お話づくりに大切なこと

snowdrop

昼休みの出来事

 ようやく寒波が到来してきた十二月。

 北風が吹き抜けるも、教室の窓際の席にはひだまりができている。

 お腹が膨れた星野コウジは、大きなあくびを一つした。

 今年は本当にいろいろあって、あまり熟睡ができていない日々が続いている。

 昼休みの時間を昼寝に使おうと、机に突っ伏せたときだ。


「なあコウジ。俺、漫画家になるっ」


 ふいに、後ろから声をかけられた。

 思わず首をあげてしまい、小さく息を吐く。

 寝たかったのにとぼやきそうになりながら目をこすり、コウジはふり返る。


「どうしたの急に。なにかあったの?」


 後ろの席に座る彼は、如月ダイスケ。クラスで一番元気で明るく、少しがさつなところもあるけれど困ったときは助けてくれる、頼もしい友達だ。

 でも今日の彼は朝から様子が違った。珍しく大人しい。休み時間も、難しい顔をして考えることが多かった。家でなにかあったのかも知れない、とコウジは気になっていた。


「このまえ映画見に行ったんだよ。スゲー人気じゃん。しかも最終巻なんて、どこの本屋も完売で次回入荷は未定って張り紙出てるんだぞ。かなりヤバいだろ」


 朝から考えていたのはそのことだったのか、とは口には出さず、コウジは相槌を打った。


「そうだね。ぼくも映画を見にいったよ。すごかったね」

「だよな。原作の面白さもさることながら、アニメ化したときの実写みたいなカメラワークと、浮世絵みたいに波飛沫が出る演出も度肝抜かれたよな」

「必殺技をくりだすときの太刀筋もすごかったよね。強敵とのバトルシーンで技を次々に繰り出し、原作では見過ごしがちな細部も、縦横無尽に動くアクションがよりよく感じられたもんね」

「だな。それにしても刀で戦うときはすごかったよな」


 思い出しながら二人が話していると、


「何の話をしてるんだ」


 加藤カズキが、声をかけてきた。

 いつも身だしなみに気を使っている彼は、クラスの中で一番勉強ができる子で、クラス委員をしている。ダイスケとは幼稚園時代からの親友だと、コウジは聞いている。

 そんな彼は、窓を背にしてダイスケの横に立った。


「あのねカズキくん、人気映画の」


 とコウジがいいかけると、


「あー、興行収益一位を塗り替えるとかっていう」


 カズキは、知っているよという顔をしてうなずいた。


「なあ、カズキも見に行ったんだろ」


 ダイスケが聞く。


「もちろん、当然だね。千年以上生きているのに老化しないし、致命傷を与えない限りすぐ回復する敵を相手に挑んでいく主人公たちは、怪我もすれば衰えもするし、命だって落としてしまう。ハンデありすぎだよ。頚を斬るか日光を浴びるかしないと倒せないんだから」

「そういえばカズキは剣道をやってるよな。小さい子がアニメを見て剣道をはじめたってニュースでみたけど、本当か?」

「たしかに最近入門者が増えたと思っていたけど……いわれてみれば確かに。アニメの影響だったんだな」

「よーし、俺も頑張るぞ」

「剣道をか?」

「ちがうって」


 コウジは席を立ち、

「実はね」

 とカズキに耳打ちする。


「漫画家になる? ダイスケが」


 カズキは目を細めてダイスケを見た。


「なんだよ、俺が漫画家になっちゃ悪いかよ」

「悪くはないだろうけど……なぁ」


 カズキはコウジに目配せする。

 あははは、とコウジは苦笑いをした。


「なんだよ、お前まで」

「だって……ねえ」


 コウジはカズキを見た。

 しょうがないなぁという顔をして、カズキは教室の壁を指さす。先月の授業で描いたみんなの絵が掲示されている。その中の一枚。ダイスケの絵は全体的にバランスが悪く、身体がものすごく大きかったり同じ角度からみた顔だったり、手足が雑でやたらと線を重ねて描かれていた。


