カレッジ入学(12歳)
第5話 12歳の入学式…の前に。
俺の本のような魔法についてわかったことがいくつかある。
本はいつでも取り出し可能で、手に持っている感触――より正確に言うなら表紙を指先で撫でた時の感触を思い浮かべると『いつの間にか持っている』という形で取り出せた。それに気づくなり面白くて十数回出したり消したりを繰り返してみたが、特に回数制限はないようだ。
その本自体も丈夫で、傷つけることは俺のできる範囲では不可能。
ただこれだけだと本型の鈍器としてしか使えない。初めて本が現れた時のことを思い返し、両親に頼んで魔法を見せてもらい検証した。
どうやらこの本は『俺が観測し』『魔法自体に本の一部が触れる』ことを条件に、対象の魔法をコレクションに加え――所有者、つまり俺の魔法として行使可能にするもの、らしい。
最初に本の切れ端としてあの場に現れたのは、魔法として初めて発現したため不完全な状態だったが……たまたま俺の観測している魔法に触れて完全に覚醒したといったところか。ベッヘルさんには悪いことしたな……。
ただおかしいのは元になった魔法とコレクションに加えられた魔法の威力がまったく違うことだ。
父さんから見せてもらったベッヘルさんと同じ浮遊魔法、許可を得てそれをコレクションに加えてみようと試したところ、すでに取得済みというタブが現れた。
ということは魔法を使う人物やその人の力量は関係ないんだろうか?
なんとなくルールがありそうなのでもう少し調べてみようと思う。
(……で、そんな魔法の解明よりも気になることが出来たわけだが)
俺は本の表紙を撫でながら考える。
この魔法自体というよりも、これを使うことで実現可能なものについて。
(色んな魔法を自分の意思で使ったり、組み合わせることが出来れば――『ゲーム』の再現も出来たりするんじゃないか?)
この世界に生まれ変わり、得られなかった最愛の娯楽にして最良の趣味。
世界そのものがゲームじみていたって得られない楽しさ、それをもう一度味わいたかった。
好きなゲームをプレイできるならそれだけで幸せ、そんな人生を送ってきた俺が今まで人生ゲーム等の初歩的なもので我慢できたのは僥倖じゃないだろうか。
……というか手段が手に入ったなら実行してみたい。
魔法のコレクション自体もゲームの収集要素っぽくて滾るけど、ここはやっぱり何らかの画面越しにプログラムされた世界を味わいたいんだよ俺は……!
と。
熱くなってはみたものの、ベッヘルさんの時のように無断で魔法を頂くのは後味が悪いことを学んだ。普通に申し訳ない。
というわけで夢が決まり、夢の実現のために魔法を集めるとしても、コレクションは許可制にしようと思っている。きちんと特性を説明した上で加えさせてもらうわけだ。
故郷の――日本のゲームだってそれを形作る要素は様々な人たちから譲り受けたもので、無断使用はご法度なんだから妥当だろう。
ひとまず今のコレクションは『風魔法応用・浮遊』と、母さんに貰った『風魔法応用・感知』の二つ。
後者は風の流れで気配などを感知できるものだ。武術の達人もびっくりな代物だが、母さんが使うと部屋の中に我が子がいるかどうかくらいしかわからないらしい。子育てには役立ったようだが。
俺が使うと……酷かった。
屋敷中の気配が一纏めになって感知され、しかし受け手の俺の脳はひとつのため間近に数百人の人間がひしめいているような感覚に襲われ吐くかと思ったのだ。
使用時に魔法の力加減が可能かどうかも調べないといけないな……。
いや、その辺りは真面目に模索しよう。ゲームを作れそうな魔法が集まったけどそれぞれ手加減できなくて組み合わせるのは無理でした、なんてことになったら目も当てられない。
――共に生き、調べ、使いこなしていくべき対象である魔法。
俺は自分のこの魔法をコレクト魔法と呼ぶことにした。
俺の人生の収集要素で、俺の人生の生き甲斐を作り出すためのものだ。
そんなコレクト魔法を携え入学することになった王都のリジェットカレッジ。
魔法を使える子供が通う学校ということは、色んな魔法に出会う機会が多いということ。
俺本来の火属性の魔法を伸ばす手立てもあるだろう。これもゲーム作りに応用できるかもしれないし、もし出来なくても自前の力で扱える手札は多いに越したことはない。
