セスのグリモワール ~いじめっ子と双子の兄弟に転生しましたが復讐そっちのけで趣味に生きます~

縁代まと

第一章

10歳までの双子

第1話 いじめっ子は双子の弟

 好きなゲームをプレイできるならそれだけで幸せだ、そんな人生だった。


 けれど何かと突っかかって来ては虐めてくる同級生が居なければもっと幸せだったかもしれない。

 他人から負の感情を向けられるのは誰だって消耗することだ。

 しかし俺の場合は相手があまりにも幼稚なアピールばかりで、心の距離があったおかげか「まだ」思い詰めるところまではいっていなかった。


 いじめっ子は小学校低学年の頃にはまだ友達だった気がする。

 友達になったきっかけは思い出せないが、その後中学校に入学して交流が途絶え、同じ高校の同じクラスになってから虐めが始まったのだ。当たり障りのない返答をしていたはずなのに何が癪に触ったのかはわからない。

 そんないじめっ子のあれやこれやをその都度躱していたものの、最終的に他のクラスメイトにまで飛び火してひと騒動あった。集団のいじめに発展した形だ。

 あの時いじめっ子がどんな顔をしていたのか――それも思い出せないが、碌なものじゃないだろう。



 なぜなら、もし反省しているなら今目の前で親の目を盗みながら俺の皿に野菜を放り込むなんてことはしないはずだからだ。

「……ヤン、このニンジンもピーマンもタマネギもお前の分だったと思うんだけど?」

「昨日も残したらもったいないとか言ってたけど、そういうことを言う奴が食えばいいんだよ」

 横目で彼を見ながら窘めたものの、まったく効いていない。このやり取りは似たものを含めると二桁に及ぶほど繰り返してきたため予想はついてたが。


 セス・フォン・ルントシュテットは俺の名前。

 自覚上は別の名前だったが、今はこう呼ばれている。

 ヤン・フォン・ルントシュテットは俺の弟。

 俺と同じで前世の記憶を持っている。


 ――困ったことに、二人揃って事故に巻き込まれて死んだ俺たちは一緒に異世界へと転生してしまったのだ。

 現世での俺たちは双子の兄弟。

 ……いじめっ子といじめられっ子を双子の兄弟にするとか、神様は変な趣味をしすぎじゃないか?


     ***


 異世界の名前はアステルヘルム。

 しかしこの名称は一般人にはあまり浸透していない。もっと上位に座する神々、要するに俺たちを転生させた神様たちが呼んでいるらしい。

 ざっと調べたところ召喚術は無いようだから、自分たちの暮らしている土地や星の名前はあっても世界そのものの名前なんかは想像したこともないだろうなと思う。もしかすると前世の世界にも世界名がひっそりと存在していたのだろうか?


 神々は別に俺たちに重大な使命を与えたかっただとか、転生させること自体に何か大きな目的があるだとか、そういう理由は一切持っていなかった。相対したのは本当に短い間だったが言葉が通じなかったのである。

 高位次元の知的生命体とコミュニケーションを取るのは難しく、辛うじて向こうがあえてわかるように書いたらしい文字で一方的に説明を受けた。


 曰く、俺たちの魂をたまたま『捕まえた』から別の世界に入れてみようと思った。

 曰く、放り込む先の世界はアステルヘルムという場所である。

 曰く、簡単に死んでは面白くないので何かしら力を与える。

 曰く、その力の行使はそれぞれが慣れ親しんだユーザーインターフェースを模したもので行なえる。


 要約するとこんな感じだ。

 特に具体的な指示もなく異世界に転生させられた俺たちは、神々にとってはさしずめ他の巣に放り込んで経過観察中のアリみたいなものなのだろう。

 一応は知的生命体の端くれとしては不快感が凄いが、与えられた生を放棄するほどではなく、それはヤンも同様のようだった。


 なお、放り込んだ後は神々からの干渉はないらしい。

 なら俺は新しい人生を前世より幸せなものにするために生きてみようと思う。



 差し当たって問題なのはいじめっ子が双子の弟――ということではなく、この世界には大好きなゲームが欠片も存在していないことだった。

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