「つまり、ダイスケは絵が苦手だろ」

「苦手で悪かったな」


 ダイスケは口を歪ませる。


「絵が描けない漫画家はいないからな」

「そんなこと、わかってるよ」


 ダイスケは顔をしかめ、カズキをにらみつける。

 まずいと思ったコウジは、慌てて間に入った。


「悪いわけじゃないよ。はじめから何でもできる人はいないんだし、これから上手な人から教えてもらって、たくさん描いていけば、そのうちうまくなると思うよ」

「そのうちか……」


 固めた拳を下ろしたダイスケは、胸の前で腕を組んだ。


「コウジのいうとおりだよ。上手い下手は、本人の努力の差だから。いま壊滅的に下手くそでも、この先はダイスケの頑張り次第だ」

「カズキくんも良いこというね。そうだよ、これからの頑張りにかかってるんだよ」


 二人のことばを聞いて、ダイスケはそうかそうかと何度もうなずく。


「よーっし、じゃあ漫画家に」


 とダイスケがいいかけたときだ。


「絵がマシになっても、お話は別だけどな」


 カズキが思わずつぶやいた。


「たしかにね。絵が良くてもお話がつまらないと読む気もおきないよね」


 カズキの意見にコウジは同調した。


「コウジもそう思うよな」

「もちろんだよ、カズキくん」

「絵がうまいんだけど話は面白くない漫画やアニメが最近多い気がするんだよ。そういう作品はみないし好きにもなれなくて」

「ほんと、そうだね。趣味や息抜きで読んだり視聴したりしても、面白くないと『時間泥棒だー』『金返せー』みたいに思えてくる」

「まったくだよ。面白くない作品は罪作り以外何者でもない」


 カズキとコウジは、がっちり固い握手をかわした。

 互いの目を合わす。

 それ以上の言葉は、二人にはいらなかった。


「お前らなぁ、ひとがやる気を出してる傍で腰を折るようなことを次から次にいいやがって」

「あ、いたの? ダイスケくん」

「自分の席に帰ったのかと思った」

「お前らな~、『あ、いたの?』じゃねーよ。ここは俺の席。さっきからいるだろうが」 


 本気で叩くぞと、ダイスケは拳を振り上げる。


「絵が書けないなら、小説家なんてどうなのかな」


 殴られては大変、とコウジは思いつきを口走った。


「小説家だと?」


 ダイスケは顔をしかめる。

 横で聞いていたカズキは思わず、パチンと手を叩いた。


「それだっ」

「どういうことだよ、カズキ」

「いいかダイスケ。漫画を書くにはネームを書くんだ。ようは、漫画の設計図。ネームの段階で面白くなければ、いくら絵にしたところで面白くならないってことさ」


 顎をしゃくりながらカズキの話を聞いていたダイスケは、なるほどとつぶやく。


「つまり、絵で書く前に文章で面白くしろってことか。それだったら簡単そうだな」

「だったら、ダイスケくんは面白い話が作れるんだね。ちょっとしてみてよ」


 突然コウジからいわれたダイスケは、目を閉じて腕を組む。

 んー、と唸り声を上げ、ゆっくり目を開けた。


「夏が懐かしい、冬は不愉快」

「……え」


 おもわずコウジは聞き返す。


「だから、『夏が懐かしい、冬は不愉快』だって」

「いきなりどうしたの?」


 わからないという顔をして、コウジはカズキを見た。


「シャレたことをいいなシャレってことだ。ダイスケは、ダジャレをいったんだよ」

「あー、ダジャレか。夏と懐かしい、冬と不愉快。ダイスケくんにしてはよく考えたね」

