めだかの学校

炸裂餅

めだかの学校


ここは、どこだろう......。


はっきりとしない意識の中で、僕は虚空に向かって問いかけた。

何が何だか分からない。それでいて、妙に安心感のある世界がそこに広がっている。

混沌とした世界の中にある無意識の全てが、理解のしがたい形となって僕の頭を絶えず走り回っていた。


「そっか......これ、僕の夢の中なんだ」

しばらく安楽の世界に意識を傾けているうちに、これが自身の作り出した世界であるということに気が付いた。

途端に、四方を動き回っていた無意識的な何かは鳴りを潜め、さらに奥の方から、何物かがこちらへと声をかけてくる。

聞いたことがないはずなのに、妙に身近に感じるその声は、意識の中を余裕たっぷりにこちらの方へと泳いで、そして目の前でその姿を正確にした。


「やあ、僕だよ」

陽気な語り口の人物に対して、思わず僕は聞き返してしまう。

「......きみは......君は一体誰なんだい?僕の夢の中に入ってくるなんて、ずるいじゃないか」

いつの間にか辺りは、無意識的で、混沌とした世界とは異なっており、爽やかな水流の流れる空間へと見え方を変えていた。

せっかくの僕の世界が台無しだ......。と、夢の中であるはずなのにも関わらず、顔をしかめる僕の姿がはっきりと意識できる。


「僕はただのメダカだよ。君の部屋の水槽でいつも泳いでいる、由緒正しきただのメダカだ。今日は君に聞きたいことがあってね。少し強引だけれど、こうして君の夢の中にお邪魔したよ」

余裕そうな表情を浮かべる目の前のメダカは、確かに僕の飼っているメダカにそっくりだ。どこだかも忘れた小さなペットショップで、成り行きで買ったただのメダカ。

そんな特段の思入れもない存在が、僕の目の前で勝手なことを言っている。

僕がメダカに文句を言おうとすると、メダカはそれを遮るかのように、生意気に自分語りを始めた。


「僕はいつも気になっていることがあるんだ。僕がいつも住んでいる場所には、なぜだか一日二回、必ず同じ時間に食べ物が落ちてくる。最初はそれが何かすらわからなかったよ。親がこれを食べろというもんだから、僕は今に至るまで、ずっとそれを食べ続けている」

そんなの当たり前だろ、だって僕が毎日同じ時間に餌を与えてるんだからさ。

目の前の生物の気味の悪い話を聞きながら、僕は何故か冷静にその問いに答えていた。


「ほかにもあるんだよ。僕の住んでいる場所には草木が生えているんだけれどね?こいつら、息をしているくせにまるで生きていないみたいなんだよ。ちっとも伸びないし、枯れないし、喋ろうとしないんだ。そして僕たち家族は、そんな孤独な空間の中で、いつも透明な壁の向こうを見つめている。......そう、そこには僕らの何十倍もある大きな生物が住んでいてね?たまにこっちを壁の向こう側から覗いていたりするんだよ。家族たちはそれを「神」だの「悪魔」だの呼んでいるけどさ......。でも、僕の周りの家族たちは、それに一切疑問を持ったりしないんだ。なぜなら、僕たちにそんな知能なんてとてもありはしないからね」

メダカから紡ぎだされる、喜んでいるのか、悲しんでいるのかよく分からない言葉の数々は、僕の頭の中に大きな声で響いてきた。


それに抗うように、僕は目の前のメダカに聞く。

「それで......一体、君は何が言いたいんだよ」

メダカは僕の声を聞くと、ゆっくりと体を向きなおり、幾分声のトーンを落としてこう言った。


「君たちの世界で言う宇宙って......本当に”むげん”なの?」

「......は?」

僕の中には、自然とメダカに対して軽蔑の気持ちが沸き上がっていた。

一体何を言っているんだろう。そんなの最初から決まり切っている。この目の前のメダカは、そんな当たり前のことを聞くためにわざわざ僕の夢の中にズケズケと入り込んできたって言うのか?

「......決まってんじゃん、無限だよ」

僕がぶっきらぼうにそういうと、メダカは納得したような顔をして、満足そうに答えた。

「ふーん、じゃあ人間も僕たちとなーーーーんにも、変わらないじゃん」


メダカの最後の声が聞こえた瞬間、僕の意識は急激にシャッフルされたかのように整えられ、気付けばそこにはいつもの光景が広がっていた。

ベッドから身を起こすと、とてつもない量の汗が体中から流れていて、そして僕の心の中は、いらいらとした気持ちでいっぱいだった。

「......ったく、なんだよ。嫌な夢だなあ」

メダカなどという知能の低い生物にはきっと分からないのだろう。水槽という小さな世界の外側には、何千倍にもなる広大な世界が広がっているということを。

少なくとも、そこら辺のメダカがどう頑張ったところで、ブラジルのメダカには出会えない。


僕はふと、部屋の隅に置いてある水槽の方へと顔を向ける。そこには何も理解していないであろう数匹のメダカが、のんきに狭い世界を泳いでいた。


「......あんまり調子に乗ってると、水槽にカエルを入れてやるからな」

この中で暮らしているメダカには、天敵という概念すらない。自身が食物連鎖においてとても弱い立場にいるということなど、夢にも思っていないだろう。

.....いや、夢を見る知能すらないのか。


ブツブツと夢に対しての不満を言いながら、僕は朝日でも見ようとベットから立ち上がり、部屋の窓にかかっているカーテンを開いた。

「ん?なんだ、あれ」

なぜだか分からないけれど、とても遠くの遥か彼方で、巨大な生物がこちらを見ている気がした。

宇宙人?神?それともただの幻覚か?


僕が少しの間考えていると、階下から朝ごはんだと呼ぶ声がしたので、そんなことも忘れていつものように朝ごはんを食べに階段を下りたのだった。



翌日。

僕はまた、不思議な夢を見た。

そこに居た何かがなんなのか、僕には分からない。


だってたかが人間という生物に、そんな知能ないんだから。


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