朝休みの出来事

 花蘂が降る四月。

 教室の窓辺の席に腰掛ける星野コウジは、小さく息を吐いた。

 一週間前には八部咲きだったのに、今やすっかり葉桜だ。新入生の子たちが、満開の桜をみながら登校できなかったのが気の毒に思えてくる。


「なぁコウジ、助けてくれよ~」


 振り返ると、手を合わせて懇願する如月ダイスケの姿があった。

 席の間隔がやけに詰まっていた。


「一度散った桜を元には戻せないよ。花咲かじいさんじゃあるまいし、この世に可逆性はないからね」


 机を押して距離を取るも、ダイスケは詰めてくる。


「なに寝ボケたこと言ってるんだ。俺の頼みを聞いてくれよ」

「僕でできることなら……いいけどもうすこし距離を」

「あ、悪ぃ……」


 と、ダイスケは机を後ろへと移動させては身を乗り出す。


「コウジにしか、こんなことは頼めないんだ」

「お金は貸さないよ。阿弥陀の光も銭次第。金が物いう世の中だけど、金の貸し借り不和の基というからね」

「フワちゃんの話なんかしてないだろ。そもそも、だれがお金を貸してくれなんて頼むかよ」


 不和であってフワちゃんじゃないよ、と沸き上がるツッコみたい気持ちを華麗に受け流して、コウジは体を横に構えた。


「あ、違うんだ。それで頼み事って?」

「話がちっともできないんだ」

「話?」

「アヤとも約束してたんだけど、春休みを利用して物語を書こうとしたんだ。けど、ぜんぜん書けなくて。どうしていいのかわからないんだ」


 どうせそんなことだと思ったよ、コウジは口の中でつぶやいた。


「なんかいったか、コウジ」

「いいえ、べつに」


 相変わらず耳はいいんだから、と今度は聞かれないように胸の中で囁いた。


「二人して、なにを話してるんだ?」


 声をかけてきたのは、加藤カズキだった。

 互いの距離を気にしながら窓辺に立つ。


「ダイスケくん、アヤさんに頼まれたから、春休みにお話を作ろうとしたけどできなかったんだって」

「アヤさんに頼まれたのなら書かないと駄目だろ。でもダイスケだもんな、できなくても仕方ない」


 仕方ない、と二人して相槌を打つ。


「おまえらなー。もっと言い方ってもんがあるだろ」

「言い方、ねぇ……」


 カズキはダイスケを見下ろしながら、息を吐いた。


「闇雲に作ろうとしたってうまくいくわけないだろ」

「じゃあ、どうしたらいいんだ」


 ダイスケの問いかけにカズキは視線をそらし、「そういうことを急に聞かれても」と、人差し指で頬をかきはじめた。

 お前は梅沢富美男かとカズキを睨みながらぼやいて、


「コウジは知ってるんだろ」


 ダイスケはコウジへ、ずいっと顔を近づけてくる。


「フィジカルディスタンス」


 両腕を伸ばしてダイスケを突き放し、コウジは首を横に振る。


「でもまあ……知ってるかな」

「本当か? もったいぶってないで教えろよ」


 いつ聞きに来るかと思って調べておいたとはおくびにも出さず、しょうがないんだからと話すことにした。


「まずはネタを思いつく。それをメモして膨らませたら、それをメモする。つぎに資料を集め、どこが自分の小説の資料なのか付箋をつけ、メモしていく」

「メモばっかだな」

「メモが大事ってことだよ。そしたら世界観を整え、プロットを書く。無駄な作り替えを避けれるし、執筆に集中できるから。このあたりは、読書感想文の書き方と似てるね」

「そうなのか?」


 ダイスケの問いかけに、「コウジの言うとおり」とカズキが口を挟む。


「読書感想文は、まず本を探して選び、読む。読みながら気になったところに付箋し、どのページのどの箇所でどう思ったのかをメモ書きしていくんだ。ストーリーの並び順に付箋を張り出し、主人公の変化を書いていく。似てるだろ」

「言われてみると、たしかに似てる」


 ふむふむ、とダイスケはうなずく。


「プロットを書いたら、第一稿を書く。ここでようやく小説を書く作業に入るんだ」

「おーっ、なるほどね」


 嬉しそうにダイスケは声を上げる。


「書いては推敲し、推敲しては書くの繰り返しで書き続けていく。書いていくと、資料が不足していることに気づくと思うんだ。だから、足りない資料を集め続ける。このときプロットの変更や修正がでたら書き加えて、更新しておくのも忘れないように。プロットというのは物語の筋、小説の設計図だからね。そしてようやく第一稿が書き終わる」