「うるせーコウジ。ひとこと余計だって」

「ダジャレはギャグ漫画やコメディで使えそうだけど、それだけでダイスケくんが面白い話が作れるかはわからないよ。作文を書くのは得意だった?」


 問いかけたコウジの肩に、カズキの手がかかる。

 ふり返ると、首を横に振っている。


「それ以上きいてやるなよ。ダイスケが泣くぞ」

「えっ、どういうこと?」

「ダイスケは作文も苦手なんだって」

「えー、そうなんだー。ぼく、ちっとも知らなかったなー」


 なぜかコウジは棒読みで答えていた。


「お前らなー、いうに事欠いて好き勝手いいやがって」


 ガタッと音を立てて、ダイスケはいきり立つ。固めた拳を振り上げていた。

 コウジとカズキは両手を顔の前で広げる。


「ごめんダイスケくん」

「ちょっと、いいすぎたよ」


 ダイスケは下唇を噛んだ。二人に八つ当たりをしたところで、絵も文章も上達するわけではない、と察したのだろう。拳を震わせながら下ろし、席に座って息を吐いた。

 それに合わせて、二人はホッと胸をなでおろす。


「漫画家も小説家も、なりたいという人はたくさんいるから。ダイスケがなりたいと思う気持ちはわかるけど、絵もお話もできないでは、話にならないよ」

「カズキくんのいうとおり。ぼく、ネットで調べたことがあるんだ。正確な人数はわからないけど、日本を代表する七十八の出版社が発行している主要コミック雑誌はおよそ九十あるんだって。仮に一冊二十作品連載されているとすると、二千人の漫画家が活躍してる計算になるよ」

「二千人もいるのか、そりゃすげぇな」


 ダイスケはため息を漏らした。


「もちろん、スマホの普及からネットで漫画を配信している所も多いし、同人誌活動をしている人たちも含めると、十倍くらいいるだろうけどね」

「十倍ってことは……二万人以上か」


 はああー、とダイスケは声がでた。

 うんうん、と横で聞いているカズキが口を開く。


「小説家も正確な人数はわからないけど、作家志望者数は推定五百万人といわれてる。年間デビュー人数が推定四百人程度、と計算した人のブログをみたことがある」

「毎年四百人も作家になるのか。十年で四千人だから、半世紀だと二万人。こっちも二万ってことは、四万人くらい、漫画家と小説家がいるってことか」

「ただ、毎年多くの新人が登場し、毎年それぞれの理由で退場していくのが小説家。漫画家も似たようなものらしい。売れなければ消えていく職種だよ」

「厳しいんだな」


 ダイスケは頬杖をついた。


「ラノベ作家の生存率は長いっていうし、ブログやツイッター、インスタなどのSNSには毎日のように色んな人がいろんなことを書いている時代だから、書き続けることはできると思う」


 ダイスケはうつむきながら、カズキの話に耳を傾けていた。


「バズりや炎上を起こす必要はないけど、まずは面白い話を考えるところからだよね」


 コウジの言葉に、ダイスケはサッと顔を上げる。


「だよな。まずはそこからだよな」

「うん。面白い話が漫画のネタになるから。面白い話を作れるようにならないとね」

「わかってるよ……ったく」


 と答えるダイスケの声は小く聞こえた。

 コウジとカズキは互いに顔を見合わせる。少々厳しいことをいいすぎたかもしれない。気がとがめる二人だったが、どう元気づけたらいいのやら妙案が浮かばず、頭をかくしかなかった。


