博物館の話し
ノリヲ
博物館の話し
博物館には色々な顔がある。普段、我々が利用するのは展示物の観覧だが、博物館は観覧者の探求心や知識力を育む他にも、展示物の調査や記録をして世に広めたり外部からの問い合わせに答えてくれている。さらには貴重な品々を保管、維持にも務めてくれている。世に出回れば破損や劣化で貴重な資料や古い資産が失われてしまう事を防ぎ、新たな世代へ引き継ぐ為、適切な環境を整え大切にそれらを保管してくれているのだ。その他にも修復や積極的な収集も業務にあるが、大規模な限られた一部の博物館以外は展示と記録、保管をメインに運営している。
1965年のアメリカ、バージニア。州立のとある大型博物館に一人の学芸員が勤務していた。彼女はネイディーと言う名でネイティブアメリカンの血を引いており、貧しい家庭環境の中努力して学業に打ち込みこの博物館の学芸員となった。真面目で几帳面な性格、アルコールや賭け事に手を出さないのは当然、冗談も言わずひたすら仕事をこなす毎日を送っている。結婚もせず人付き合いも少なく、アパートと職場を行き来する日々を30年近く続けていた結果、周りの職員からは非常に頼りにされていた。彼女は長い勤続年数、数々の経験からオールマイティーに仕事をこなしているからだ。普段は収蔵品の調査や記録をしているが、人手が無ければ展示場へ立ち観覧者を案内したり、手が空けば展示物の手入れや移動を手伝ったり、後輩の指導や照明の位置調整、出入りの業者や取引相手との調整、イベントの企画立案、案内物や広報誌の更生・・・。彼女無くしてはこの博物館は成り立たず、ネイディー館長と呼ぶ人も居る。経営陣も彼女が一人で何役もこなしているのは良く理解しており、館長と3人の副館長だけが知る大切な業務を彼女にも伝えておくべきと考えた。
館長「やあネイディー、いつも忠実な業務、恐れ入るね」
ネイディー「皆からの信頼を裏切らない様に、それだけです」
館長「僕がこの博物館に移動してきて3年経ったが初めて君の仕事ぶりを知った時は腰を抜かしたよ。身体は大丈夫かい?」
ネイディー「今まで病気一つしたことはありませんし、これからもそうありたいです」
彼女はいつもロボットの様に淡々と答える。
館長「そうかね、まあ君なら神に祝福されていると言われても信じられるよ。ところで今日は君に良い知らせがあるが聞くかい?」
ネイディー「是非お願いします」
館長「何と君は異例の昇級をしたよ、館長代理にね」
館長がそう言うと、周りのデスクで仕事をしていた職員達が一斉にネイディーの方を向き拍手をしながら口々に祝福をした。
「おめでとう!」
「やったわねネイディー」
「君と一緒に働けて幸栄だよ」
どうやらこの知らせは事前に周知されていた様だ。中にはクラッカーを鳴らす者も居る、が、ネイディーは細く笑顔を見せるだけで一切言葉は発しない。普通の人なら満面の笑みを見せるところだが彼女は違う、微かに喜びが伺える程度の乏しい表情しかない。知らぬ者なら迷惑そうにも見えてしまう、これがほかの者なら誤解され疎まれて阻害されるかも知れない、特にここはアメリカ、差別が日常に溶け込む国と時代。だがこれが彼女なのだ、周りの同僚も判ってそれを受け入れている。彼女の実績や人柄が理解と寛容を産んでいるのだ。
館長「君は収蔵品の調査を生きがいにしていたね、館長代理になってもそれは好きなだけ続けて貰って構わない。館長代理の肩書を自由に使ってくれたまえ」
ネイディー「館長、そして皆さんに感謝を申し上げます」
館長「さあ、館長代理、君には一つ大切な仕事があるんだ、説明するから着いてきてくれたまえ」
そう言って館長は部屋を出て、ネイディーもそれに続いた。
廊下を歩きながら館長はネイディーに話を続ける。
