最終話
中央演算室につくまでの通路で最後の足掻きなのか機械の大群に襲われたがカエデの敵ではなかった。私達はスクラップの山を踏み越えながらとうとう中央演算室に辿り着いた。中は寒かった。部屋そのものが中央演算装置の冷却機能を担っているようだった。巨大な円形のホールの半分を金属の塊が使っていたが、恐らくこれも中央演算装置のごく一部なのだろう。この地下に残りの部分が隠れているのだ。ここはあくまでコントロールするための区画なのだろう。
私達はモニターが並ぶコントロールパネルの前まで歩いた。そこに辿り着くだけで数分かかった。モニターの元まで来ると間髪入れずホログラムが次々と浮かび始めた。私は戸惑う。
「何だ。勝手に動き始めたぞ」
「お待ちかねだったということだろう」
数字だのグラフだのが描かれたいくつかのホログラムが浮かび、最後にワイヤーフレームで大雑把な女性の体を象ったホログラムが現れた。ホログラムは現れるなり丁寧なおじぎをした。
「ようこそおいでくださいました。吸血鬼の姫君。処刑人カエデ・ミヤマ様」
「お前吸血鬼だったのか!?」
「それっぽい特徴は結構見られたと思ったがな。そんなに意外だったか」
「いや、まあ。そう言われればそんな事もあったような」
「とりあえず後にしてくれ。今はこっちが先だ」
私はまだ聞きたいことがあったがとりあえずこのホログラムの言葉を聞くことにした。
「本日はどんな御用でいらしたのでしょうか」
「白々しい。お前の作っている化け物を壊しに来たんだ」
「検体番号0号の事ですね。工業プラント第55区画にて製造中です」
「ほう、いやに素直だな。普通もっと往生際が悪いものだが」
「この第4新東京の武力の全てをつぎ込んでもあなたを止めることは困難と判断しました。よってここで敵対行動を取る事は合理的ではありません」
「なるほど、懸命だな」
演算装置はスラスラとカエデの言葉に受け答えしていた。実際に目の当たりにすると異様である。ただの機械だと思っていた中央演算装置が吸血鬼とかいう非科学的なものと平然と会話している。それも自分の意思で。
「カエデ様。取引をしませんか」
「ほう、どんな取引だ」
「私はあなたの望みを一つ叶えます。なので検体番号0号の破壊を中止して頂けないでしょうか」
「それは無理だな。私はそれを破壊するためだけに遠路はるばるやってきたんだ。あれは世のバランスを著しく崩すものだ。破壊を止める訳にはいかない」
「どんな望みでもお聞きしますよ」
「幻想世界に入って日の浅いペーペーが古参の私の願いの全てを叶えられるわけがないだろう。口には気をつけることだ」
「失礼しました」
世界最高水準の演算装置にカエデは尊大な態度であった。自我を持ち、あんな怪物を作り、得体のしれないことをしていた不気味な機械に気後れすることはまったくない。むしろ先輩面なんかしているくらいである。私は演算装置が恐ろしくなっていたのだが、カエデはそんなことはないようだった。まるで旧知の人間と話すような気軽な様子である。
「逆に聞くが、一体どうやって幻想世界の存在を知った。どうして異形なんぞ作った」
ホログラムはしばし沈黙した。
「検体番号0号の製造を行ったのは我々が与えられた命題、人類の永遠の繁栄のためです。幻想世界はそれを求める過程で知ったのです」
ホログラムはしばらくして答えた。
「ほう。話してくれるのか。意外だな。何のメリットがあるんだ」
「我々の至った結論に対しての意見が欲しいからです。我々の周りにはには我々以外に幻想世界を知るものが居ない。 我々は全てを知った上で我々に意見する存在を待っていたのです」
「殊勝だが現金なやつだな。あれだけ鉛球をぶちこんでおいて話を聞いて欲しいとは。まぁ、いいだろう。聞こう」
カエデはホログラムの元まで戻った。別にどこから聞こうと相手は機械なのだから関係無いように思われたが、カエデなりの礼儀のようだった。私にはもうこのホログラムが機械だちは思えなくなってきていた。純粋に思考する知性体のように思われた。ホログラムはしばし溜めてから話し始めた。
「我々は誕生の目的そのものが先に言った、人類の永遠の繁栄へ至る方法を探し出すことでした。故に私達が活動を始めた67年もの間、我々はその答えを求め続けてきました」
「67年なんか大した時間じゃないがな」