「完成だな」

「つぎに資料を集める」

「え?」


 ダイスケの目が大きく見開く。


「書き終えたとき、話として形になったことで資料が不足している部分が出てくるはずなんだ。それらの資料を元に第二稿を書く。このとき、構成の見直しをするんだよ」

「また初めから書き直すのか?」

「パソコンやスマホ画面で作成すると思うから、ゼロから書き直す作業じゃないよ。よっぽどひどくなければだけど……たとえば後ろに書いた話を冒頭に持っていくとか、順番を変えるとか。一度で完璧、とはいかないからね」

「構成の見直しか……」


 ダイスケは、肩を落として息を吐いた。


「そして、第二稿が書き終わるんだ」

「ようやく完成かよ」

「つぎに資料を集める」

「おい!」


 ダイスケは思わず立ち上がりそうになる。


「第二稿は、第一稿にくらべたらよくできているはず。でも、細部でおかしなところがあるかもしれない。読み返しては推敲し、手直しをしていく。修正すると資料不足に気づくかもしれないので、資料集めも忘れずに。そして第三稿が書き終わる」

「ついに完成か……」

「つぎに資料を集める」

「おいおい、またかよ~」


 ダイスケは呆れた顔でうなだれて、机に伏せる。


「第三稿を読み返すと、誤字脱字が見つかるかもしれない。わかりにくい表現を使っているかもしれない。時代設定しているなら、時代にあった表現をしているかなど、それらを正すためにも資料を集めるんだ。そして第四稿が書き終わる」

「今度こそ、完成だろ」


 コウジは意識的に口角を上げ、ニンマリと笑ってみせた。


「それはダイスケくん次第だよ。書いては削り、書いては削り、読者に読ませるために自分がこれでいいと思えるまでくり返し、反復して原稿を完成させるんだ。推敲のやりすぎはよくないってきくから、ほどほどに。そして、できあがったらまた資料を集める」

「終わったのにまたかよ~」


 ダイスケは唇を尖らせ、ぶうぶう言いそうな顔をする。


「次の作品をつくるためだよ。資料が必要ないならなくてもいいけど、集めるのは続きを書くため。それに一作作ると、資料を集めていたときに気になったものに出会うことがあるから、次が書きたくなると思う。もちろん資料が絶対必要かと言うとそうじゃない。作者はダイスケくんなのだから、世界観が壊れない限り、それを決めるのは作者の自由なんだ」

「作者である俺の自由、か……いい響きだぜ」


 うんうん、とうなずくダイスケは嬉しそうな顔をする。


「資料集めや作品作りが、次回作へのモチベーションになっていく。それは、どんなものでも同じだよ」


 コウジの話を黙って聞いていたカズキは「確かに」と、うなずいた。


「一つの世界を極めようとすると、他の世界のものに出会うことがあるからね。サッカーをすれば、その歴史から派生していった他の球技に出会えるし、フットサルという呼び名や漢字で『蹴球』がサッカーをさす漢字だと知ることだってあるかもしれない」

「興味が広がっていくってわけか。だとすると」


 ダイスケは天井を見上げては腕を組み、うつむいては息を吐く。


「ネタもない、世界観も膨らませていない状態ではなにも書けないってことか」

「やっとわかったか」


 ふふふ、とカズキは笑ってダイスケを見下ろした。


「じゃあ、ネタをくれ」

「自分で考えろよ」

「カズキのケチ!」


 二人の言い争いを聞いて、ダイスケが作品を一作書き上げるのは遠い未来のことになりそうだと思いながら、コウジは穏やかな春の陽気を堪能しようと机に伏せるのだった。


「コウジも一緒に考えてくれよ~」


 机にうつ伏せたコウジの背中を、ダイスケは振り向くまで平手で叩き続ける。手加減してくれているとはいえ、同じところを二度三度と叩かれると我慢ならなくなってくる。


「叩かないでったら……しょうがないんだから」


 振り返るコウジは、背中を丸めてため息を付いた。


「なんなの?」

「だから、ネタだよネタ! 小説を書くにはネタがないとだめだって言ったのはコウジじゃないか」

「ネタくらい、ダイスケくんが考えたらいいよ。自分の好きなもの、書きたいものを書けば良いんだから」

「改めてそう言われると、なかなか思い浮かばないんだよな~これが」


 えへへへ、とニヤケ顔のダイスケ。いまにも両手をすり合わせて、ゴマをすりそうな気配を漂わせている。

 楽して得を取ろうとする人は、どうして決まって顔を緩ませて笑いをこぼすのだろう。コウジは頭をかきながらカズキに視線を向けた。眉をひそめて小さく首を振るカズキの姿に、本当にしょうがないなあとつぶやきそうになる気持ちをグッと押し留めた。