館長「ここでは私と副館長の4人しか知らない業務があってね、代理となった君にもその義務が与えられるんだが良いかね?」
ネイディー「どんな業務でしょう?」
館長「君はこの博物館には秘密の部屋があるって噂を聞いたことはあるかい?」
ネイディー「噂だけなら」
館長「その噂は、この博物館には秘密の部屋があって秘密の収蔵品が隠されているって内容かい?」
ネイディー「はい」
館長「その噂は本当なんだよ」
ネイディーの表情は変わらないが、動きが一瞬ぎこちなくなったのを館長は見逃さなかった。
館長「驚いたかね?君に頼みたい業務とはその“秘密の部屋”の管理なんだ」
そう話していると二人は地下のボイラー室に着いた、館長はカギを開け中に進む。ボイラー室の中はブーンと機械音が絶えず会話を阻害する。館長は黙って部屋を進み、奥の“立ち入り禁止”と書かれた鉄の扉にあるカギを開け、ネイディーに入るよう手で促す。二人が奥の部屋に入ると館長は扉を閉め話しを続けた。
館長「この部屋の存在は知っていたかい?」
ネイディー「はい、展示に使ったレプリカや看板を置いておく部屋ですよね、何度か来たことがありますがここが例の部屋ですか?」
部屋の中は動物の剥製やアジアの置物、雑貨、陶器と様々な物が無造作に積み上げられている。
館長「いやいや違うよ。知っていると思うがレプリカって本物が手に入って不要になったり需要が無ければ展示も出来ないのに高価な物だから簡単に捨てられないだろう?置き場所に困ってここに行き付くんだよね」
そう言って館長は部屋の奥の壁にある“真実の口”のレプリカ前に立った、映画ローマの休日で有名になったあれだ。
館長「ここが秘密の部屋だよ」
そう言うと館長は真実の口に手を入れ扉の様に手前へ開き、さらに奥へと入って行った。
さすがにネイディーも目を見開き口を開けた。
ネイディー「真実の口が扉になっているなんて・・・」
館長「知らなかったろう?君が驚くとそんな顔をするんだね」
館長はフフッと手を口に当てながら電灯のスイッチを押す。ネイディーは口を開けたまま操られているかのように進み奥の部屋へ入った。奥の部屋は赤い絨毯が敷かれ壁は石造りで天井からはシャンデリアがぶら下がっている。そして部屋の棚には数々の美術品が並べられていた。ネイディーが目を見開いてそれらをみていると館長は扉を閉めた。
館長「ここが秘密の部屋、通称『パンドラの部屋』だよ」
ネイディーは既にいつもの表情に戻っているが唇が微かに震えていた。
館長「なぜこんな部屋があるのか、そして表に出ない品々、それらの説明をしよう」
館長は近くのテーブルに反身をもたげ、飾られている食器からグラスを一つ取った。
館長「このグラスは中世のフランスで高貴な方が所有していてね、新しい当主の誕生を祝う特別な時に使っていたそうだが、このグラスで酒を飲んだ人間は過去に5人死んでいるんだ。いずれも毒による中毒症状で死んだことは間違いないらしいが、肝心の毒が発見されないんだ、主人を殺すグラスなのさ。このグラスが出回れば完全犯罪が成立してしまい危険極まりないためここで保管している。」
館長は部屋の隅に置かれたビオラを手にした。
館長「このビオラ、素晴らしい出来だろ?有名な作らしいが所有者の家が火事になるらしいんだ。過去に8回も火事が起きている」
館長は向かいの壁に飾られた油絵の前に立ち絵を眺めた。絵には沢山の群衆が描かれている。