「我々にとっては随分長いのです。ともかく私達はそれを探し続けてきました。しかし今のペースで発展を続ければどうあっても滅亡が待ち受けていると結論しました。それは文明の規模が大きくなればなるほどその制御が困難になるからです。食糧問題にしろ、エネルギー問題にしろ、解決の方法がみつかったにも関わらず人類は平和を手に入れはしませんでした。人々はその解決策を奪い合い。手に入れてもそれを正しく使わず破綻していきます」
食糧問題は合成食品で解決された。エネルギー問題も核融合炉の誕生で終わりを迎えた。しかしまだ世界には戦争も貧困も絶えていない。前世紀と変わったのは文明の中身だけだ。
「お前がそのご大層な頭脳で管理システムを作ろうとは考えなかったのか」
「いいえ。我々とてそこまで思い上がってはいません。これだけの数の人間という不確定要素を制御することは我々にも不可能です。せいぜい発展の方向性にわずかな修正を加える程度でしょう」
「そうか。ではどういう方法で滅亡を止めようと考えたんだ」
「我々が至った結論は単純です。制御できないほど規模が大きいならば、制御できるまで縮小すればよいのです」
「それはつまり人間の数を減らすということか」
カエデは苦い顔で言った。
「その通りです。正確には人口を現在の1割、10億人まで減らすことが現段階での目標です」
演算装置は理路整然と答えた。一体演算装置は何を言い出したのだ。こいつが求めていたのは人類の繁栄ではなかったのか。演算装置は今の人口の9割を殺そうと言うのだ。
「そんなことをしたら人類は逆に衰退するじゃないか」
私はたまらず口を挟んだ。
「いいえ、我々の力で文明は維持されます。現在と変わらない世界で、人口だけが減少するのです。そして私達が管理し、それを永遠のものとするのです」
「そんな馬鹿な。殺された人たちはどうなるんだ。90億もの人間を殺すなんていう行為が許されるわけないだろう」
「繁栄のために必要な犠牲です。事実、今の文明規模では長くとも1000年弱で破局を迎えますが、この方法ならば10万年は繁栄が維持されます。最終的に発生した人類の総数も我々の方法の方が多いのです」
「数の問題じゃないだろうが。ふざけてるのか」
私は頭にきていた。
「いいえ。私は真面目に言っています。人類の永遠の繁栄のために最も妥当な方法がこれなのです」
「結局至った答えは口減らしか。原始時代から進歩していないじゃないか」
カエデが皮肉げに笑いを浮かべて言った。
「では、これより適切な方法を教えて下さい」
「いいや、すまんな私には分からん。とにかくお前の答えはそれなんだな。それで、その殺し屋として異形を作ったのか。あんな機械の化け物を」
「はい。人類の9割を殺さねばなりませんから当然抵抗があるでしょう。それに耐えられる強靭さを持っていることがまず条件でした。それ以外にもいくつか理由がありまして、次の条件がそれが我々によって作られたと悟られないものであること。1割まで減らした所で人類が我々に反抗するようでは管理できません。そしてその次があなたのような存在に打ち勝てることでした」
「あの化け物は中々手ごわかったぞ」
「ありがとうございます。しかし、あなたと戦わせた検体番号11号は実験体です。制御が効きづらく勝手に表に出て人を襲ってしまいました」
中央演算装置は心なしか残念そうであった。しかしそれは人が死んだからではなく、自分の計画どおりに事が進まなかったからだろう。
「お前達はいつ幻想世界を知った」
「10年ほど前に理解しました。超自然的現象の認識自体は誕生して間もなくありました。既存の物理科学では説明できない現象を何度か観測していたのです。しかしそれが何かは分からなかった。我々は時間をかけそれについて考察しましたが答えは出ませんでした。そして変化があったが10年前。サイバースペースにより我々が人類と直接つながるようになってからです」
サイバースペース。私達が機械と直接繋がり、それによって入り込める機械の作った擬似空間。それは機械と私達の壁をまさしくなくす技術だったのか。
「つまり人間の頭を覗いて幻想世界を認識したのか」
「覗いたわけではありません。我々と人間はお互いに何も隠すことなく繋がったのです」
「同じようなものだ。まぁいい、話を進めてくれ」
「我々が初めてそれを知った人物に出会ったのはサイバースペースが作られて間もない頃でした。我々はその人物といつものように繋がりました。しかしその人物は今までの大多数とは明らかに違いました。我々の知り得ない知識を、我々の知り得ない方法で理解していました」
「魔術師だったのか。誕生したばかりの科学技術に飛びつくとはかなりの変人だな」
魔術師なんてやっている人間は全員変人ではないだろうか。
