第11話 星祭り
アザゼルは、心で泣きながら、「お祭り、楽しんできてね!」と、スピリアをおくりだした。
スピリアが今頃、ガブリエルと楽しく遊んでいると思うと、ため息が出る。
お祭りに行かずに、家でギターを弾いてるやつなんて、僕くらいなんだろうな………。
堕天使は、天界を追放された身。
天界の地を踏んだ瞬間に、雷に撃たれてしまう。
といっても、アザゼルは、天界を追放されるようなことなんて、なにもしていない。
起訴されたのは、まったく、身に覚えのない罪だった。
それでも、裁判で、自分の無実を証明できなかったために、
堕天の印として、アザゼルは、翼を焼かれてしまった。
「天軍の参謀だったから、きっと恨みをかったんだろうな………。」
誰に言うわけでもなく、アザゼルは、つぶやいた。
暇だから、曲をつくろうと歌詞を考えていたけど、こんな気持ちの時に作る曲なんて、人間不信とか世界の滅亡みたいな曲しかできないから、やめた。
ハデス、クロウ、スピリアと自分。いつも4人で暮らしている大きな館に、ひとりぼっち。
自分がたてる音しか聞こえないのが寂しくて、ラジオのアプリを開いた。
タイムリーに、翼を失って飛べなくなった天使の曲が流れてきたから、アザゼルは、スマホを床に叩きつけようかと思った。
ゲームをしていた時、スマホに通知がきた。メッセージは、ミカエルから。
『焼きそばとか、お好み焼きとか、たこ焼きとか、いろいろ買ったから持っていくね!』
「ミカエルー!!」と、アザゼルは、天井をあおいで叫んだ。
やっぱり、持つべきものは、友達!!
数分後、自分を孤独から連れ出してくれる救世主が、冥府に降臨した。
呼び鈴が鳴ったから、玄関を開けると、「あっくん!こいつら、ちょっと!なんとかして!」と、ミカエルが、食べ物を奪おうとする魔物たちから逃げていた。
「だめだよ、みんな!それ、僕らのだから!」
アザゼルの一喝で、ケルベロス、マンティコア、グリフォン、フェンリルが、
「ミカちん、やせちゃったね。」
「さすがに、2週間も飲まず食わずで空を支えるのは、つらかった。」
「なに買ってきたの?」と、アザゼルは袋の中を見た。
フランクフルト、ポテト、たこやき、お好み焼き。焼きそばもある。
アザゼルは、舞いあがって、「すげー、いっぱいじゃん!」と、歓声をあげた。
つけっぱなしのテレビに、ミカエルが気づいた。
「ゲームしてたの?」と、ミカエルの目が輝く。
休みの日は、一日中、ゲームをしてしまうほど、ミカエルは、ゲームが大好き。
当然、強いから、アザゼルは、いつも、ボコボコに倒される。
今日も、そうだった。でも、楽しかった。
アザゼルは、焼きそばを「うまいっ!」と、ほおばった。
そして、時間を忘れて、朝まで遊んだ。
今日の海のレストランは、特別にオープンカフェになっている。
刈り入れ時で、アルテミスとアルゴスは、忙しそうにピザを焼いている。
クロウは、マルゲリータを食べながら、野外ステージで、ハデスが演奏する幻想即興曲を聞いていた。
子どもの歓声が聞こえる。射的で、父親に景品をとってもらって、子どもが喜んでいる。
クロウは、幼いハデス、ポセイドン、ゼウスを子守りしていた頃を思い出した。
懐かしいな。あれが欲しい!って、ハデスにせがまれて、
俺も、あんなふうに、おもちゃをとってやったな。
射的してる間に、ポセイドンが、かってにいなくなってて。
ポセイドンを探して、人混みを歩いてたら、ゼウスに、タランチュラのゴム人形を投げつけられて、驚かされたっけ。
やんちゃな3人組にふりまわされる日々は、大変だったけど、あれはあれで楽しかったな。いや、今も、ふりまわされてるか………。
と、思い出にひたっていたら、クロウは、肩に違和感をおぼえた。
肩にのっていたのは、8本の毛むくじゃらの足の物体。
絶叫して、椅子から転げ落ちるクロウを見て、耀、奈月、妃乃、神龍は、大爆笑だった。