館長「この絵、左下に描かれた後ろを向いた婦人、彼女はこの絵の中で生きているんだ。視線が斜め左下を向いていて、手が何かを抱えている様に見えるだろ?赤ん坊にお乳をあげているらしい、が、描かれた時は中心の男を見ていたそうだ。多分この男との間に出来た赤ん坊なんだろう。ちなみに男の裾を引っ張る小さな手が判るかい?この子が一人目、今彼女が抱えている赤ん坊は二人目らしい。もしこの絵が表に出たら人々は客寄せのインチキややらせだと言うだろう、博物館は信用を失ってしまう。決して外には出せないんだ。もう判ったろう?ここにある品々、いわゆる“いわくつき”なんだ。どれも飾るに相応しい歴史や価値がある貴重な物ばかりだ、博物館としてしっかり管理し次の世代に引き継ぐ義務がある。かと言って表に出すことは許されず、仕方なくここ、通称『パンドラの部屋』で保管している訳なんだ、驚いたかな?」
ネイディー「とても・・・、しかしそれらの話は本当なのですか?」
館長「本当かどうかは判らない、ただ私が州の図書館でここの収蔵品を記録した目録を確認してもこの部屋の品々は載っていなかった。しかし現実にこの部屋は存在し歴代の館長と副館長に引き継がれているのも事実だ。そして私はこれらの品々を表に出す勇気は無く、これまで通りの対応をしていくつもりだと付け加えておこう」
ネイディー「判りました。私も同じ様に致します。管理にはどのような対応をすれば宜しいですか?」
館長「実は管理といっても特に手入れ等は必要ないんだ。ここは元々イギリスから来た貴族が座敷牢として造ったらしくてね、ほら、絨毯やシャンデリヤが立派だろ?地下で温度と湿度が一定、虫やネズミが入らない石造りの部屋、月に1度、私と3人の副館長、そして君が各々好きな時に見回り異常が無いか確認するだけで良い」
ネイディー「各自が好きな時に見回るんですか?月に1回?ローテーションは決めないのですか?」
館長「ああ、あえて自由な時にしている。ランダムに見回った方がお互いの存在を意識して変な気も起らんだろうと過去の館長が決めたそうだ」
ネイディー「承知しました。では収蔵品の目録は?」
館長「目録も無い。それぞれの云われも判らない物が多い、言えるのはここの収蔵品は全て何かしらの“価値があるいわくつき物品”だって事だけ。必要なら専門家に見せれば判明するだろうが世に出せないので調査が出来ていないんだよ、それに資料を残すと外に漏れる可能性も出てくるからね」
ネイディー「そうですか・・・」
館長「良いかい?ここの事は他の職員はもちろん極親しい身内にも内緒だ。それだけは絶対に守ってくれよ」
ネイディー「勿論です館長」
館長「まあ君には絶対の信頼を置いている、間違いは無いだろう」
そう館長は言うとネイディーの肩をポンと叩いた。ネイディーは暫く部屋の収蔵品を見て回りたいと話すと館長は各部屋の鍵を渡しその場を去った。ネイディーは部屋を巡って収蔵品を見ているが、じっくりと鑑賞していると言うよりも何かを探している風だった。そして一つの汚い麻袋を見つけ口を開いた。中には黒い布が入っている。
ネイディー「やっと見つけた・・・」
ネイディーは全身が小刻みに震えていた。
それから暫くしたある日、館長の家にネイディーが訪れた、相談があるとの事だった。
館長「やあネイディー、いらっしゃい」
ネイディー「本日は休日の貴重なお時間を頂き」
館長「まあまあ挨拶は良いから入って入って、休日のプライベートなんだからさ、コーヒーで良いかい?」
館長はネイディーをリビングに通して返事も待たずにコーヒーをいれだした。
館長「君が相談とは珍しいなあ、どんな用事かね?」
ネイディー「はい、実は例の部屋にある収蔵品についてなのですが」
館長「ああ、副館長から報告は受けているよ、調べたい事が有るって言ったそうだね、許可をしておいたがその事かい?」
ネイディー「はい、実は収蔵品の中に先祖に纏わる品がありましてどうしても云われを知りたかったのです」
館長「先祖?と言うとインディアンの?そんな物あったかな・・・」
ネイディー「はい、麻袋に入った黒い毛布がありまして、模様から直ぐに判りました」