「三人とも、何を話してるの?」


 声をかけてきたのは、天原アヤだった。

 小柄でショートカットの彼女は、カズキと同じくクラス委員をしている。

 彼女が本を持っているのに気づいたコウジは、図書室から借りてきたのかなと思いながら、


「実は、ダイスケくんが漫画家に」


 と話しはじめた。

 するとすぐ、


「ダイスケくんって漫画家なの? すっごーい。どこの雑誌なの? 単行本はでてる?」


 アヤは、屈託のない笑みでダイスケの顔を覗きこんできた。


「ち、ちがうったら」


 ダイスケはあわてて首を振る。

「ちがう? 紙媒体でなくネット掲載なんだ。どこの出版企業サイト?」

「いや、だからそうじゃなくて」


 ダイスケは言い返す間もなく、机に突っ伏してしまった。

 だらりと腕を垂らすダイスケの姿に、アヤは目をみはる。


「ジャンルはなんですか。ギャグですかラブコメですか、それともホラー? 流行りの異世界系ですか。ねぇねえ、教えてよ」


 三人は彼女の性格を知っている。

 悪い子ではないのだけれど、思い込みが激しく、早合点をしてしまうのだ。

 ダイスケは、助けてくれ~とコウジに涙目で訴えた。

 うなずいて止めようとしたときだ。

 ふいにカズキに肩を掴まれる。


「待つんだ、コウジ」


 コウジがふりむくと、カズキは口元に手を当てながら肩を揺すっていた。


「でも、はやく止めないと」

「ダイスケのためだ」

「ダイスケくんの?」

「この程度で参ってたら、漫画家になんてなれない。運良くなれても、心無い評価にメンタルがやられてしまうかもしれない。勝手な思い込みや嫌がらせを乗り越えられるだけの精神力を……ぷぷぷっ、いまから鍛えておかなければ漫画家にはなれないはずなんだ」

「そうなんだ……さすがカズキくん。ぼくはてっきり、ダイスケくんが困るのをみて楽しんでいるとばかり思ってた。でも、どうしてさっきから笑いをこらえてるの?」


 コウジの問いかけにカズキは背を向け、あはははと吹き出した。


「悪い、ダイスケ。笑うつもりはなかったんだ。でも、つい」

「あああもう、お前らなぁー。いい加減、助けろよ」


 ダイスケが大きな声を上げ、ため息をついた。

 笑い終えたカズキは、ようやくアヤに説明する。


「ダイスケは漫画家になりたいんだ。そのためには絵の勉強をしないといけないし、なにより面白い話がつくれないと駄目だよねって話していたんだ」 

「ふうん、ピクシブやツイッターに公開してないんだ。これから描くのね」


 アヤの言葉にダイスケはうなずいた。


「でもダイスケのことだから、本音は『楽して儲けたい』だろうな」

「なるほどね」


 カズキの言葉にコウジは、大きくうなずいた。


「漫画が大ヒットして単行本が完売すれば、印税もガッポガッポと入ってくるから。ダイスケくんもそうなりたいって思ったんだね」

「この前まで『ユーチューバーに、俺はなるっ』ていってただろ」

「いってたいってた」

「だけど、機材揃えたり編集作業が大変だったり、毎日動画をネットに上げるためのネタ探しもめんどくさいって」

「だからダイスケくん、急に『漫画家になる』っていったんだね」


 カズキとコウジは、納得した顔をしてうなずく。

 ダイスケの隣の席に座ったアヤは、


「そうなの?」


 とたずねる。

 しばらく黙っていたダイスケだったが、


「……はい」


 と小さく答えた。


「だって、楽に稼げるなら俺だって稼ぎたいよ~」

「素直でよろしい」


 アヤはダイスケの頭を、子猫をあやすように撫でた。


「だったら、これからお話づくりで大事なことをテーマにクイズを出してあげる」

「クイズ?」


 三人は同時に声を上げた。


「ちょうど図書室で借りてきた本があるから」


 彼女が手に持っていたのは、漫画の描き方やお話作りの本だった。


「アヤさんも漫画家になりたいの?」


 ダイスケの問いかけに、アヤは首をかしげる。


「そこまで考えてないけど、描けたらいいなって思ってて、借りたの。これらの本を参考にして問題を三問、出すね。正解すれば一ポイント、減点はなし。間違えても何回でも答えていいです。一番ポイントが高かった人が」