「ネタがどうしても出ない、ネタ切れから脱する方法はあるよ」

「まじかっ」

「でも、ダイスケくんの場合はネタ切れというより、ネタ探しをするほうが早い気もするんだけど」

「なんでもいいから、いますぐネタをちょうだい」


 コウジの前へ両手を差し出してくる。

 物乞いですか、と呆れてツッコむ元気もない。


「やっぱり、お金取ろうかな……」

「えー、金とるのかよ。コウジもケチだな」

「ケチって……まったく、そんなんじゃないっていうのに」


 教えるのも嫌に思えてくる。

 かといって、ここで無視すると彼の性格から、いつまでもつきまとってくるのは安易に想像ができた。


「思い出せばいいんだよ」

「思い出す? なにを」

「自分の感情を激しく動かしてくれた特別なシーンを。自分が面白いと感じたりびっくりしたりした記憶をもう一度反芻し、角度や視点を変えて向き合うことで、ネタが見つかるよ」

「コウジが正しい。思い出、つまり体験したことがネタになる。作文の宿題を思い出してみろよ」


 話に入ってきたカズキの言葉にダイスケは、んー、と唸る。


「俺が作文が苦手だって、お前も知ってるくせに」

「知ってるからこそ、だよ。作文をかくとき、『どう思ったか、思うことを書きなさい』と言われるだろ」


 カズキの言葉に、「あぁ」と相槌を打つダイスケ。


「だから詰まるんだ。思うってつまり、『僕はこう思います』という胸中で抱いた一つの判断なんだ。だからそれ以上は出てこない。ダイスケの場合、なにも思いもしないから書けないんだよ」


 あー、なるほどね、と手を叩いてダイスケは答えた。


「ということはつまり……俺はなにも感じない、鈍感でバカで無感動な人間だと、いいたいのか?」


 いきり立ったダイスケに「そんなこと一言も言ってないだろ」と、カズキは慌てて首を横に振った。でもダイスケは右腕を振り上げ、今にもカズキに飛びかかろうとしている。

 このままでは、二人が喧嘩してしまう。


「カズキくんはこう言いたかったんだよ」


 コウジはとっさに口を出した。


「ダイスケくんが国語の問題のとき、自分の思いを素直に言葉として書き表すのが苦手なんじゃないかな。それを、カズキくんは言いたかったんだよね」

「そうそう、そういうことが言いたかったんだ。決してダイスケをバカにしようなんて思ってないから」


 振り上げた拳をおろしたダイスケは、大きく息を吐き、どかっと自分の席に座った。


「まあ、俺が苦手なのは……認めるよ」


 コウジはよかったと、胸をなでおろす。

 彼が素直な性格なのが、唯一の救いだ。

 親にからかわれて育った子供は、いじめをする傾向が高いらしい。

 きっと彼の両親は、からかいもせず大切に育ててきたに違いない。


「とにかく、思い出の中にネタがあるってことか」


 口に手を当てるダイスケは、真剣な眼差しで考え込んでいた。


「だけど、思い出って言われても……なにを思い出したらいいんだ」


 頭を抱えてかきむしるダイスケの姿を前に、コウジとカズキは視線を合わす。


「そうだね……たとえば、『春休みで思い出すことは?』という質問をしたとき、ひとによって様々な思い出が出てくるよね。僕だったら、近所の桜を見に行ったことを思い出すよ。歩いてすぐのところに川が流れていて、土手に桜並木があるんだ。満開の時期になると、近所の人だけでなく遠方からも見に来る。桜は下を向いて咲く花だから、見上げると蜜を集めに蜜蜂が忙しく飛び回ってたんだ」