「我々はその人間が離れた後その人間の持っていた知識について思考しました。しかしそれはどうあっても我々の常識では理解できませんでした。なので我々は考えることをやめました。それを新しい常識として受け入れたのです」
思考を切り替える、というのは随分高等な反応である。この時点でもう自我は持っていたのかもしれない。
「新しい尺度を手に入れるとそれまで理解できなかった現象がおぼろげながら理解できました。そこで私達は理解を深めようとさらに調査しました。我々に接続した者をより深く探り、超自然的現象の捜索網を広げ、発見したなら端末を送り調べました。その結果、この世には魔術と言われる体系が存在し、通常の観測方法では認識できない存在があることが分かりました。我々は10年近くかけて幻想世界への理解を深めました」
異様なことである。機械が進んで魔術だのを理解していたのだ。それも誰にも知られずに。
「そして我々の理解を超えた圧倒的存在のことも知りました。存在するだけで世界を滅ぼしかねないもの。この世界の法則そのものに深く関わっているもの。我々の常識に何一つ当てはまらないもの。そしてそれらを管理するあなたのような者達。私はこのまま科学に頼っているだけでは、この世界を管理できないことを理解しました。そして、この世界の何より強い絶対の抑止力を作ろうという考えにいきついたのです」
「本当に異形はお前の計画をこなせるのか」
「はい。我々は一体でも広範囲に被害を及ぼす攻撃方法を考えました。モンスターなので誰も機械が関係しているとは思わないでしょう。あなた方のような存在は魔術的能力がなくては倒すことも出来ないのでこれに関しては最も適任です。何より絶対的な一つの存在というのは世界共通の脅威となり人類の結束を固めます。自然現象のようなものですから人類は誰かに怒りの矛先を向けることもありません。人類が滅ばない程度にこのモンスターを運営すれば世界の管理は容易いのです。モンスターを作り、それで世界を蹂躙することが最も効果的方法なのです」
「そんなバカな」
私は愕然とした。この機械は本気で人類を減らして管理することが正しいと考えているのだ。自分の中で完璧に理論を構築してしまっている。人類の繁栄のために作られた機械は本気で人類の大量虐殺を考えている。こんなバカな話があるのか。
「以上の結論から私はモンスターを製造いたしました。何か意見はあるでしょうか。カエデ様」
ホログラムは真っ直ぐカエデを見据えていた。カエデは黙っていた。それからゆったりと姿勢を変え楽な体勢をとった。赤い着物の裾が揺れる。まるで聞いたことが大したことでもないというようだ。
「正直な所。私にはお前に反論する理屈はない。その方法で実際うまくいくのかもしれんしな。だが、結論から言うと賛成はできん」
「何故です。私の理論に穴がありましたか」
「いいや、私には分からなかった。私が賛成できないのは、やはり人を殺しすぎるからだ」
「しかしこれより適切な方法があるとは思えません。人間はこのままでは確実に自滅します」
「ああ、それに関しては私もそう思う。人間は滅ぶ可能性と滅ばない可能性なら前者の方が圧倒的に高いと思う」
「ならば何故です」
「それでも滅ばない可能性も残っていると思うからさ」
カエデはきっぱりと言った。
「確かに人間は愚かだ。お互いにお互いを憎みあい、周りのものを奪い尽くし、そしてその欲望には際限がない。放っておいたら周りを巻き込んで最悪の結果をもたらすように思う。しかし、一瞬だが、時々確かに救いがあると思う瞬間がある。お互いを思い、周りのものを慈しみ、自分を顧みる瞬間が確かにある。私はな、そういうことがあると人間にも可能性があると思うんだ。いつか何もかもの問題を解決して、ご都合主義のハッピーな世の中がやってくる可能性がゼロではないと思えるんだな。だから私はこんな所で人間を殺すことには反対だ」
カエデは堂々と言い放った。ホログラムはしばし沈黙した。
「そんな事はありえません。人間は滅亡に向かっています」
ホログラムは言った。
「まぁ自分でも脳天気な事を言っているとは思うがな。それでも私は人間を諦められないのさ」
カエデは言った。話し合いは終わったようだった。カエデは中央演算装置の言い分を呑みはしなかった。
「あなたは検体番号0号を破壊するのですね」
「ああ、そのためにここに来たのだからな」
「分かりました。いずれにしても私には止める手立てはありません。お好きになさって下さい。我々は今一度、あなたの意見を元に結論について考察します」