今の動画に撮った?と、はしゃいでいる魔道士たちに、
「おまえらー!」と、クロウが、悲鳴混じりに叫ぶ。
プロメテウスは、笑いをこらえている。
「あかんって、クロウ!そういう反応するから、いじられるんよ!そんなに驚いてくれたら、ゲームの景品にゴム人形もらうたびに、しかけてやろうって思うもん!」
プロメテウスが、たこやきをほおばる。
その瞬間、カモメが猛スピードで、テーブルに滑空した。
からっぽのパックを見たプロメテウスが、「俺のたこやき!」と、悲鳴をあげている。
「こら、ジョナ!」と、トリトンが、またしても人の最後の一個を横取りしたジョナサンを叱った。
その光景を見て笑っていると、ヘパイストスは、肩を叩かれた。
ダイダロスが、封筒を持っている。
「イカロスの手紙。事故の後、イカロスの遺品を整理してた時、部屋でみつけた。ここに書かれてることが本当に起きたら、ヘパにも見せようと思ってたの、思い出してさ。」
「にいちゃんの手紙……?」と、ヘパイストスは、封筒を開いた。
『この手紙が読まれるということは、予言通り、事故が起きてしまったんだね。サザンクロスの事故は、父さんのせいじゃないよ。運命の女神に、最初から仕組まれていたんだ。モイライの泉で、僕は未来を見てしまった。すべてわかったうえで、僕はサザンクロスに乗ったんだよ。ヘパイストスが大人になったら、いつか、サザンクロスが眠りから覚める時が来る。その日を、僕は、サザンクロスの中で待っているから。戦艦テュポンを沈められるのは、サザンクロスだけなんだ。だから、どうか悲しまないで。テュポンを沈めるという使命を果たすために、先に逝ってしまったことを許してください。』
手紙を読んで、ヘパイストスは、胸が熱くなった。
「俺が、またサザンクロスに乗ること……イカロスにいちゃんは、わかってて、ずっと待っててくれたの?ダイちゃんは、この手紙、事故の後に読んでたんだよね?てことは、サザンクロスがテュポンを沈めるってこと、ダイちゃん、もしかして知ってた?」
ヘパイストスの問いに、ダイダロスは首を振った。
「そんなの覚えてないよ。テュポンの封印が、いつ解かれるかまで、わからなかったし。手紙のことを思い出したのは、サザンクロスが覚醒した時かな。サザンクロスは、パイロットがふたりいないと動かないからね。この手紙に書いてあるとおり、イカロスは、サザンクロスの中で、ずっとヘパちゃんを待ってたんだね。」
「イカロスにいちゃんは、テュポンを沈められたから、エリュシオンにいる自分の半身に会って、転生するんだって。転生したら、写真に話しかけても、イカロスにいちゃんに、もう俺の声は届かないんだよね。なんか、寂しい。」
「イカロスがここにいたってこと、俺たちが忘れなければいいんだよ。声が届かなくても、イカロスとの思い出は、確かめられるじゃん。俺たちは不老の身だから、ずっと、いっしょにいるのが当り前みたいに感じるけど、実は、そうじゃない。みんなでいっしょにいる時間を大切にしよう。今日は、お祭りなんだし、たくさん思い出つくろうよ、ヘパちゃん。」
かけがえのない息子を失って、なんとも思わないわけじゃない。
イカロスを失って、ダイダロスの心に、ぽっかり穴があいた。
その穴を埋めるのは、イカロスとの思い出。
いつまでも悲嘆にくれていたら、イカロスの父親として面目が立たない。
イカロスは、二度もヘパイストスを守り抜いた。
サザンクロスの暴走事故の時。
そして、サザンクロスが、テュポンを道連れに火口に沈んだ時。
もしも、テュポンがあのまま沈まずに、街へ行っていたら、今頃、星祭りどころじゃなかった。
誇りに思う。自分の命を投げ打ってまで、たくさんの命を守りとおしたイカロスを。
おまえは、最高の息子だよ………と、ダイダロスは、心の中でつぶやいた。
演奏が終わって、ハデスがテーブルに帰ってくる。