「漫画家になれるってことだな」


 ダイスケは鼻息を荒くした。

 アヤは眉をひそめる。


「わからないけど、最初の一歩は踏み出せるんじゃないかな」

「面白そうだね、ぼくたちも参加していい?」


 コウジの言葉に「どうぞどうぞ」とアヤは微笑む。


「わかったら手を上げてください。早く手を上げた人に解答権が与えられます。ではいきます」


 アヤは本をめくり、問題文を口にした。


「第一問。作文ができない子はスキルが足らないのではなく三つの前準備が不足しているからです。結論、目的、あとひとつはなんでしょうか?」


「なんだろう」


 ダイスケは腕を組み、


「授業で習ったかな」


 カズキは顎をしゃくり、


「改めて聞かれると難しいね」


 コウジは首をひねりながら右手を上げる。


「コウジくん、どうぞ」

「テンプレかな」


 アヤは、じっとコウジの顔を見た。

 身を引く。


「ち、ちがう?」

「正解です」


 にっこり笑ってアヤは手を叩いた。


「テンプレ、つまり『型』です。結局、文章なんて見よう見まねで書いて、あとから自分流を作っていけばいいんです。どうしたら結論を伝えて目的を達成できるのかを考えて『型』を準備する。はじめからスラスラ書ける人なんているわけないのに、ゼロからスタートして『面白い話が書けない~』と悩まなくてもいいわけです」

「なるほど。上手い人の真似をすればいいってことか」


 ダイスケは、目を輝かせて大きくうなずいた。

 アヤは、次の本を手にしてページを捲る。


「えっと、第二問目いきます。専門家ですら違いを理解していないことがあるプロットとストーリーですが、違いを把握すると書けるようになります。では問題。プロットは主人公の物理的な旅ですが、ストーリーは主人公の〇〇の旅といいます。〇〇とはなんでしょうか」


 ダイスケは、すかざす右手を上げた。


「ストーリーって物語って意味だろ?」

「そうですが残念。クイズの答えは間違っています」


 ブブブー、といってアヤは笑った。

 コウジは、人差し指で頬をかきながら小さく右手を上げる。


「主人公の思い出の旅、かな」

「いいたいことはそんな感じですけど、違います」


 ブブブー、とアヤはいった。

 わかった、とつぶやいたカズキが右手を上げる。


「主人公の感情だ」

「正解です」


 にっこり笑ってアヤは手を叩いた。


「プロットは『主人公に起こる出来事』のことで、『ストーリーは『主人公の内面的変化の様子』です。物理的な行動と感情を表現したいときに、つづけて使い分けることで、自分が書いたものが次の段階へと引き上げることができます」


 ダイスケだけでなく、コウジもカズキもアヤの話にうなずき返した。


「おとぎ話の桃太郎だったら、桃から生まれ、おじいさんとおばあさんに育てられ、お供を連れて鬼退治に行くのがプロットってことか」


 ダイスケの言葉にカズキが続ける。


「だとするとストーリーは、おじいさんとおばあさんに育てられた恩を桃太郎は感じ、村の人たちが困っているのを聞いて鬼退治に行こうと決意し、きびだんごを与えて仲間になってもらった三匹と決死の覚悟で鬼との戦いに挑み、村を救えたことで成長した、というわけか」

「アクションとリアクションみたいだね」


 何気なくいったコウジの言葉に、


「どういう意味?」


 三人は声をそろえて彼にたずねる。


「なにかアクションが起これば、キャラクターは必ずリアクションするでしょ。魚を猫に取られたら追いかける、みたいな。お話って、アクションとリアクションのくり返しなんじゃないかなって思ったんだ」


 コウジは嬉しそうに笑った。


「コウジのいうとおりだな」


 カズキがうなずくと、


「そうですね」

 とアヤは答えた。

「プロットは、登場人物を開始地点から最終地点までの流れですね。途中で多くの困難に出会うそれら、物理的場面がプロット。ストーリーは、登場人物を最初の状態から最後の状態までの成長のこと。途中で多くの困難に出会うそのときどきの感情がストーリーと思ってください」


 ダイスケは元気よく「はーい」と声をだした。


「つぎが最後の問題です。少年ジャンプ漫画の三大必須事項は『友情、努力、勝利』なのは有名な話ですが、少女漫画の三大必須事項は『共感、憧れ』とあと一つはなんでしょうか?」