 コウジのあと、カズキが続く。


「春休みといってもどこにも出かけられなかったから、俺は授業の復習と予習をしてた。一年を振り返って、自分がわかっていなかったところを振り返ったり、これから勉強する授業内容をひと通り読んだりね。とくに英語のリスニングには力を入れたね。動画を見ながら発音するときの口の形を真似ることも、くり返し練習してたよ」


 コウジは小さく笑った。春休みは宿題がないことを幸いに、とにかく遊んでいた日々を思い出す。その中から桜を見に行った話を選んだ自分を褒めてあげたかった。


「俺は……映画を見に行った。二十五年かけてついに完結したっていうアニメ」


 ダイスケの言葉に、コウジとカズキは揃って声を上げた。


「あー、あのアニメ」


 互いに視線を向けて探り合い、カズキは小さく首を振った。


「でもどうせ、流行ってるから見に行ったんだろ」

「へへん、違うんだなこれが」

「な、なんだって」


 ダイスケは口角を上げて、得意げに話し出す。


「お話づくりに役に立つかもしれないと思って見に行ったのさ。俺が面白いと思える作品をつくるため、自分からネタ探しや資料集めをしてたんだ。どうだ、スゲーだろ」

「凄いじゃないか。ダイスケにしてはめずらしく前向きだ」

「珍しくは余計だ」


 ダイスケは目を細めてカズキを見上げる。


「それで、どうだった?」


 カズキの問いかけに、ダイスケは口を閉じる。


「大丈夫だよ、ダイスケくん。僕たちも見てきたから、ネタバレを気にしなくてもいいよ」


 コウジが口を出すと、ダイスケは首をかしげる。


「……よくわからなかったけど、面白かったと思う。はじめちょろっと戦闘して前半は田植えだろ。後半が戦闘してクライマックス。小難しいことをアレコレ言ってて意味がわからなかった。あと、でっかいマネキンとか首無しマネキンの大波がばーっときたり、テーブルに酒瓶が並んでいる部屋でバトルしたり、アニメ見てたはずなのにラストは実写だった。変わった映画でわからないことも多かったけど、終わってよかったと思えたんだ。もっとバトルを見たかったな。気になったのは、親子連れもいたけど圧倒的に大人が多かった。ひょっとしたら、子供向けじゃなかったのか。それとも完結作だけを見たのが悪かったのかな」


 ダイスケの言葉を聞いて思わず、「えーっ」とコウジは大声を上げてしまった。

 とっさに耳をふさぐダイスケ。


「なんだよコウジ、いきなり大声あげて」

「だって、あの作品はシリーズ物だよ。それを完結作だけみようなんて、ハードル高すぎ。理解できなくてもしょうがないよ」

「そうなのか?」

 

 ダイスケはカズキの顔に目を向ける。

 腕を組んで斜に構えていたカズキは、わざとらしいため息を付いた。


「ダイスケらしいと言えば、ダイスケらしいよ。どうせ、完結作をみれば謎のタネ明かしがされると期待して見に行ったんだろ。問題集を解く前に解答ページをめくるように」

「当たり前だろ」


 ダイスケは語気を強め、語りだす。


「問題集を見てても答えなんか出るか。解答を見ながら解き方を覚えて、問題が解けるようになるから勉強が楽しくなっていくんだろ。わからない問題を睨んでいても時間の無駄じゃないか」


 これには、カズキも納得した様子で息を呑んだ。


「ダイスケのくせに的を射た事をいってるじゃないか。たしかにそのとおり。お前の言ってることは正しい。大事なのは解き方を理解することだ」

「ダイスケのくせにって言うな。お前は一言余計だよ」


 あははは、とコウジは笑った。

 二人のやり取りを見ている方が面白い。


「あの作品は、完結作だけをみてもわからないところはあるし、順番に見てもスッキリしない部分は残る。考察が必要だけど、それでもいまいちよくわからないところが多いんだ。なにより、僕たちが生まれる前からの作品だからね。全部見て把握するだけでも、大変な時間がかかるよ」