館長「そう言えば汚い麻袋があったかもしれない、中身が毛布だったとはねえ。しかし毛布に価値があるのかなあ?」
ネイディー「はい、その毛布、バッファローの毛で編まれています。ご存じの通り今バッファローは絶滅寸前です。恐らくこの後、毛が手に入る事は無いでしょう。そしてインディアンも現在同化政策で過去の伝統が失われています。たとえ毛が手に入っても編める者、そして染める技術が失われればあの毛布はロストテクノロジー、決して再現出来ない品として貴重になるでしょう」
館長「そうか・・・」
館長は気まずい空気になった。アメリカ政府はインディアンの食糧になるバッファローを絶滅寸前にまで狩り白人を頼らなければならない状況に追い込み、保留地に移動させ土地を奪った。保留地は狭く荒れ地で作農が出来ず、白人の支援無くしては生活が成り立たない状況。インディアンは白人文化を受け入れざるを得ず伝統は失われつつある。ネイディーもそんな同化政策の中生れた新世代、色々と思う事はあるだろう。
ネイディー「あの毛布、副館長はどう言う“いわく”があるかご存じでした。その昔、あの毛布をインディアンから奪い纏った騎兵隊がインディアン語を叫びながら銃を乱射して仲間を殺したそうです。で、救護をした白人があの毛布でケガ人を包むと、包まれた白人がまたもインディアンの言葉を叫びながら銃を乱射したそうです。それからあの毛布は“テカムセの毛布”と呼ばれる様になり、経緯は不明ながらあの部屋へ行き付いたそうです」
館長「で、その毛布を君はどうしたいのかね?」
ネイディー「世に出したいのです」
館長「いやいやそれはダメだ、今の話し、やはり危険だ。あの部屋の収蔵品は様々な厄災を起こす秘宝、だからパンドラの部屋なのだ、決して開けてはならない、判るね?」
ネイディー「はい、それはもう。しかし私はその厄災を取り除く方法を探し見つけました」
館長「なんだと⁉」
ネイディー「同じ保留地に居たシャーマンにあの部屋の事は伏せて相談し、毛布の呪いを解ける方法を知っていると手紙が来ました」
館長「なんと・・・」
ネイディー「今現在インディアンへの同化政策は国民の反対運動が起き始めています。世の主流が変わりつつあり、当館もその流れに乗った方が」
館長「いやいや、君の言いたいことは判る、しかしだね・・・」
ネイディー「まず小曲的に見ましょう、あの部屋は負の遺産で溢れています。捨てる事も出来ず利益を生まない資産、その1つでも世に出す事が出来れば館の利益になります。売却も出来るでしょう。それだけでも有意義な意味を持ちます。そして大曲的にみると、テムカセの毛布は平和をアピールする旗になります。人々から支持も得られるでしょう」
州立である博物館は州の附属、館長はじめ経営陣は州の役人だ、ネイディーの言葉は館長と繋がりがある議員にも恩を売れると遠回しに言っているのだ。
館長「うううん・・・。君の言う事ももっともで、もし本当に呪いが解けるならリターンは大きい・・・。だが私一人では決めかねる、副館長や歴代の館長にも連絡をして相談してみよう・・・」
ネイディー「良いお返事をお待ちしております」
館長は『パンドラの部屋』を知る人達に相談したり、様々な立場や状況を想定してそれぞれを天秤に掛けては下ろす事を繰り返した。だが、どう考えてもネイディーの話しに乗る方に天秤が傾く。例え呪いが解けなくても責任は自分には無い。呪いは絶対に証明できない、誰も自分を責められないのだ、知らない振りをすれば良い、そもそも本当に呪いなど有ろうものか。数日後、館長はネイディーにOKを出し、除霊の儀式を準備させた。