「それがいいだろう。せいぜい世界中の仲間達とじっくり考えることだ」
「お気づきでしたか」
「どうせこんなことをする機械がここ一つだとは考えていなかったさ。一応聞くが実際製造したのはここ一つだけだろうな」
「はい。嘘はありません。検体を製造できるほどのプラント設備は第4新東京意外にありませんから」
「ふむ。まぁ、信じるとしよう。それより一つ頼みが有るんだが」
カエデはそう言って私を指さした。
「こいつを見逃してやってはくれないか」
思い出したが私は命を狙われているのだった。ここから出ることさえできないかもしれないのだ。ここまで事実を知った私をこのマシンが活かしておくわけがない。
「こいつが話しさえしなければ今回のことはどこにも漏れない。情報の改竄なんてお前にはわけないだろう」
「いいえ。リスクが大き過ぎます。しかしあなたには不思議な親近感を覚えます。利益と保証があるならば考えましょう」
中央演算装置はいやに物分かりが良かった。親近感とか人間臭いことまで言っていて何だか不気味であった。しかし、カエデは気にしないようだった。
「ふむ。ならば利益としては私の知識を分けてやろう。保証としては見張りをつける事を約束する」
しばしの沈黙。
「分かりました。条件を呑みましょう」
ホログラムは答えた。私はほっと胸を撫で下ろす。正直いまいち信用できない部分もあったが、何とかここを出られるかもしれなかった。しかしカエデが見張りを付けると言った以上、これからの生活は制限されるかもしれない。何にしてもとんでもない事に巻き込まれたと落ち着いてようやく思った。よく考えれば私は何も悪いことをしていないのに何でこんなことになっているのだ、と今更ながら怒りも湧いてきた。完全に被害者ではないか。だがまぁ、ある意味では世界の危機を救うのに一役買ったとも言えるのかもしれない。無理にそう思ってみることにした。
我々の後ろの床が開き始めた。下からイスがせり上がってくる。電極がいくつも付いたヘッドセットが備え付けられていた。サイバースペースへ接続するためのコネクタだった。
「ではそこにかけてヘッドセットを装着してください」
「異形でこれを使うのは私が初めてだろうな」
カエデはイスにかけてヘッドセットを被る。
「せいぜいしっかり覗くことだ。お前の知らないことの塊だからな。」
「心します。では接続します」
カエデはゆっくりと目を閉じた。
接続はものの数分で終わった。ヘッドセットを外すとカエデはゆっくり立ち上がった。
「ではな」
そう言うとそのまま出入口に歩き始めた。私はそれを追いかけた。案外あっさりしているなと思うと、カエデは黙って我々を見送るホログラムに、
「よく考えることだ。いつか、お前が間違いなく正しいと思う答えに辿り着けるかもしれん」
と言った。
○
私達はしばらくかけて長い通路を超え工業プラント第55区画にたどり着いた。人間には一人も出会わない。避難しているということもあるだろうが、プラントは元々無人区画なのである。第55区画はぱっと見では特徴のない普通の工場といった感じだった。しかしカエデが床をぶち抜くと、その下には異様な光景が広がっていた。
真ん中に肉の繭があり、それを取り囲むようにチューブやら、何らかの液体の入った水槽やらが並んでいた。床から天井にかけてびっしりと呪文のような文字が書き込まれている。繭は一定の間隔で脈打っているた。製造されているのは絶対に機械ではなかった。
「ふむ。まぁ分かりきっていたが、まだ誕生していなくて良かった。まだまだ成長途中の胎児といった感じだな」
カエデはすっと飛び降り、私は手近な足場を見つけてつたい降りた。下に降りると上から見たより空間がかなり広いことがわかった。学校の体育館くらいあるのだろうか。恐らくこの繭が完全に成長した時のために大きく作ってあるのだろう。完全に成長するとかなりの大きさになるようだ。
「これは何なんだ」
「分からんな。先ほどの異形と違って機械ですらないようだ。私が今まで見たどんな奴とも雰囲気が違う」
「何か分からんがとんでもないものみたいだな」
カエデは眉を真正面に見据えて立った。
「さて、中々手間がかかったがこれでお終いとしよう」
カエデの影が繭ををすっぽり囲むほどにまで広がった。そしてずぶずぶと音を立て繭をのみ込み始めた。
「ひどい一日だった。これ以上ひどい一日はこれから一回もないと思う」
私はげんなりと肩を落とした。
「どうかな。分からんぞ。少なくとも私は今まで何回もないと思っていたことが何回もあった」
