純文学を書きたいだけの奴は大体嘘つき。

百百百百

純文学を書きたいだけの奴は大体嘘つき。

 純文学を書きたいだけなんです。ネット小説とはひと味違う、私だけが紡ぐことの出来る小説をしたためたいだけなんです。


 インターネット上にはたくさんの小説が無造作に転がっていますけれど、私が読みたいものは俺TSUEEEEやチート、転生や成り上がりや悪役令嬢なんかじゃあなくって、ひとひとりの人生をそのまま絞り出したみたいな濃密で純粋で、読み応えのある小説なんです。

 流行りの小説って確かに存在するとは思うんですけれど、読まれやすいであろう大衆小説だって確かに存在するとは思っているんですけれど、私はそこに迎合したくないんです。

 私が書いている小説はそんなに軽くて安っぽいものじゃあなくって、誰にでも股を開く女でもなければ、読み捨てられる運命にあるペーパーバックみたいなものじゃあないんです。ひとの生きている様をそのまま写し撮ったような、深みのあるリアリティに溢れた小説なんです。


 小説家になろうじゃあなくてカクヨムに来たのも、そういった純文学が書けるからだと思ったからなんです。

 けれど、カクヨムで純文学を書いてもちっともPVが伸びません。そもそもまったく見つけてもらえないんです。

 私はわたしにしか書けない唯一無二の小説を書いているのに。流行りの小説とは違う、素晴らしい小説をしたためているのに。どうしてかまったく読まれないんです。

 だから、私はカクヨムなんてやめてどこかほかの所に行って作品を発表します。

 ここには私の理解者はいないんですから。どこか私を理解してくれるフィールドで。私の実力を認めてくれる場所で、小説を公開していきたいと思っています。


 純文学にはエネルギーがあります。それはレベルアップでは得られない、ひととしての純粋なエネルギーであり経験なのです。流行りの小説しか存在しないカクヨムには辟易しました。このサイトに、本当の意味での小説は存在しないので――


「っせえよ」


 頭の中にいるもうひとりの私が言う。うっせえよ。うっせえよ、お前って。お前それ、単に言い訳をしてるだけじゃんって。

 俺TSUEEEEをろくすっぽ読んだこともねーくせに、純文学の方が高尚なものだって断ずるその神経を疑っちまうよって。


 レベルアップだって成り上がりだってスローライフだってどれも立派な小説だ。読まれやすい異世界ファンタジーという世界観を十二分に活かして、現実にある職業や技能をフィードバックして書かれている小説だって多い。

 多くの読者を惹きつける展開力やスピード感がある。更新速度だって作家の努力の賜物だ。読みたいヤツは毎日でも続きが読みたいから、需要に供給を追いつかせるために作家は毎日必死になって書いている。

 転生小説は時代に選ばれるべくして選ばれた小説だし、流行りのテンプレに則っているからといってそれらが没個性であるかと問われればはっきり言ってまったく違うと言わざるを得ない。それらは完全に唯一無二だし、人生経験の浅いメンヘラが書いた純文学もどきの数千倍は面白い。


 そもそもセックス経験も浅く、不倫をするでもなくパチンコで生計を立てるでもなく生活保護を受けたこともなく、母親の宗教勧誘や健康水の販売に同行することもなく、身近なひとの死を直接看取ったわけでもなく、生まれつきのブスを改善するために風俗で懸命に働いたこともないくせに、芥川賞受賞作を読み漁りそれらに類した真似っこ小説を書いていたって、そんなクズみてーなヤツが必死こいてしたためた純文学もどきを、ただの下手くそが書き下ろした劣化した小説を、一体どこの誰が読むっていうんだ? 誰がどこにどんな風に共感するっていうんだ?

 そこにシンパシーは生まれねえ。ただお前の自己満足、下手くそなオナニーをしこしこ見せつけているだけの小説のどこに価値があるっていうんだ?


 ストロングゼロ文学だってお前には書けない。お前に書ける話はせいぜいリストカット文学だけだ。手首を伝う血の温かさとか、切り傷のひりひりとした痛みとか、いつまでも治らない黒ずんだ手首とか、お前の書ける小説はそれくらいのもので、それだってありふれた自傷癖小説のひとつに過ぎない。

 お前は劇団員でもなければ漫才師でもないし、風俗嬢でも整体師でも、背番号1を背負って甲子園で投げたピッチャーでもなければ、有名大学の准教授でも化粧品売り場の販売員ですらない。つまりお前は空っぽなんだ。中身がない、すっからかんの人間だ。そんな空っぽの奴がしたためた小説なんて、誰が読みたい? 誰も読みたくない。誰も、彼も。

 ――実のところ、気づいているんだろう? そんな奴の書いた小説なんて読みたくもない。たとえ﹅﹅﹅お前自身ですらも﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅

 純文学を書きたいだけの奴は大体嘘つき。

 したためた小説は誰にも読まれずに。思い浮かんだアイデアはしたためられることすらなく。やがてすべてを発表することが鬱陶しくなって。ただそれだけの。ただそれだけの人生。