座ろうとした時、隙間なく、びっしりと願い事が書かれたアレスの短冊が見えて、「よくばりやなー!」と、ハデスは笑った。
「俺、一番、上に吊るす!上の方が、星に願いが届きそうだから!」と、アレスは、浮遊魔法で飛びあがって、高い所に短冊を吊るしにいった。
隣だったから、耀は、トリトンの短冊が見えてしまった。
「悪事をたくさん暴けますように……?」と、声に出して読んだ耀に、せやで!と、トリトンは、うなずいた。
「バレなければいいって、悪いことしてる人が世の中たくさんおるから。そういう人のせいで、真面目に生きてる人が馬鹿をみないような世界にしたい。そのために、俺、探偵やってる。」
「プロちゃん、俺の見せてあげようか?」と、ダイダロスが、自分から短冊をプロメウスに見せた。
「恐竜の次は、宇宙?君は、どこに向かってるの?」
好奇心の化身みたいなダイダロスに、プロメテウスは、肩をすくめている。
時空移動船をつくる前のダイダロスの願い事は、恐竜に会いたい!だった。それが、地球外生命体に会いたい!に、変わっている。
ダイダロスが言った。
「銀河系の果て、いっしょに見に行こうよ。宇宙人と動画撮れたら、楽しそうじゃん。なんか、わくわくしてきた。俺が宇宙船の設計図を書いたら、プロちゃん、システムのプログラミングしてくれる?」
「設計図、書いたらな。」
「宇宙船のデザインは、俺が考えるよ。」と、アポロンが話に混ざってきた。
「じゃあ、船体は、俺の出番やね!」というヘパイストスの発言をきいて、あ!と、アポロンは思い出した。
「出番と言えば、ヘパのステージって、俺の前じゃん!舞台そで、そろそろ行こう!」
アポロンが、ヘパイストスをつれて行く。
自分の短冊を吊るそうとした時、クロウは、偶然、先に吊るされてあったポセイドンとゼウスの短冊を見てしまった。
「なに?あいつらの願い事?」と、ハデスも見た。
「ふたりも、同じようなこと書いてるね。」と、ハデスは、
「この平和が、ずっと続きますように。」と、自分が書いたことをつぶやきながら、短冊を吊るした。
「おまえもか。」
ティタノマキアという悲惨な戦争を経験したクロウも、平和の大切さは、骨身にしみている。
クロウ、ハデス、ポセイドン、ゼウスは、以心伝心しているみたいに、同じ願い事を書いていた。
戦艦騒動が一件落着して帰宅すると、顔を見るなり、レイアに驚かれた。
「どうしたの!みんな、爆撃にあったみたいに、ボロボロで!」
ハデスたちは、口をそろえて、こう言った。「階段から転んだ。」
「俺、やっと、魔法がつかえるようになったよ!」と、ヘパイストスが話したことで、レイアにも呪いの件がバレた。
ゼウスは、こっぴどく叱られた。
「自分の子に呪いをかける親なんて、世界中探したって、あんたくらいや!」
と、ゼウスだけ悲鳴があがるくらい、レイアに、手荒に傷の手当てをされた。
その出来事を思い出して、ハデスは笑っている。
「ポセイドンもゼウスも、俺らに願い事を読まれてるとも知らないで、今頃、のんきに飲んでるやろな。特に、ゼウスは。」
酒をあおっているゼウスの姿が、クロウも想像できた。
「松岡博士も、いっしょらしいし。バルコニーで騒ぎながら、花火あがるの待ってんじゃねえの?」
別れの曲が、聞こえた。
野外ステージへ目を向けると、ヘパイストスが、譜面係のアポロンに見守られながら、一生懸命、演奏している。
クロウは、ハデスをふり向いた。
「ヘパが、がんばって弾いてるから、応援してあげなきゃ。」
「せやね。」
クロウのあとに、つづこうとした時、ハデスは、空をかける流星に気づいた。
ヘパイストスの想いが届いたかのように、流れ星がひとつ、
夜空を走った。
Fin…………………
魔法にあふれる世界で、僕らは生きている ヘパ @hepha
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