 三人は思わず前のめりになりかける。


「ぼくは一人っ子だから……姉か妹がいたら読む機会があったかもしれないけど」


 カズキは困り顔で両手を上げ、お手上げポーズをした。


「うちはいるけど、弟だし」


 コウジは口をへの字に曲げた。

 二人の視線がダイスケに向けられる。 


「あのな……俺が少女漫画なんて読むわけないだろ」


 無理だ無理、とダイスケは首を横に振った。 


「でもダイスケ、答えないとお前だけゼロポイントだぞ」

「そうだよ。思いついたものでもいいから答えないと、漫画家の入り口にも立てなくなるかも知れないよ」

「あー、もうわかったわかった。考えるから、二人して急かすなよ」


 二人に言い返すと、ダイスケは顎に手を当てて首を傾げた。

 三人の視線が彼に注がれる。


「ジロジロみるなよ」


 睨み返すダイスケは、アヤに目を合わせた。


「ヒントはないの?」

「そうね。二問目のプロットとストーリーの説明に出てきました」

「マジか」


 ダイスケは目と口を大きく開け、顔を後ろに引いた。


「たしか……プロットは物理的な旅、ストーリーは感情的な旅、だったよな」


 ダイスケは不安げな瞳で、コウジとカズキを見た。

 うなずく二人。


「それだけじゃないよ、ダイスケくん。プロットは『主人公に起こる出来事』で、ストーリーは『主人公の内面的変化の様子』だって、アヤさんはいってたよね」


 思い出しながらコウジが口にし、


「プロットは登場人物を『開始地点から最終地点までの流れ』、ストーリーは登場人物を『最初の状態から最後の状態までの成長』、ともいってただろ」


 カズキも後に続いた。

 黙って聞いていたダイスケが、さっと右手を上げる。


「そうか、わかったぞ。答えは『成長』だ」

「正解です」


 にっこり笑ってアヤは手を叩いた。


「少女漫画は、共感できる主人公と読者が憧れるヒーロー、そんなヒーローに影響されて主人公が成長していく話でなくてはいけないのです。男子がキラキラしていなければ読者に受けません」

「へえ、少女漫画ってそうなんだ」


 関心したコウジがつぶやき、


「少年漫画だって、共感できる主人公と読者が憧れるヒロイン、そんなヒロインに影響されて主人公が成長していく話だってあるから、基本はおんなじかも知れない」


 納得するカズキは顎に手を当て、


「だったら『友情、努力、勝利』に『共感、憧れ、成長』をまぜた作品なら、みんなが面白がってくれるんじゃないのか」


 パチンと手を叩いたダイスケは、目を輝かせて声を上げた。

 それを聞いたアヤは小さく微笑む。


「そうかもしれないね」

「よっし、面白い漫画を作るぞ~」


 ダイスケは、顔の前でぐっと両手を固く握った。


「書く前に面白い話を考えるのが先だろ」

「もちろん、絵の練習も必要だね」


 セイジとコウジの言葉にダイスケは、乾いた声で笑った。


「漫画家の道は遠いな、マジで」

 

 コウジはアヤが持っていた本を手に取り、他にはどんな事が書かれているのかと、ページをめくってみた。

 はじめのページには、『作品にはテーマが重要』とあった。続けて、『作品を一言で表現したものであり、主人公が抱える問題がテーマ』とも書かれていた。

 もし今回の出来事をお話にするのなら、『漫画家になりたいダイスケが、クイズを通して問題を解決する物語』がテーマの流れになるのだろう。

 だけどオチが弱い――そう思っていると、昼休みが終わるチャイムが鳴りはじめた。

 ため息を付いているダイスケを残してカズキは自分の席へ向かい、アヤは本を片付けて教科書とノートを机に広げる。

 コウジは前を向いて、「あ」と声を漏らす。

 ――しまった、昼寝をし損ねた。

 授業中眠くなりませんようにと願うと、大きなあくびがひとつ出た。

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