瑠璃の言葉に、芽々はゆっくりと頷いて。

 思う。


 ──本当に、世界が変わってしまえばいいのに。


 芽々が見ているものを、みんなが同じように見る世界になればいい。

 そうしたら、世界の全員ともきっと友達になれたのに。


 幼い少女たちにとって、〝世界〟というものは、その足で行ける場所だけ。

 それはとても狭くて、退屈で。


 早熟で、飽きっぽくて、人たらしで、楽しいことしかしたくないのに楽しいと思えることが少なすぎる瑠璃は、早々にその才能の行き場を失くした。


 ──生まれる世界と時代を間違えた。


 多分その感覚が、きっと瑠璃を享楽主義者にしたのだろう。



「ま、僕は今、けっこー満足してるけどね。

 だって――僕のやることを、一緒に楽しんでくれる芽っちがいるし?」


「うっ、るりさんのせいで芽々もカスになっちゃったの、認めたくないです」


 芽々が瑠璃とつるむことになった結果として、必然的に、瑠璃がたぶらかした相手のことまで間近で見ることになった。

 そして、芽々は人の恋愛を眺めるのがおもしろいことに気付いてしまった。


「人の感情、めちゃくちゃにするのがこの世で一番楽しいからね~!」

「心のノート、読み直せ〜?」


 道徳のテストがあったら0点。


「……面白がった芽々が言うのもなんですけど。るりさん、人のラブで遊ぶの、そろそろやめたほうがいいですよ。危ないから」


「え~。でも最近はちゃんと、放り出したあとの後始末までちゃんとしてるよ? 僕を好きだったやつ同士でくっつくように仕向けて〜」


 手でハートをガッチャン、とくっつけてみせる。


「はい、円満カップル成立。問題ないよね?」


 にっこー。


「いや、ありますよ。るりさんが性別気にしないせいでクラスの多様性がやばいことなってるんですよ」


 瑠璃はクラスの半分を、男女関係なく・・・・・・はべらしていたし、後始末でくっつける性別の組み合わせも、全然気にしてくれない。

 おかげで男女、男男、女女の組み合わせがクラスに同比率で発生する異常事態が起きていて――、



「それの何がいけないの???」

「…………」



 なんか、人の性癖とかを……破壊している気がするんだけどなぁ……。

 小学生なので、ギリギリ風紀は乱れていないから、いいのかな。いいんだろうか?


「でも、いつかしくじって刺されますよ。るりさん、飽きっぽいからやること雑なんだもん」


 瑠璃は、ふむ。と途端に理知的な表情をして。


「まあ、そうだね。そろそろ恋愛が性愛に結びつく年頃だ。僕だって、性にだらしがないと誤解されるのは困る。流石にそうなったら、僕にも収拾がつかない敵意を向けられるだろうし。その前評判で向けられる好意って、一辺倒で面白くなさそうだ。なにより、人に嫌われすぎると人で遊べなくなるからね」


「もうちょっと小学生らしくしゃべってください。かわいくないので」

「子供っぽい言葉わざわざ選んで喋るの、疲れる〜」


 可愛げのないガキ、大人の前でだけ仕方なくかわいこぶりがち。

 なお、芽々は瑠璃の反面教師で可愛げのある振る舞いを覚えた。

 おかげさまです。


「よーし、じゃあ最後に一人だけ遊んで卒業しちゃおっか! 誰で遊ぼっかな〜」


 芽々は溜息を吐く。

 人を人と思ってない悪友に、いつか痛い目を見ればいいのになあ、と思う。


 痛い目見ろ、痛い目。




 ◆◇



 そのまま、その日は瑠璃の家に遊びに行ったのだった。


 マンションに上がれば、リビングで瑠璃の兄である蘇芳が二人を迎える。


「おかえり瑠璃、学校楽しかったか?」

「ただいまあにぃ。うん、今日もたくさん遊んだ!(人間で)」


 親が忙しいので代わりに兄が妹を溺愛しているのが、鈴堂家の事情だった。

 瑠璃もまた、兄のいる場では、人の好感度など気にせず、無邪気で我儘なだけのただの妹になる。無邪気なだけで邪悪だけど。


(るりさんを魔物を育てたのはこいつなんですよね……)


 芽々は蘇芳を見上げて。

 自分よりもずっと目立つ赤髪に顔をしかめた。


「芽々ちゃんもいつも瑠璃と遊んでくれてありがとなー」

「はい。面倒を見てます」

「ははは。芽々ちゃんは大人だ」


 芽々は思う。

 瑠璃の少女らしかぬ一人称も、蘇芳の染めた髪色も両方、学校という世界では異端だ。

 それなのに、鈴堂兄妹は何故か両方、学校の中心に居座る才能があって。

 芽々は、納得いかないなぁ、といつも思っている。


 兄の蘇芳はまあ多分、フツーにいい人だろうからいいとして。

 瑠璃は、本当、本当に、もうほんと~に悪い子なのに。

 何が悪いって、本人は自分を「いい子」だと思ってそうなところが悪いのに!