数日後、ネイディーと館長は州の水源の一つがある森に来ていた。除霊が出来るシャーマンによるとこの水源となっている湖はインディアンの聖地で、ここで儀式をするとの事。二人が暫く待機しているとシャーマンを乗せた車も到着した。運転手が後方のドアを開くと車の中から年老いたシャーマンが杖を突いて出てきた。シャーマンは二人に声を掛けたがインディアン語で館長は判らなかった。
ネイディー「シャーマンが毛布を広げて離れろと言っています」
館長「そうか」
館長は緊張した。信用をしていない訳ではなかったが、もし毛布を奪われたら大変な事になる。しかし、毛布の呪いがあるので銃は持ってこられない。館長は麻袋から毛布を出して広げると、直ぐにでも奪い返せる所まで下がった。シャーマンは毛布までヨタヨタと近づくとバッグからお香を出したり木の札を並べて儀式の準備を始める、そしてお香から煙が昇り始めると胡坐をかき札を両手に持って天に掲げ呪文を唱え始めた。館長はとにかく儀式を見守るしかない。ネイディーはシャーマンの運転手と車からポリタンクを出している、儀式に使う水でも汲むのだろうか。
館長(実際に呪いがあるとは思っていないがこれで大丈夫なんだろうか・・・)
館長が10分ほどその場で儀式を見守っているとシャーマンがネイディーを呼んだ。近付くネイディーは全身びしょ濡れで異様な臭いがしている。ガソリンの臭いだ。
館長「ネイディー!どうしたんだ!」
館長が訳も判らず立ち尽くしているとネイディーは広げられている毛布を手に取り羽織り湖の方へ向った。
館長「お・・・おい、ネイディー?」
館長がネイディーに近づこうとすると運転手が手を広げて立ちはだかる。
館長「なんだ!そこをどけ!」
館長が運転手の手につかみかかる間にネイディーはマッチを取り出して火を点けようとしていた。
館長「やめろおおおおおおおお‼」
館長は目を見開き大声で叫ぶ。が、ネイディーは一瞬で炎に包まれた。館長は目を閉じ両手で耳を塞ぎしゃがみ込んで奇声を上げた。
館長「うわあああああああああ‼・・・」
静寂が続き、館長が目を開けるとネイディーは消えていた。しかし辺りにはガソリンと肉の焼ける臭いが現実を突きつける、先ほどの出来事は現実だったと。館長は周囲を見渡しネイディーを探すと、それを察した運転手が湖を指差す。湖には黒い物体がプカプカと浮いていた。館長は失禁した。
館長「何なんだ一体・・・、何が起きたんだ・・・」
館長はまだ混乱している。しかしそれを気にも留めずシャーマンは儀式の道具を片付け始め、運転手は荷物を車に積み始めた。
館長「おい!お前たち!自分達が何をしたのか判っているのか!」
館長は二人に近づき両手を広げ抗議の姿勢を見せる。
館長「おい!聞いているのか⁉ネイディーが死んだんだぞ!どうなってるんだ!」
運転手が口を開いた。
運転手「ここで見た事は人に話さず何処か知らない土地でひっそりと暮らせ」
運転手はそう言って帰ろうとしている。
館長「お、おい!ネイディーはどうなるんだ、あのままにしとけって言うのか⁉」
運転手「あいつは大地の神と一体となり我々の悲願は達成された。もう全て終ったのだ」
館長「悲願⁉ネイディーはなぜ自ら火を点けた⁉お前達がそうさせたんだろ!この人殺し!」
運転手「黙れ白人め!娘は巫女として供物となり大地の神に捧げられたんだ!」
館長「娘⁉お前はネイディーの父親か⁉なんてことだ・・・自分の娘を・・・」
運転手「そうだ私はネイディーの父だ。本来はお前達白人と言葉を交わす事にも嫌悪するが、良いだろう、私も言いたい事がある、全部教えてやろう。私達家族は部族のシャーマンに仕える守り人で娘は巫女だ。代々そうやって暮らしてきた、お前達白人が来るまでは・・・」
運転手はネイディーと同じ様に表情乏しく淡々と話し始めた。