12年のブランクはあるが、俺は再び学生という身分を得るわけだ。
そう、一週間後に控えた入学式から。
***
「さすが王都、賑やかさがヴェスメールとは段違いだな……」
こちらの世界での故郷と見比べながら俺は馬車から降りた。
両親は同行していない。この世界では入学時に親が同伴するのは少し恥ずかしいことらしく、見送りはヴェスメールを出る際に済ましてきたのだ。
親だけでなく親戚中の期待を背負って送り出されるのはさすがに緊張した。
同じく荷物を片手に馬車から降りたヤンも緊張しているのか表情が険しかったが、俺を一瞥するとカレッジのある方向へと早足で歩き始める。
俺も馬車主にお礼を言ってから慌ててその後を追おうとしたが――
(いや、多分あれは一緒に向かいたくないだけだな。なら少しだけ遅れて行くか……)
――そう思い直す。
カレッジまでの道も事前に地図で教えてもらっただけ。まだ寄り道を出来るほどの土地勘はないので歩く速度を落とす程度になるが、まあこれでも十分だろう。
……あれから2年間、ヤンはずっとあの調子だ。
なんとなく前世で俺をいじめていた時の雰囲気に似ているが、まったく同じというわけでもない。
俺から話しかけるほど悪化したため今はなるべく刺激しない方向で対応しているんだが、そんな俺と同じカレッジであいつは良いんだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると前方に群青色の髪を下の方でふんわりと二つにくくった女の子が見えた。服から覗く手足は褐色で、どことなく異国っぽい雰囲気がある。
(青い髪なんて珍しいな……)
少なくとも故郷では見かけなかった髪色だ。
この世界は髪色も目の色もカラフルだが地域によって偏りはある。俺やヤンの赤い髪も親戚には多かったが、王都に来るとあまり見かけない。まあこれは来たばかりだし今後覆るかもしれないが。
なんとなく女の子の背を眺めていると、突然その子が視線を下げたのが見えた。
……手の平を見てる? 歩きながら?
そう不思議に思っている目の前で女の子は店の看板に躓き、くぐもった声を出して転倒する。ぎょっとした俺は思わず駆け寄って手を貸した。
「大丈夫か? 大分派手に転んだけど……」
「も、問題ないです。……! 看板は……!?」
自分の身より先に躓いた看板の心配をした女の子は視線を巡らせ、重石を仕込んであったらしい看板が微動だにしていないのを見てほっと胸を撫で下ろした。
「よかった……」
「安堵してるところ悪いが、ほら、これ使ってくれ。鼻血が出てる」
「……!? すみません、大丈夫です。自分のが――ある、のですが、忘れてきました……」
女の子はしょげつつ申し訳なさそうに俺が差し出したハンカチを受け取る。
落ち着いているのに抜けた雰囲気のある子だ。片目を前髪で隠しているが、それ以外は暗めの色合いも相俟って地味に感じられる。ちなみに俺としては地味っていうのは長所のひとつだと思う。
「少し緊張していて、その、手の平に星のマークを描いて飲んでたら躓いてしまいました」
「人の字じゃないんだな」
「?」
「ああいや。とりあえず他に怪我は?」
女の子は立ち上がると体を確認し、大丈夫、と頷いた。
安心した俺は先を急ぐことを伝えてから女の子に言う。
「ハンカチは血が止まるまでそのまま持っててくれ、予備があるからさ」
「あっ……えっと。名前は……? 私はアラメア・カラニ」
女の子――アラメアにそう訊ねられ、俺は笑みを浮かべて「セスだ」と返した。貴族然としたフルネームだと恐縮させてしまうかもしれないし、セスだけでいいだろう。
本当はどこかの病院に送り届けたかったが、入学式に遅れると故郷の両親や親戚に申し訳が立たない。
鼻血以外は問題ないようだが、あとできちんと診てもらうよう伝えてから俺は再びカレッジに向かって歩き始めた。
セスのグリモワール ~いじめっ子と双子の兄弟に転生しましたが復讐そっちのけで趣味に生きます~ 縁代まと @enishiromato
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