 オレンジ髪をくるくるといじる。


(芽々もちゃんと、上手くやらなきゃですね……)


 だって、あんなクソ女が一応は人気者で。

 ちゃんといい子にしている自分は友達が少ないなんて、負けた気がする。



 そして、芽々はようやく、部屋にもうひとり人間がいることに気付いた。


 瑠璃の兄と同じ学ランの、眼鏡の少年だ。

 芽々はランドセルがひっくり返らないぎりぎりの角度で、ぺこりとお辞儀をする。


「はじめまして。寧々坂といいます。るりさんのお友達をやってます」


 彼は、年下の小学生相手に、正座で居直って。

 名刺交換のごとき丁寧さで返した。

 

「あ、どうもどうもご丁寧に。俺は、鈴堂……だと妹いるしややこしいな、蘇芳の部活仲間で。日南と申します。」


 芽々はおどろいて、ぱちぱちと瞬きをする。

そんな二人を、瑠璃は後ろから覗き込んで。


「あれ、君、兄ぃの友達? 名前覚えるのめんどいから『センパイ』でいい?」

「はは、いいよ」


 瑠璃は年上相手だと、好感度をガン無視する失礼な女になる。


 芽々を対等に扱って、瑠璃の失礼さを、特に気にしない日南に。

 芽々は思う。


(……なんか、大人かもです)



 蘇芳が言う。


「そうだ、二人もオレたちとゲームやる?」

「え〜、そのゲーム、僕やったことないけど。兄ぃが一緒に遊んで欲しいなら遊んでやってもいいよ」

「蘇芳、俺らやり込んでるし、ちょっとハンデつけたほうがよくないか?」


 日南の気遣いに、芽々は思う。


(……多分いらないと思いますよ〜)


「ああ、そうだな。瑠璃にハンデをつけたほうがいい」

「は?」


日南は、何も意味をわかってない顔をした。




 ──そして、案の定。

瑠璃は初見のゲームで兄たちをボコボコにして、冷めた目で言い放った。



「は〜〜……こんなの楽しんでんの?

 ザッッッコ。ダッッッサ。 

 兄ぃの友達っていうからおもしろいやつかと期待したのに。

 センパイ、ガキじゃん」


 空気が凍る。

 芽々は負けて悔しがる暇のなく、額を抑えた。

 本当に瑠璃は、愛嬌を振り撒いても最悪だし、愛嬌を振り撒かなくても最悪だな、と思った。


「……なんだぁ?」


 ――プツン、と血管が切れるような音がした。

 切れたのは血管ではなくて、テレビの電源だった。

 日南が、電源を切って立ち上がる。



「このクソガキ……そこに直れ、礼節を叩き込んでやる……」


「待て待て、人の妹に殺気立つな!!」



 瑠璃に掴みかかろうとする日南を、慌てて止める蘇芳。

 それを見て、芽々は思った。



 ―—あっ、全然大人じゃない。ガキだこの人も!



 小学生にとって中学生とは別世界の住人だが夢を見る価値など少しもないのだということを、初めて芽々は学んだ。


 ……そっか~。制服着ててもガキなんだ~~……。


 それはそう。目の前の男も数か月前はテカテカのランドセル背負っていたと思うと、すべての納得がいく。


 一方で、瑠璃は、きょとんとしていた。


 年上あにに甘やかされ慣れている、生粋の妹気質だ。

 人をたぶらかす悪癖こそあるが、間近で観察できなくて面白くないからという理由で他学年にはあまり手出ししてこなかった。

 だから、年上に敵意を向けられたことはとても少ない。


 多分、めずらしかったのだろう。

 目の前の、キレ散らかしてる年上センパイが。



「ふーん……こいつでいいか」



 にまり、と笑った瑠璃の横顔。

 遅れて、今、瑠璃は〝最後に一人だけ遊ぶ相手〟を決めたのだと、芽々は気付いて。


「ハッ!? ばかっ、中学生はやめときましょって!」


 大きくなるほどその遊びは危険だって話、したばかりでしょ!?


しかし、新しい玩具を見つけた瑠璃は聞く耳を持たない。



 ──それが、まあ、お世辞にも行儀がよろしいとは言えない、日南と瑠璃の出会いだった。


 必然ではなく偶然で、彼でなければならない理由などひとつもなくて、ただ、彼がその日その場所にいたというだけの、運の話だった。


 それが運命・・になってしまうことなど、まだ誰も知らなかった。




「あ~~……さいあく。ほんと、痛い目みやがればいいのです」


 蘇芳にがんじがらめにされながらクソでかい舌打ちをしている大人げない先輩に、芽々は目くばせをする。


(適度に、適度にね。痛い目見せてください。芽々は、期待してますよ。日南ひな先輩)




 ――寧々坂芽々の不運は、その男が、加減を知らなかったことだ。


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