「うう、うるさいっ! うるさい、うるさい、うるさいっ!」


 私だって、望んで今の状況になったわけじゃあない。

 就職氷河期に行きたくもない広告代理店に入社したし、そこで先輩に無理やり処女を奪われていればまだ物語性があったのにそれすらなくて、ただひたすらに新聞広告の文字打ちをする日々に嫌気が差して、病む前にクビを切られるみたいな形で退職して、ハローワークで適当な対応をされたせいで失業手当はいつまで経っても振り込まれず、一念発起して資格を取って再就職したネイルサロンは一ヶ月で潰れて、ひと付き合いが苦手だからそもそもサロンで独立が出来るはずもなく、そのまましばらく過ごしていたらニートと呼ばれるようになって、いっそのことオトンやオカンに暴力でも振るわれていたら可哀想な私でいられたのに腫れ物に触るように気を使われるだけで、ツイキャスを聴いているうちに平成が終わっていつの間にか令和が訪れていて、私は特に何者にもなれていなくって、令和二年はコロナで就職活動もままならずにひたすらに引きこもるしかなくって、確定申告をしたこともないのに前年度の収入がありますなんて偽って、持続化給付金詐欺で捕まっていれば多少は劇的だったのに捕まる前に自分からビビりまくってしまって返金をして、でも一番悲劇的なのはこんな私みたいな人間は唯一無二でも何でもなくって、平成に打ち捨てられたただのひとりの女で特別な価値も希少性もなくって、小説をしたためようにも誰もこんな女の自叙伝なんて読まない。


「特別な何者かになれなかった」

「若い頃は人生はとても華々しいもので」

「角を曲がると素敵な伴侶が待ち構えていて」

「仕事をやめるのが惜しいから残ってくれって言われながらも」

「営業部のエースと熱愛結婚して」

「子宝に恵まれて家は広い庭付きの一戸建てで」

「つつましさと派手さのちょうど中間くらいの車を買って」

「旅行で四十七都道府県を制覇して」

「薔薇色の人生を送ることが出来る」

「それだけの人生を夢見ていたし」

「もしくは」

「ひとり身ではあってもそのカリスマ性で」

「漫画家や小説家として華々しくデビューして」

「先行きに何の不満も憂慮もなく」

「書く作品書く作品はすべて評価されて」

「ドラマになったりアニメになったり劇場版になったりして」

「何百億円の男を生み出して世の中の注目を一身に浴びて」

「ああやりきったなあ楽しかったなあって言って」

「穴があったら入りたいとばかりに潔く棺桶に収まる」

「ただそれだけの人生を夢見ていた」


ただそれだけの人生を﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅夢見ていたというのに﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅


 曙光が背中を暖めた。

 真冬の朝の空気はとても冷たくて、SNSにはひとがほとんど住んでいない。二十時の喧騒も、二十二時の狂騒も、二十四時の高揚も、深夜二時の絶望も、深夜四時の別離もなくって。午前五時の澄み切った空気と共に、私は何度でも生まれ変わる。


「……うあ、頭……、いた……」


 頬にキーボードの痕がついてしまっていた。

 いつの間にか、眠りに就いてしまっていたらしい。床にはビールの缶が何本か横倒しになっていて、カーペットは無惨にもびちょびちょになっていた。

 エアコンから排出されるぬるい空気だけが私を静かに見守っている。

 顔をこすってからパソコンの画面を凝視すると、連続している『っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ』の文字。溜息を吐きながら、編集画面をコントロールAで選択し、デリートした。


 私の物語は小説じゃあない。


 だから、劇的なことは起こらない。

 頭が割れるように痛くても実際にぱかっと割れるわけじゃあないし、中から火星人が地球の男に飽きたところなんて歌い出さない。宗教勧誘に感銘を受けるわけでもないし、神は何にも見てはいないし、コロナにかかるわけでもない。たぶんそれは自意識の高さというよりはそもそも外出をしていないからだし、ご飯もほとんどウーバーイーツで済ませているし、概ね自分でお金は出していない。株をやることもないから大損をすることもないし、文学誌をいくつか定期購入しているけれどここ数か月は部屋の隅でトーテムポールになっている。エリマキトカゲはブームにならないし、ケサランパサランも現れないし、補陀落渡海をすることもない。持続化給付金の百万円には羽が生えて飛んでいってしまった。


 私の人生は小説じゃあない。


 だから、ここから逆転劇は起こらない。

 小説は相変わらず読まれないだろう。恋人は永遠に出来ないだろう。親はいつか必ず死ぬし、老老介護になる可能性だって捨てきれない。私にお金を無駄に使ってしまっているせいで、老人ホームの頭金をすべてこすった親。何も返せないままに、ただ与えられたままに。恩返しどころじゃあない。子どもにすべてを食い潰されて、都合よく利用されるだけされて、私の親は死んでゆく。

 それらも何度も言うように劇的でもなければ物語性もないし、ほとんどのひとにとってはどうということもない何でもないただの日常だ。日常をわざわざしたためても読みに来る人間はどこにもいないし、私はこれからどこに行くのかちっとも分からない。

 この文章だって、入り口だけは決めていたけれど出口はまったく決めていない。既に袋小路に入ってしまっているとさえ言えるし、ある意味で次の行で終わってしまっても問題ないとさえ思える。

 私の人生は小説でも何でもないけれど。


 私はここにいる﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅


 キーボードを叩く。昨日も、今日も、たぶん明日も叩くだろう。鐘の音が響くことだけを夢見て。私はここにいる。キーボードを叩き続けることで、何か変わるかもしれない明日を夢見て。


私は﹅﹅ここだ﹅﹅﹅


 人生は続く。

 キーボードは叩かれ続ける。

 そして。


 逆転劇はたぶん、起こらない。




〈了〉

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