エピローグ 泣き虫少女と夢見る少年

 あれから、数年が経つ。


 来島善。脳核型ブレインコアタイプ実験体の彼は研究所を脱走。その後再び研究所に戻ったかと思えば多数の職員を殺害、施設を破壊し逃走。


 研究所『スギノ機関』も自体を重く受け止め、軍を派遣。追跡部隊は付近河原にて対象を補足するが、拘束失敗。以降、追跡を断念。


 報告書ではこうなっている。理路整然と事実は述べられてはいるが、本当に欲しい情報は書かれていない。


「はぁ」


 ため息も出ようというもの。あれから私は科学者になった。一木、島田両名と元実験体の職員の協力の下、被検体の少年少女の治療、回復の目的とした施設を運営している。


 葦戸博士の研究を引き継ぎ、その過程でずっとあった記憶の欠落も補完した。来島善が博士に頼み、私の記憶を消していた。始めは強く憤りもしたが、彼らしい行動で笑ってしまった。


「忘れてなんか、あげないから」


 そう言って、見つめる先には旧型のパソコンのような真四角の水槽。様々な管が繋がれた先に、溶けかけた脳があった。


『NO.29 脳核型二式 来島善』


 水槽の端に付けられたラベルにはそう書かれている。


「こんな姿になってまでさ……」


 時々、ボコボコと浮かぶ泡は彼が喋っているみたいで。


「ふざけないでよ」


 水槽に縋る。でも泣かない。

 慰めてくれる傘持ちはもうここにはいないのだから。


「ただいま! ん……何してんの?」


 ガシャガシャとやかましい足音を立て、乱暴にドアが開けられる。そこに居たのは、額に傷を持つ元少年。来島善がそこに居た。


「思い人が変わり果てた姿で帰ってきた悲劇のヒロインごっこ」


 唇を尖らせながら、言ってみる。


「いやいや、洒落にならんて」


 冗談めかして彼も笑う。水槽に入っているのは取り替えた後の脳みそ。記憶と複製していた新しい脳みそは本人に移植済みとなっている。


「あの時、橋の下で寝っ転がってたら島田が来てよ」


「『勝手に死のうとしてんじゃねえ』って怒られたんでしょ。知ってる」


 島田は自分を引きずり、アパートへ帰還。しかもこのあと明石に記憶をけしていたことがバレて、葦戸博士と自分は島田含めた主に女性陣に小一時間ほど説教された。博士は正座、足が片っぽ千切れた自分は寝っ転がっていた。


 数日後、明石の記憶の施術も終わった。ここで分かったのが明石の記憶を消すことを躊躇った博士が、軽い催眠療法で記憶を封じてただけだったらしい。


 記憶を取り戻した彼女にビンタではなく、ボディブローを食らったのは良い思い出だ。


「来島博士!」


 髪の長い、中性的顔立ちの少年。善が研究所で助けた実験体で名前は、朱藤翔太あかふじしょうたというらしい。


「何や、若いの!」


 善が絡むと露骨に嫌そうな顔をして、


「善さんは博士じゃないでしょ。奥さんの方!」


「「へへへへ」」


 夫婦揃ってにやつく姿に少年はあきれ顔だ。


「もう、そういうのいいですから。表にみんな集まってますよ」


「おっけ。さぁ、行こう」


 彼に手を引かれて、部屋を出る。その先には戦災で廃墟と化した街に、数千と集まった実験体が整列していた。


 戦争が生み出した、悲しき子供達。でもその全てを、できうる限り私達は救うんだろう。


 少し小高いとこにある施設の屋上から、善と私が来るのを確認して一木くんがが大声で語りかける。


「どんなに世界が悪に染まろうと、我らただ善くあり続けよう」


 紛争地、スラム、虐待家庭、子供が子供らしくすら居られない世界を私達は許さない。


「親にすら、世界にすら疎まれた命だろうと私達は受け入れよう」


 島田さんも叫ぶ。彼女は結婚にあたり名字を変えたくないらしく、一木くんが変えようとしたとこ、それもダメだと言ったらしい。理由を本人に聞いたとこ、一木くんの名前を呼ぶのが恥ずかしいからだそうだ。この子はもう、いくつになっても可愛いんだから。


「我ら捨て子、孤児みなしごの集まり、されどこの世界を救ってやろうじゃねえか」


 善が叫ぶ。彼ら実験体は、これから戦争を止めに行く。様々な障害あれど、足掻く者、願う者を止められない。


「あ、お前ら! ちょっと見とけよ!!」


 何事か、善が台本に無い演説をし始める。


「ん?!」


 唇、っていうか前歯が当たった。


「ッシャア、オラア!!!」


 いきなりキスをし、やってやったぜとばかりにガッツポーズ。


「ばっか! いきなりキスとか、イケメンしか許されないんですけど!!」


「ヒドい!!」


 周りのうるさい歓声を余所に、彼ら彼女らは笑い合う。


 少年も少女も幸せになることが怖かった。耐えきれぬ過去、陰惨な日常は彼らの青春を狂気に染め上げた。


 しかし汚泥のような悪夢の先に、お互いの笑う明日を見た。歪んだ思考に、おぞましい現実も、幸せな記憶を失っても、それでも生きたい。


 生きて君と笑いたい。


 幸せになるのが怖かった。でも今は怖くない。

 それは君の笑顔のおかげなんだ。


 愛知らぬ者にラブコメなんて描けない。

 だから知っていこう。これから君と描いていこう。


 故にこの物語を分類するのなら。


 どんなに狂気にまみれても、

 愛し笑おうとするのだから。


 それはきっとラブコメになるんだろう。




(了)






 


 

 

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泣き虫少女は夜に泣き、夢見る少年は朝を願う 春菊 甘藍 @Yasaino21sann

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