ダルマ

雨瀬くらげ

ダルマ

 



 終電も過ぎ去り、商店街も店終いをし始めた頃、阿久雄吾と財前晴夫は路地裏の居酒屋を出た。


 お互いかなり酒が入っており、何を思ったのか、神社でたちしょんをしようという話になり、最寄りの神社へ向かった。


 その神社はダルマの神様を祭っているらしい。ダルマの神様ってなんだ? と雄吾は思ったが、調べるほど気にはならなく、結局よくわかっていない。


「おい、雄吾。ここらでいいんじゃないか」


 晴夫はいい具合に木で囲まれた場所にいた。確かにそこなら人にも見つかりにくそうでいいかもしれない。


「いいね」


 雄吾もその場所に行き、お互いにチャックを下す。


「波動砲発射!」

「クロス!」


 用を足すと、とりあえず駅に向かうかと、神社を出た。来た道を戻ろうと一歩踏み出すと、


「……神様を……汚す者……いずこ……」


 という声が聞こえた。その瞬間、体に衝撃が走る。地面が揺れているようだ。


「地震か⁉」


 背後に何か気配を感じる。

 ただならぬ気配。

 何なんだ?


 どうやら晴夫も感じていたらしく、二人は恐る恐る、後ろを見た。


「……成~敗~‼」


 ダルマだった。真っ赤なダルマだ。大きさは二メートルくらいありそうだ。その巨大ダルマが二人を見下ろしていた。


「「ああああああああああああ!」」


 既に走り出していた。さっき居酒屋があった道を目指す。


「成敗~‼」


 再びダルマの声が聞こえ、雄吾は走りながらも思わず振り返る。


「ひっ!」


 ダルマが転がりながら二人を追いかけてきていた。しかもすごくスピードが速い。追いつかれるのは時間の問題だ。


 雄吾は加速しながら考える。晴夫もに走る。真夜中で人が少なかったのは不幸中の幸いだったかもしれない。ぶつかる心配をせずに走ることができる。


 どうにかダルマをまく方法がないか。


「どっか、曲がれば、いいん、じゃ、ないか?」


 隣で晴夫が息を切らしながら提案した。


「確かに!」


 あの大きさだ。相当な質量だろう。だとすると、急なカーブなどはスピードを落とさない限り、曲がり切れないはずだ。


「「あの角を曲がろう!」」


 しかし、お互いが指を指したのは十字路の真逆の方向だった。けれど、ここで選択を考えている時間はない。二人は自分の指した方向へ曲がる。


「ああああ~‼」


 後ろから晴夫の声が聞こえ、慌てて振り返る。


「行き止まりだった!」

「何、急いでこっちに——」


 言い終える前にダルマがやってくる。このまま通り過ぎてくれれば……そんな思いは届かなかった。


 二人が別れた十字路の中心でダルマは急停止した。そしてゆっくりと顔を晴夫の方へ向ける。


「う、嘘だ‼ 来るな‼ 助けて、雄吾おおおおお‼」


 ——ドスン。


 壁にダルマが衝突すると同時に、パキパキという何かが折れるような音を雄吾は聞き逃さなかった。


「……晴夫?」


 返事はない。返事の代わりにダルマが顔を雄吾に向けた。


「うっ……」


 思わず声が漏れる。


 ダルマの腹には毒々しい赤い色の肉塊がこびりついていた。


「成敗」


 ダルマの目が雄吾を捉える。


 あいつは考える時間も、悲しむ暇もくれないようだ。


 雄吾は走り出した。


「成敗~!」


 角を曲がるのが駄目ならばどうすればいい? どうすれば奴から逃げられる?


 酔いはとっくに冷めていた。雄吾は脳を人生で一番回転させる。やがて、一つの可能性を導き出した。


 奴が入ってこられないような建物に入れば勝てるゲームだ。


 雄吾はそう思い、周辺にいい場所がないか探す。すると、『地下駐車場』という文字が目に入る。


 奴も入れるかもしれないが、その駐車場の上はビルだ。階段なり、エレベーターなりがあるだろう。そこまで逃げきれば!


「うおおおおお!」


 ダルマもスピードを上げていたので、雄吾はありったけの力を使い加速する。


 駐車場に入る。非常階段を見つけ、一直線。奴も追いかけてくる。もうすぐ後ろに迫っている。


 雄吾はヘッドスライディングで階段に飛び込んだ。同時にダルマの顔が大きな音を立て入口に挟まった。


 それでも、念のため、三階の踊り場まで避難しておくと、ダルマの転がる音が遠ざかっていった。ようやく諦めてくれたらしい。


「はぁ~……」


 雄吾はその場に崩れ、胸が擦り減るくらいに撫で下ろした。


 × × ×


 雄吾は屋上の扉を開けた。あの後すぐに駅へ向かわなかったのは、ダルマが入り口で待ち伏せしているのを恐れたからだ。屋上からであれば、見下ろして入口の様子を窺える。それに少し遠くまで見渡せるので、ダルマが周辺にいるか、否かもわかる。


 雄吾は早歩きでフェンスまで行き、入り口を覗く。


ダルマの姿は見当たらない。ほかの場所にもダルマらしき姿は見当たらなかった。


「ふぅ~」


 再び溜息をつき、一歩下がると、背中が何かとぶつかった。


「まさか、だよな」


 雄吾は1グラムあるかないかの希望にすべてを懸け、振り返る。


「成敗~!」

「うあああぁぁああぁあああ‼」


 フェンスに手を掛けようとすると、手汗をかいていたのか、滑ってしまい、勢いあまって体が浮く。


 その後はダルマの顔がだんだん遠ざかっていくだけだった。

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