「ということは、俺はお話づくりの参考にならないものを見てしまったのか」


 肩を落として嘆くダイスケに、「そんなことはないよ」とコウジは声をかける。


「学ぼうとする姿勢があれば、どんな事からも学べるよ。姿勢がなければ、どんなに良い環境でも学べない」

「学ぼうとする姿勢があれば……か。ところで思い出すだけでネタになるのか?」

「春休みというテーマに対して、話のネタになったでしょ」

「あぁ。そうか」


 そういうことね、という顔をしてダイスケは小さくうなずいた。


「面白い作品には、クライマックス前に必ず『主人公が殻を破る』瞬間があるんだ。殻を破る前っていうのは、未清算の過去から逃げ続け、心にブレーキを掛け続けてひたすら『殻』に閉じこもっている状態。頑丈な殻を破るには勇気が必要なんだ。限界まで追い込まれた状況と向き合うことで、はじめて行動に移せる。それがクライマックス。ダイスケくんが映画を見て面白かったと思えたのは、主人公が未清算の過去と向き合って殻を破ったからだよ」

「ほお、なるほどね」

「前半は、ミステリー要素が原因で受け身になりがちだった主人公が反転攻勢し、後半は積極的にドラマを動かしていく。これがないと、話が盛り上がらないから面白くない。そもそも、作品のテーマって『主人公が抱える問題』のことなんだ。あの映画はさしずめ、『母をなくした父と子の問題を、エヴァを通して解決する物語』だったのさ」


 言い切るコウジの言葉を聞いたダイスケは、目を輝かせながら何度もうなずいた。


「コウジのおかげで色々わかった。なんだか書けそうな気がするぜ」

「本当か?」


 斜に構えて立つカズキが問いかける。


「俺の言うことが嘘だっていうのか」

「調子のいいこと言うのがお前の悪い癖だからな。いままでの話に関係する問題を三問出すから答えてみろよ。全問正解したら、納得してやるよ」

「おもしれー、とっとと出しやがれ」


 息巻くダイスケをよそに、カズキは淡々と問題を出した。


「問題。自分の感情を激しく動かしてくれた特別なシーンや面白いと感じたりびっくりしたりした記憶をもう一度反芻し、角度や視点を変えて向き合うことで見つかるネタを出すために行うことは何でしょうか」

「思い出す」


 そんなの簡単、という顔でダイスケは即答した。


「正解」


 ピポピピポピポーン、とカズキは正解音を口で鳴らす。

 ダイスケは右腕を天井へ突き上げた。


「これくらい簡単。次の問題をとっとと出すがいい」


 カズキは、淡々と次の問題を出す。 


「問題。無駄な作り替えを防ぎ、書いた部分を忘れることで執筆に集中するにも重要なプロットとは、物語の筋であり、小説の〇〇である。〇〇とはなんでしょうか」

 

 ダイスケは口に手を当て、顎をしゃくり、天井を睨んで首をひねる。


「プロットは重要だと聞いたけど、そんな話してたか?」

「したよ。聞いてなかったのかな」


 コウジは口を出す。


「したのか、マジで。じゃあ、ヒントは?」

「ヒントだって、カズキくん」


 コウジはカズキに、出してあげて、という視線を送った。

 しょうがない、と言わんばかりに息を吐く。


「ヒントは、ものを作るときに必要になる図のこと」

「あー、設計図か」

「正解」


 ピポピピポピポーン、とカズキは正解音を口で鳴らす。


「つぎがラストだな」

「問題。面白い作品には、未清算の過去から逃げ続けてきた主人公がクライマックス前に必ず〇〇を破る瞬間がありますが、〇〇とはなんでしょうか」


 問題文を聞き終えた第すえは、ふふっと笑みをもらした。


「殻」

「正解」


 正解音を口ずさむ代わりに、カズキは「あ~あ」とため息をこぼした。


「全問正解。ダイスケの割に、ちゃんと聞いてたじゃないか」

「当たり前だよ。俺を誰だと思ってやがるんだ」

「でもこれで、お話が作れそうな気がしたんだよね」

「これもコウジのおかげだ。さっそく、面白いバトル展開のあるお話を考えるぞ」


 やる気に満ちたダイスケの姿をみて、コウジは肩の荷が下りたような気がした。どんな話を書くかは知らないけれど、あとは本人次第。これでようやくのんびりできそうだ、とコウジは大きなあくびを一つした。


「おはよ。何の話してるの?」


 ダイスケの隣席の天原アヤが登校し、声をかけてきた。

 カズキは彼女に、ダイスケが面白いバトル展開のあるお話を作ろうとしていることを告げた。


「バトルより、コナンみたいなミステリーが好き」


 すぐさまダイスケが、「ミステリーの書き方を教えてくれ~」とコウジに泣きついたのは言うまでもない。

 

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