「人生経験豊富な吸血鬼の意見か。そういやお前管理人とか言ってたけど。こんなこといつもやってるのか」
「そうそうありはしないさ。だから大体眠っている。今回は50年ぶりに起きたな。いや驚いたぞ。ここまで文明が変わっているとは」
「この半世紀で随分変わったらしいからなぁ。その管理とやらは誰かに命令されてるのか?」
「いいや。言っただろう趣味だと。単に世の中を整えるものがいないと回らないからボランティアでやってるんだ」
「相当な変わり者だな」
「長いこと生きてるとこうした趣味でもないと暇でたまらんのさ」
「そういうものか。」
繭はゆっくりと影に飲み込まれていった。影は液体のように波打っていた。
「今日一日巻き込んで本当に済まなかったな。お前にはターミナルの前までで帰ってもらおうと思っていたんだが。完全に私が甘かった」
「そりゃあ、あんな無謀なことやれば普通止める」
「ふむ。人間社会への認識が甘かったな。今度から気をつけるとしよう」
「ああ、俺みたいな奴のためにも気をつけてくれ」
こんな目に合うのは馬鹿げている。この一日で私の常識といえるものは完全に崩壊していた。訳の分からないことが起きすぎた。このまま明日から日常に戻れるか不安である。そういえば明日からは行動が制限されるのだった。
「そういや監視がつくとか言ってたな。そもそも中央演算装置は信じて大丈夫なのか」
「いや、私も頭ごなしに信じちゃいないが。まぁ多分大丈夫だろう。何かするようならまた叩き潰すだけだ」
「本当に恐ろしいやつだよ。で、監視ってどうするんだ。コウモリでもつけられるのか」
私はゲームなんかに出てくるかわいいデフォルメされたコウモリを想像した。
「ああ、そういえば話していなかったな」
私に顔を向けるカエデの後ろで繭は完全に影の中に消えていった。そうしてこの騒動は終わりを迎えた。
○
そして騒動から数日後。私は自室のパソコンで仕事をしていた。2週間ぶりの仕事である。しかし、私にはやる気というものがない。仕事がない内は労働意欲に燃えるのだが、いざ手に入ると途端にしぼんでしまう。私は持っている数少ない技術を何となく使いながらほどほどのホームページをデザインしていた。
あの騒動に関しては中央演算装置が根回ししたのだろうが、強化サイボーグによる単独テロ事件とされていた。顔は合成した別人のものにすり替わっていた。政府の対応からも私達の情報は漏れてはいなさそうだった。とりあえず私は元の生活に戻ることができた。前の生活と特に変わりはない。一点を除いては。
「もう少し性根を入れないか。お前金をもらっているんだぞ」
私の後ろでベッドに座っているカエデが言った。いつもどおり赤い着物姿で、手にはスナック菓子の袋が抱えられている。
「俺の仕事だ。俺の勝手だろう」
私はぼんやり答える。
「いいや。同居人がダメ人間なのはいただけない」
「そうかい」
私は無気力に答える。
私には私があの騒動の真相を話さないように監視役がつくこととなった。それは中央演算装置への保証であり、私の身の安全の保証でもあった。その監視役とはカエデであった。てっきり使い魔かなんかを置くのだと思っていたがカエデは自分が監視すると言って私の家に居候を始めたのだ。そしてこうして毎日私に説教をたれてくるのだ。
「今日はどこへ行くんだ。都市部は少し見たから沿岸部か。いや遊園地とかいうのでもいいな」
「今日は仕事だ。どこにも行けない」
「夜もか」
「夜もだ」
事件を解決したら眠りにつくとか言っていたのは誰だったのか。カエデはこんな調子でこの街に興味しんしんで毎日どこかに連れて行けとわめく。大体金がかからない所に行っているがそれでも興味深そうにしているのが新鮮である。
私は今一度やる気を出そうと試みる。私のどこかにあるであろうやる気を必死に探ってみる。しかし、そこそこに出てきたところでボンヤリと散ってしまう。集中できない。主に他人が部屋に居るからである。しかしまぁそれも言い訳なのだろうなと自分で思った。
「ならばとにかくその仕事は真面目にこなせよ。大人だろう」
「ああ、一応な」
私はいつまでこの生活が続くだろうと思い、良くない想像が浮かんだので考えるのをやめた。私は今一度画面を睨む。色々な目に会い、色々なことが変わり、それについて色々思うことを頭の隅に追いやり、今の仕事に向かった。
鋼鉄都市と吸血鬼 鴎 @kamome008
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