運転手「お前達白人は我々の土地を奪い、騙し、仲間を沢山殺した、残った仲間も保留地に押し込め言葉を奪い文化を否定し白人に倣う様強制する。もう我々は消えゆくのみ、全てを受け入れ大地に還ろうと考えていた。しかし、同じ保留地に来た別部族のシャーマンは、消え行く前に最後の呪術を行った。白人を呪う呪術だ。まず白人と戦って死んだ戦士達の血を集める為、念を込めた一枚の毛布を外の部族に渡した。渡された部族は毛布に血を浸み込ませ次の部族に渡す。百人、何千人の血を吸った毛布は真っ黒に染まった。」
館長「テムカセの毛布・・・」
運転手「そうだ、あれは呪術で呪われた毛布だ。しかしその毛布は儀式が完成する前に白人に奪われた。どうやら毛布の力は強く、奪った白人は呪われた様だが本来の使い方ではない。だが呪いの力を恐れた白人は毛布を何処かに封印してしまった。シャーマンは儀式を成立させる前に過酷な保留地での生活で体を弱らせ死んでいった。我が部族のシャーマンに後を託してな。後を託された我々は方々へ散り毛布を探し、この州の何処かの博物館に収められている事まで掴んだ。しかしそれ以降の情報が出てこなかった。保留地の仲間達は僅かな金を出し合い娘を白人の学校に通わせ大学まで出した。娘は白人社会に入り込み、博物館の学芸員になり毛布の情報を探った。しかし情報は一切無く我々はもはや諦めていた、この間娘から毛布を見つけたと手紙が来た時は部族の皆が喜んだよ。そして今日儀式の最終段階、供物の娘と共に大地の神に毛布を捧げた。大地の神は我々の願いを聞き届けて下さるだろう」
館長「何を馬鹿な事を・・・、そんな事の為にネイディーは死ななければならなかったのか?」
運転手「そんな事だと!娘は巫女だ!神に捧げられる為に生まれ、そして捧げられる事が一番の喜びなんだ!毛布を探す為に憎むべき白人の名前を名乗り、社会に染まる屈辱に耐え、長きに渡り純潔を保ちやっと神の元へ行けたのだぞ!お前達白人の物差しで娘を汚すんじゃない!」
館長「 そ、そんな・・・、だからと言って人の命を」
運転手「人の命だと!我々を大量に虐殺した白人が命を語るなバカたれめ!お前達白人はいつもそうだ!自分達は常に正義の側で正しいと思っている!我々を見下し、騙し、奪い、殺して良いと思っている!神にでもなったつもりか!」
もはや館長は言い返す言葉はなかった。両手と膝を地面に着け下を向くしかなかった。
館長「もはや何も言えん・・・。お前さんが今我々の言葉で話しをしている事もよほど苦痛だと察するよ」
運転手「そうだ、ようやく理解したか。しかしもう遅い、呪いは掛けられた」
館長「そうだ、呪いとは何だ?どんな呪いを掛けた?それだけ教えてくれ」
運転手「呪いは“殺し合え”だ。湖に溶けた呪いはやがて白人達の飲み水として体内に入り宿る。この呪いは不規則に発現し、発現した者は他の白人を殺す様になる。発現しなくてもこの呪いは子に、そして孫へと代々伝わる。時代が進むにつれいつしか呪いを宿す白人達が増えこの大陸のそこら中で互いに殺し合いが見られるだろう」
運転手はそう言うとシャーマンの老人を車に乗せ去って行った。館長はその車をただ見つめているだけだった。
近年、アメリカでは多くの銃乱射事件が起きている。日本ではあまり報道されないがその数はあまりに多く、そして年々増加している。他の先進国にくらべ発生率は60倍とも言われ、他の銃解禁国とも比較にならない死者が出ている。経済、軍事、カルチャーが世界を席巻している超大国アメリカ。資源に富み、自由で豊かな国のどこに不満があるのだろうか?近隣の国からはアメリカンドリームに夢を見る人々の密入国が絶えない誰もが憧れる国。しかしそこで暮らす人々は命の奪い合いが日常化している、その原因は・・・。
博物館の話し ノリヲ @rk21yu
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