第10話 アトラス山

 どなり声で、アレスは、目が覚めた。


「よくも、テュポンを沈めてくれたな!」


アトラスが、サーベルを振りかざしている相手は、ヘパイストス。


「ヘパ!」と、考える間もなく、アレスは、飛び出した。その後で、魔法をつかえばよかった!と、後悔した。


光の矢を放てば、瞬時に、アトラスの手から、サーベルを叩き落とせたはず。


急なことで、頭より先に体が動いてしまった。


間に合わない。脳が、そう悟ったかのように、振り下ろされる刃が遅く見える。


刃が、ヘパイストスを斬り裂く寸前、アトラスの手足が凍りだした。


アトラスが動けなくなったすきに、アレスは、ヘパイストスを救出する。


その時、アトラスの背後にいる人物を、アレスは、見てしまった。


アレスは、足に根が生えたように動けなかった。


「祈ったほうがいいかもね。君の後ろにいるのは、死神だよ。」


大鎌が、夕焼けの空を斬り裂いた。空の裂け目からは、満天の星がのぞいている。


「クロウ、ナイス!」ゼウスは、アトラスの襟首をつかんで、「おまえ、ただで済むと思うなよ!アトラス!」と、タワーの頂上の天空へ通じる空の亀裂に飛び込んだ。


ふぅ……と、クロウは、ため息をつく。


「ゼウスのあの剣幕だと、アトラスは、無事じゃ済まないだろうな。おわったな。あとは、ゼウスに任せて大丈夫だよ。」


ふりかえると、仲間が、亡霊でも見るような目で、自分を見ていた。


クロウは、笑ってしまった。


「心配かけたな。奈落の底から、舞い戻ってきたぜ。」


「クロウ先輩!」アレスは、抱きついた。


「先輩が帰ってきた!」と、号泣するアレスの背中を叩いて、なだめるクロウも、仲間に、もみくちゃにされた。


ハデスが、やってくる。


「クロウ……。」


「ステュクスに、誓っちまったからな。ずっと、そばでおまえを支えるって。だから、俺だけ死んでるわけにいかなくてさ。」


ハデスの瞳から、涙がこぼれる。


「おかえり、クロウ。」ハデスが、クロウの肩を抱いた。


ハデスの手から、ぬくもりが伝わってくる。


また、ここに帰ってこられるなんて、クロウも思わなかった。


「ただいま………。」言った途端、クロウも泣いてしまった。


その時、雷鳴がとどろいた。


離れ小島にそびえていた、雲までつきぬけていたタワーが、山に変わっている。


夕焼け空の亀裂から、ゼウスが、ミカエルをつれて帰ってきた。


ゼウスが言った。


「これからは、アトラスは、山として空を支え続ける。それが、俺を本気で怒らせた末路やで。」


空を支えるという重労働を2週間もしていたせいで、ミカエルは、すっかり、やつれていた。


ボロボロのミカエルを見た時、ガブリエルは、自分がしたことを反省した。


「ごめんなさい。私が、ミカエルをだまして、アトラスタワーにつれて行ったせいで。犯罪者の娘ってバレたら、相手にされなくなると思って……。どうせ嫌われるなら、とことん、ひどいことをしてやろうと思って……。本当に、ごめんなさい。」


何度も謝るガブリエルの口を、ミカエルは人差し指でふさいだ。


「知ってた。知ってたよ。戦死って書かれたカリュプソの書類を確認したのは、僕なんだから。血縁なんて関係ない。僕が愛してるのは、ありのままのガブリエル。」


ゼウスは、ミカエルが、なんかムカついて、「キザ野郎!」と、でこピンした。


「痛っ!ひどいです、お義父さん!」と、ミカエルが悲鳴をあげている。


それを無視して、ゼウスは、ガブリエルに言った。


「誰がなんて言おうと、ガブリエルは、ガブリエル。俺の娘やで。」


ゼウスは、ガブリエルを抱きしめた。


他に、なにもいらなかった。みんな、帰ってきてくれた。


それだけでいい。やっと、家族がそろった。


ガブねえ、ミカにい、おかえり!と、アレスとヘパイストスも、輪に入る。


お互いの存在を確かめるように抱き合う家族を、


アトラス山に沈む夕日が照らしていた。

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