第2話 ヤンの敵

 ルントシュテット家は王家の遠縁に当たる貴族の家系だ。王都から離れた、しかし豊かな土地を治めている。

 ただし一族の魔力は平均値で、基本的に人柄と資産で地位を保っていた。

 ……そう、アステルヘルムはどの国も魔力や魔法の行使技術がステータスのひとつで、社会的地位を獲得する上でも重要な要素を担っている。いくら貴族に生まれたとしても故郷を離れれば相応の評価しかされなくなるだろう。

 そう思うと魔法以外の才能で領民に好かれている両親及び近しい親類はかなり凄いんじゃないだろうか。

 一族の他の特徴として赤い髪と金色の瞳がある。俺たち双子も例に漏れずその色を受け継いでいた。



 当面の問題はゲームをしようにもゲーム機やソフトがないこと。それを作るためのものもない。

 魔法でどうにか上手く出来ないだろうか、と模索していた時にこのルントシュテット家は魔法の才能は平凡という情報を聞いてしまった俺の切なさたるや筆舌に尽くし難い。


 ゲームが無ければ漫画や小説でもいいんだ。

 創作の世界は勉強一辺倒だった俺の心の支えになってくれた大切なもの。

 前世の両親は俺がちゃんと言葉にして「これが欲しい」と言えば反対せずに与えてくれた。創作の世界に傾倒せず勉強にも身を入れていたからかもしれないが、親が認めてくれたっていうこと自体が嬉しい思い出になって、そのおかげでより好きになれた気がする。


 探してみると漫画の文化はなかったが、小説と小説の挿絵の文化はあることがわかった。物語を描いた舞台もあるらしいが、それはもっと都会に行かなくては開催していないらしい。

 更には俺の想像しているゲームとは違うものの、その先祖的なもの……つまり娯楽用の卓上ゲームも存在していた。

 チェスや将棋はやったことがないが、これを機に覚えてみるのもいいかもしれない。どうやら俺たちの今の父親が熱中しているようなので、訊ねればやり方を教えてくれるだろう。



 今日はその中でもルール把握が一番簡単な『ピピアの一生』という卓上ゲームを床に広げ、母親に見守られながらヤンと共にゲームに興じていた。

 ピピアという種族の妖精になってサイコロを振り、進んだコマに書いてある事柄で一喜一憂するゲーム。つまり人生ゲームの一種だ。

 コマを前へ進めながらヤンは母親の死角から俺を睨みつけて呟く。

「お前、よく平気なツラして俺を誘えるな」

「このゲームは一人じゃ出来ないから背に腹は代えられないってやつだよ」

 それに兄弟仲良くしていた方が母親も安心するはずだ。前世で先に死ぬという親不孝をしてしまった分……というのはさすがに自己満足すぎるが、現世では両親にも幸せになってほしいのだ。

 ヤンは納得できないという顔をしていたが、両親の前では猫を被っているため深く追求はしてこなかった。

 しかし無言の間が辛いのか、サイコロを振る俺を見ながら話を変える。


「10歳になるまであと一週間だ。前にも言ったけど俺の能力がわかっても絶対にお前には言わないぞ」


 神々が『何かしら力を与える』と言っていた力が一体何なのかわかるのは10歳になってから。

 俺たちの前世の記憶及び神々と相対した記憶が蘇ったのが5歳の頃だったので、幼すぎる体には余りあるものなのかもしれない。もしくは魔力も体の成長と共に育っていくらしいので魔法関連の何かなのだろうか。

 ヤンと俺は何度もそのことについて話し合い、そしてヤンは何度も能力は俺に明かさないと伝えていた。

 いつもならわかったわかったと流しているところだが、その当日が近いということもあり、気になった俺は軽い気持ちで訊いてみる。

「……なんでそこまで警戒してるんだ? 別に能力を教え合ったからって何もデメリットは――」

「敵に情報を与える馬鹿がどこに居るよ」

「敵? ……ん? 俺が敵?」

 目をぱちくりさせて再度問うと、ヤンは金色の瞳に暗い影を落として言った。

「わかってるんだぞ。……お前、いつか俺に復讐するつもりだろ。今は家族の前だから猫被ってるけど、成長して自由になったら……最悪、殺してやろうとでも思ってるんじゃないか?」

 俺はヤンの答えを聞いて唖然とした。

 たしかに虐められていたなら復讐しようと思う人もいるかもしれない。俺も嫌な思い出があるにはあるが、人間を殺そうとまでは思わなかった。もちろん「俺は」だ。虐められて加害者を殺したいほど憎むこと自体は否定できない。


「そういう人もいるだろうけど俺は違うぞ、転生までしたのに復讐にかまけてなんていられない……っていうのもあるけど、そもそも人を殺したいなんて思わないし」

「嘘つけ。……いや、わかったぞ、生き地獄に落とすつもりだろ、文無しでこの家を追放するとか濡れ衣を着せて投獄するとか……!」


 よくそこまで想像力が働くな! と俺は思わず大声で言いかけたが、母親の存在を思い出して堪えた。

(ああ、でもこの5年間ずっとそう思ってたんだとしたら、その間延々と命の危機を感じて暮らしてたってわけか。……打ち解けられないのも頷けるな)

 普通の兄弟になれず、友人にも戻れず、もちろんいじめっ子いじめられっ子にも戻れず。

 よくわからない関係のまま付かず離れずの5年間だった。それがヤンには復讐される側と復讐者の関係だったわけだ。

「とにかく俺はお前に危害を加える気はないよ、……あのさ」

「な、なんだよ」

「……前世でなんでお前が俺を目の敵にしてたのか今でもわからないんだけどさ、この兄弟って関係、俺は嫌いじゃないんだよ」

 これは本心だ。だから信じてほしい。

 そう伝えたが、ヤンは答えられずに口を引き結んでいた。

 なので――


「……はい、特殊スキルで6コマ進んで上がり!」

「あっ! そんなスキル無いだろ!」


 ――半ば強引に言葉を引き出して笑ってやった。



 前世でいじめっ子だったとしても俺さえ許せば良い兄弟になれる。

 根拠もなく俺はそう思っていたが、事態が急変したのは10歳の誕生日を迎えたその日だった。

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