第4話 節目の年を過ごす

 セスには見たこともない魔法の才能がある。


 ――そう親戚たちが騒ぐ中、どうにかして天井から下りた俺は両親の計らいでさり気なく目立たない位置……正確に言うなら父親、父さんの陰に匿われていた。

 他の親戚たちがあまりにも興奮しているので守ってくれているらしい。

 こうして大人に庇護されるのは少し久しぶりで、俺は魔法の結果よりもこっちの方に戸惑った。


(そういえばヤンはどうしたんだ? 多分あっちも才能が開花したはずだけど……)


 俺が騒ぎを起こした時には近くにいなかった。

 きょろきょろと辺りを見回していると少し離れたところから「こんなところにいたのか!」という大人の声が耳に届く。

 見れば柱の陰に隠れていたらしいヤンが親戚のおじさんたちに囲まれていた。

 おじさんたちは怒っているわけではなく、どこか子供のようにわくわくしている。俺の魔法を見て興奮していたのと同じ状態みたいだ。


「セス君の魔法を見たが凄かったぞ、将来有望だ! 双子の君も何か凄いことができるんじゃないかい?」


 そう目を輝かせるおじさんとは正反対の顔でヤンは黙り込んでいた。

 与えられた才能は恐らくこの世界の一般的な魔法より有能にできている。なのにあの表情、もしかして有能だけど使い勝手が悪いものに当たったのか……? それとも人に言いづらいものだろうか。

 何にせよヤンは困っているように見えた。

 両親は他の親戚の相手で手一杯な様子。会話を無理に切ると失礼になるのかもしれない。

 こうなったら、と俺は父さんの袖を引いて言う。


「ちょっとお手洗いに行ってくる」

「……! ああ、わかった、ゆっくり行っておいで」


 騒ぎの原因が一旦席を外せば少しくらいは沈静化するだろう。

 なんとなく俺が気を遣っていることを感じ取ったのか、父さんは「すまないな」と俺の背中を軽く叩いて送り出してくれた。

 その足でヤンの元まで駆け寄る。

「ヤン、一緒にトイレ行こう! さっきジュース一気飲みしてたろ!」

「は!? おま、何――」

「いいからいいから!」

 おじさんたちの間からヤンの腕を引き、トイレに急いでいるふりをして俺は広間から廊下へと出た。

 しばらく進んだところでヤンの方から腕を振りほどいて立ち止まる。

「な、な、なんだよ急に。気でも遣ったつもりか!?」

「お節介だよ。それに会場があんな雰囲気になったのは俺のせいだしな」

「……」

 もっと目立たないように確認すべきだったのにヘマをしたのは俺だ。

 その結果ヤンまで騒がれる原因になったならこれくらいはする。

 しかしヤンは眉根を寄せて黙った後、自嘲気味に笑って言った。


「余裕だな。随分と良い力を貰ったんだろ、お前」

「俺は――」

「言わなくていい!」


 ヤンはゆっくりと後退した。

「前にも言ったけど俺の力はお前なんかに教えないからな」

「うん、わかってる」

「……俺は部屋に帰る」

 俺は引き留めようと口を開きかけ、しかし途中でやめた。ヤンに何があったのかわからないが、どうやら俺だと何をやっても地雷を踏んでしまうようだ。

 なら一人になって落ち着く時間を作った方がいいのかもしれない。

「父さんと母さんには俺から言っておく」

 代わりにそう言ってヤンを見送った。


 落ち着けばまた俺を敵視しつつも元通りになる。


 そう思っていたが――結局、この日を境にヤンは俺との間に見えない壁を作ったようだった。


     ***


 この国では属性の適性検査が9~10歳頃から行なわれ、才能のある者はカレッジ……要するに魔法学校に入学することになる。

 カレッジは各都市にあり、基本的には初代校長の名前を冠して呼ばれるらしい。

 ルントシュテット家が治めるヴェスメールという土地にはヴェスメールカレッジがあるが、これはこの土地を開拓し名前をつけた人間が魔法学校の校長に就任したからだ。実際は土地名とカレッジ名は別々であることがほとんどだという。


 ヤンは適性検査でルントシュテット家でよく見られる風属性の適正値が高く出た。

 俺は火属性の適正値が高く、あそこまではっきりとした浮遊魔法を使えたのになぜ? と両親を酷く混乱させたが、親類にも火属性がいないわけではないので尾を引くような混乱にはならなかったのが幸いだ。


 俺は魔法の才能が豊かであると判断され、地元のカレッジではなく王都のリジェットカレッジという魔法学校に通わせたいと父さんと母さんは考えているようだった。

 一方ヤンに関しては迷っているらしく、双子で離ればなれになるのは可哀想だけれどヴェスメールカレッジにしようか、と――そう話していたところにヤンが凄まじい剣幕で言ったのだ。


「俺だって才能はある! セスには負けない! 王都に行かせてくれ!」


 その必死な様子が両親には魔法を学ぶことへの意欲の高さに見えたようで、資金的に少し無理をする形になるが息子を二人とも王都のリジェットカレッジに送り出すことにした。

 ……俺にもヤンの真意はわからないが、魔法を学ぶことに何か価値を見出したならいいなと思う。

 何も目標を持たずに生きるには世界は広すぎる。



 カレッジ入学は12歳の4月から。

 それまでは家庭教師についてもらい、生きるために必要な通常の勉学に励むことになる。

 俺の得た本のような魔法についても入学までに調べられることは調べておこう。


 そう考えながら、ヤンの動向が気になりつつも俺は10歳という節目の年を過ごしていった。

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