第3話 10歳のバースデーパーティー

 10歳という節目ということもあり、俺たち双子のバースデーパーティーは盛大に行われた。

 その最中に叔父であるベッヘルさんが見せたのが紙吹雪を舞わせる風魔法だ。

 ベッヘルさんは風属性の魔法の才能があり、色んなものを部屋の端から端まで飛ばして着地させるという芸も見せてくれた。着地の瞬間に風でクッションを作っているためティーカップでも割れたりはしない。

(こんなに器用なのに魔法の才能は平均値扱いなのか……)

 聞けばこれくらいのコントロールなら才能のある者なら子供の頃から会得しているのだという。

 更に観察しているとベッヘルさんは三つほど芸を見せてくれたところで疲れたのかイスに座って「はい、終了!」と両手を上げていた。

 なるほど、魔力の容量も少ないらしい。容量の多い少ないもまだ自分には判断がつきにくいが、魔法で戦争を行なっていた時代もあったそうなのでこの持久力では難しいだろう。


「おじさん、さっきの魔法って俺も使えるようになる?」


 気になって訊ねてみるとベッヘルさんは「セスの属性によるね、もう診断は受けたのかい?」と首を傾げた。

 この世界では属性持ちの魔法はそれに合った属性の人間にしか使えない。だが無属性の魔法も多く、例えば先程見せた芸は風を利用して飛ばしていたが、無属性魔法で空中浮遊させることで同じものを再現することもできるのだとベッヘルさんは教えてくれた。

(ただし無属性魔法は才能薄い者には扱いが難しく、うちの家系だと結局自分の属性に合った魔法でギリギリあれくらいの魔法を使うので精一杯……ってことか)

 魔法、面白そうなんだけど向いてなさそうなのがここで惜しくなってきたな……。

「診断はまだだよ、母さんはそろそろしたいと思ってるみたいだけど」

「カレッジに入学する前にわかってないと大変だからなー」

「ねえ、さっきの魔法、もう一回だけ見せてもらっていい?」

 おじさんもうヘトヘトなんだけどなー、と笑いながらベッヘルさんは手の平の上でスプーンを浮かせてくれた。……うん、良い人だ。


 俺は浮いているスプーンを間近でじっと見る。

 柔らかな風を起こして常に下から浮き上がらせているらしい。常に吹いているわけじゃないから時々スプーンが上下していた。

 そんな不安定な動きをしているのに落ちないよう微調整されている。やっぱりこれで平均値とか信じられないな、魔法を手足のように使っていれば達する域なんだろうか。

 そう観察していると不意に目の前に紙切れが落ちてきた。

「……?」

 風で巻き上げられたんだろうか?

 でもさっき使ってた紙吹雪の紙じゃない。古い無地のノートの切れ端って感じだ。

 なんとなくそれをキャッチしようとするも、するりと指先から逃げてベッヘルさんの手元に引き寄せられていく。そしてスプーン――正確にはスプーンを浮かせている風に触れた瞬間、紙切れが真っ赤に染まって俺とベッヘルさんはぎょっとした。

「なんだこれは?」

 ベッヘルさんは赤くなった紙切れを摘まもうとするが、今度はその指先を避けて俺の手元へと滑り込んできた。

 途端に紙切れは大学ノートほどの厚みを持つ本の姿になり、突然手の上に現れたそれを俺は取り落としそうになる。見た目より重たいのはハードカバー式になっているからだろうか。

 表紙に描かれている目を簡略化した図と魔法陣を見て、俺たちを転生させた神々の無機質な目を思い出した俺はハッとした。

 もしかしてこれが俺に付与された才能か?

(けど紙切れが赤くなって本になるなんて一体……)

 呆気に取られているベッヘルさんの前で恐る恐るページを開いてみると――白いページが続く中、唯一赤い色になったページに『風魔法応用・浮遊』と書かれていた。丁度ページを六等分した右上にあり、名称の下に説明文と手で物を浮かせる簡易的な絵が添えてある。

「もしかしてこれってセスの魔法かい? 本を透明化させてびっくりさせようとしたのか、診断済みなのも伏せて策士だなー」

「い、いや、違……」

「いつから練習してたんだい、そんな小さな頃から魔法を使えるなんて父さんも母さんも大喜びだったろ」

 にこにこと笑うベッヘルさんは「ところでこれ、何て書いてあるんだい?」と本を指して言った。


 そういえば……この本に書いてある文字は日本語だ。


 転生時に何かされたのか言葉も文字も翻訳が利いているが、言葉と違い文字は日本語に見えるというわけではない。書かれている現地の文字を見ると意味が脳に直接浮かんでくる感覚だ。そのおかげで小さな頃から様々な本や卓上ゲームのルール等を読むことができた。

 しかしこの本の文字は直接日本語が書かれている。

 かなり久しぶりに目にしたが違和感なく読めたのはここにも翻訳が利いていたからだろうか。言語に関係なく発動するらしい。

 何はともあれ、これでこの本が神々が授けたという才能の一部だということが確定した。


(力の行使はそれぞれが慣れ親しんだユーザーインターフェースを模したもので行なえる……たしかそう書いてあったな、それが本?)


 本以外にも慣れ親しんだものは多かったはず。

 そう、例えば……ゲームとか。

 そんなことを考えながら『風魔法応用・浮遊』と書かれた部分に触れる。インクで書かれているのか確かめたかっただけだったが、触れた瞬間そこに半透明のウィンドウのようなものが浮かび上がって俺もベッヘルさんも再びぎょっとした。

 ……魂は違うけれど、こういう時に同じ反応をしてしまうと血を感じる。

「それ……も、魔法……?」

 ベッヘルさんも想像のできないものだったらしく、そうしきりに目を瞬かせていた。

「た、多分」

 そう濁しながら俺はウィンドウを見る。『風魔法応用・浮遊』欄の範囲内に収まる小さなウィンドウだ。VRゲーム等で空中に表示されたタブに近い。

 ウィンドウには『使用しますか?』という問いの下にはいといいえの選択肢が用意されていた。

(ええと……もしかして他人の魔法を使えるのか?)

 勝手に人の魔法を収集して使用するのは抵抗感があったが、俺は好奇心に負けて『はい』の選択肢を押した。

 それと同時に気づく。


 どこから風を起こすって指定したっけ?

 風の強さは?

 そもそも何を浮かせる?


「……あ」

 早まったかもしれない。

 そう思ったが後の祭り、さっきまでベッヘルさんが手の平から風を作り出していたのを見ていたせいか俺の右手から発された風は触れているものを浮かせようとした。しかし右手は選択肢を選んだ後はどこにも触れていない。

 代わりに手の平が向いていた方向にあったのは俺自身の体。


 結果、突然天井近くまで浮かび上がって大回転した俺は部屋にいた全員の視線を浴びるはめになったのだった。

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